プレイヤーキラー~PKギルドの世界征服~

栗金団(くりきんとん)

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第2章 目立ちすぎる王都潜入

【第22話】 壮大な勘違い

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 「失礼、急用を思い出しました」
 「あへ…」
 壊れたヒールはドレスの中に隠れ、周囲の視線はエミューよりもサカナに目が行く。
 社交界でも貴族の間でも階級の低いエミューだからこそ、サカナが彼女の連れではないのは一目瞭然だった。
 謎が謎を呼び、ミステリアスな美男子の存在に誰もが注目する。
 エミューを近くの椅子に座らせると、丁度曲が終わった。
 踊り終えたカップルがダンスホールを移動し始めたのに合わせて、彼女のお目付け役が駆けつける。
 「お嬢様、大丈夫ですか!?
 顔が真っ赤ですよ!」
 サカナは婆やの耳元に顔を寄せると、密かに耳打ちをした。
 「…ヒールが折れたようです、周りにバレない様に靴を変えて」
 「うひゃああ!?!耳がぁぁ!」
 「…婆や、あなたの方が顔が真っ赤よ」
 心地よい低音の美声を至近距離で聞いた婆やは絹を裂くような悲鳴を上げ、サカナは白い歯を見せて悪戯っ子のように笑った。
 舞踏会では、同じダンス相手と三度より多く踊ることができない。
 次のパートナーを探して視線を向ける女性やそのお目付け役を素通りして、サカナはゆったりと入り口へ向かう。
 貴族たちは、誰かが彼に最初に声を掛けるのを待っていた。
 爵位が同じで幼馴染のような四人組が背中を押し合って、結果的に一番気弱な女性が前に出た。
 「…あ、あの。私と一曲踊りませんか?」
 「私も、ぜひその後に」
 「ちょ、ちょっと、私が先に声をかけようとしてたのですよ!」
 「いや、それならぜひ私と…!」
 「あんた誰よ!?」
 「誰…!?ちょっと失礼ですわよ!」

 (うわぁ、これが世に言うモテ期でござるか!
 しかし、不思議と全く嬉しくないでござる)

 わらわらと、砂糖に群がる蟻のように女性たちがサカナに群がる。
 行く手を塞がれたサカナは歩みを止めて、今が人生で一番異性からモテていると感じた。
 かつての自分なら、舞い上がって陰キャ特有の挙動不審を発動していただろうとも思う。
 だが彼女たちの華美な恰好のせいか、気持ちは全く動かなかった。
 誰の元からか香るキツイ香水の香りも、過去に自分を見下していた女性たちに重なって不快でしかない。
 「お気持ちは嬉しく思います。
 ですが、私は…急用が…」
 「では次の一曲だけ!どうでしょうか!?」
 「私は途中で切り上げてもよろしくってよ!」
 「いやいや、そういう問題ではなく…」
 「そうだ!なら、お名前を伺ってもよろしくて?」
 「そうですわ!
 後日正式に我が家に招待もいたしますわ、ご実家は?」
 「ですから、ってどこ触っているでござる…んですか…!?
 ちょっ!離れてください…!」

 (うざいでござる!
 ダンスはあの少女とした一曲で十分でござるし、そろそろ探索に行きたいところでござる。
 それに拙者の好みは、黒髪ロング直毛の清楚系女子!
 時代錯誤と言われようが、そう、例えばあんな感じの大和撫子が…)

 力に任せて彼女たちを吹っ飛ばすのは容易かったが、それでは問題になりかねない。
 サカナは満員電車でするように両手を高く挙げて、忍者のようにすり足でゆっくりと出口へ向かう。
 サカナには、あの二人ならともかく、知らない女性に乱暴できないだけの理性と常識はあった。
 臀部や腰にまとわりつく手からのがれるために一歩一歩歩みを進め、出口の扉を見たサカナは呆気に取られる。
 「んー…?」
 「お待たせしました」
 瞳と同じ濡れ羽色の髪を腰まで垂らして、真紅のイブニングドレスを来た美女がサカナの前に立っていた。
 横暴だが澄んだ声に振り帰った女性たちは、人とぶつかることを恐れずに進む彼女に自然と道を開けた。
 多様な価値観を持つ美しさの中で、彼女は間違いなくトップクラスの美を全身に携えていた。
 まるで、先ほどまで言い寄られていたこの男のように。
 サカナは、拘束から解放された自分が台風の目の中にいると察した。
 差し出された手の甲を、見えない獣爪が生えた手を取る。
 「さぁ、踊りましょうか」
 「…喜んで」

 (あぁ~~!!計画がめちゃくちゃでござる…!!
 何で!何でこっちにいるでござるかぁあ!!フォマァア!!)

 お似合いのカップル、そう誰もが口々に言って感嘆する。
 長身痩躯な男女は、お互いの長い四肢を活かしてのびのびと踊る。
 女性のドレスは背中が大きく開かれており、社交界では見ない健康的な色の肌が見える。
 燕尾服の男たちは他のカップルそっちのけで彼女の一挙手一投足に惚れ入り、その背中に手を添える栄誉に授かった男を恨んだ。
 「…美しい、まるで女神のようだ」
 「そうですな、開会式のときにはいないように思われましたが」
 「……つまり、祝いの気持ちがなく本当に踊る気しかないんでしょうな」
 「そ、それは…きっと、何か事情があるのかもしれませんぞ!」
 「そうですよ!
 ハルマン様の記念すべき誕生日なのですから!」
 ただ唯一、舞踏会の主役を奪われたハルマン・ハーバーを除いて。
 ダンスホールの様子が見える隣室で、ハルマンはゴマをする貴族たちと共に食事を取っていた。
 自身の誕生日会にも関わらず、招待客の視線は新人のカップルに集まっている。
 例年ならハルマンと直接話をする機会を狙っている貴族たちも、今は彼らのダンスに夢中だ。
 ハルマンへの挨拶はこの曲目が終わってからでも良い、と思っているのだろう。
 舐められているのだ。
 先ほどは男だけだったので注目をしていたのは女性たちだけだったが、今は年頃の美女も共にいる。
 どれだけ仲睦まじげな二人であろうが、この時代の貴族に恋愛結婚という選択肢はない。
 ハルマンは、彼らがあわよくば彼女を自分や息子の嫁候補に、彼を娘の旦那候補に考えているのが手に取るようにわかった。
 仮に未婚の子供がいなくても、養子にしたり派閥に入れたりとやりようはいくらでもある。
 「そうだっ、このワインはとても美味しいですな。
 どこのですか?」
 「…シャルマーヌ地方のものです。
 まぁ、さすがに最高級の年代物ワインではありませんがね」

 (まぁいい、あれだけの女性は僕ですら見たことはない。
 これを機に親交を深めておいて損はないだろう)

 わかりやすいご機嫌取りと上質なワインで、ハルマンは僅かに機嫌を直す。
 彼は既に許嫁の女性もいたが、未婚であるなら舞踏会では咎められることもない。
 権力にすり寄ってきた女性と一夜限りの楽しみを味わうのも、彼の一つの目的だった。
 その点だけで言うならば、挨拶もせず遅刻してきた彼女は十分すぎる相手だ。
 「これが終われば、僕から声を掛けて見ましょうかね」
 「おぉ!ハルマン様直々にですか!」
 「…えぇ。ひょっとしたら、彼女は恥ずかしがり屋なのかもしれません。
 僕に挨拶をしてこなかったのは、きっとそのせいでしょう」
 「確かにそうですな。
 高貴な身分の方に話しかけるのは、恐れ多いと聞きます。
 我々にはわかりませんが…きっと大変な勇気が必要なのでしょうな」
 「全くです、もはやそれしか有り得ません」
 「やれやれ、世話がかかりますよ」
 「ははは、ハルマン様はお優しいですね」
 「はっはっは!」
 「ハハハ!」
 ハルマンの機嫌を取るために無理に笑って明るく振る舞う貴族たち。
 こう見えても彼らは貴族の中でも長い歴史を持つ一族の長たちだ。
 しかしハーバー家とは切っても切れない関係にあるため、いずれ当主になるハルマンも放っておけなかった。
 ハルマンは、自分が彼女と踊る様子を想像する。
 口に含んだワインが、さらに濃厚に感じた。
 今までハルマンが躍りに誘って、受け入れなかった女性はいなかった。
 多少顔が強張ったことはあっても、ハルマンはそれが否定の意思を含んでいることに気づかない。
 気づく必要がない。
 そのため捕食者がいない島で生きてきた草食動物のように、彼は自分に迫る危機にも鈍感だった。

 「さぁ、エミューお嬢様。
 いかがですか?足を痛めたりは?」
 「大丈夫よ婆や、ありがとう」
 「嫌ですわ、お礼だなんて」
 「どうやら、私は一夜の夢を見せていただいたようですね」

 (彼女と比べたら、私はその足元にも及びませんわ)

 一方で、自分の置かれた状況に気づいたものもいた。
 エミューは婆やの持ってきた予備のダンスシューズに履き替えると、ダンスホールの中心に立つサンとその相手を見る。
 素敵な男性と踊って、さらにはお姫様抱っこという子供のころの微かな夢をかなえてもらい、エミューはひどく浮かれていた。
 だが彼に相応しいと思える女性が現れたことで、自分が躍っていた相手は身の丈に合わない相手だと知った。
 随分遠くに行ってしまったものだと思うが、元々彼は遠いところにいた別次元の人間なのかもしれないと思い直す。
 たまたまフィンチ嬢に当たられて、落とした招待状を拾われたことで得られた幸運に、エミューは笑った。
 「何が良い方向に転がるかわかりませんね」
 エミューは、ホールで傍観している男女を見た。
 女性陣の人気が一人に集まったことで、相手を探しあぐねている男性が壁際に見受けられる。
 踊っているカップルを鑑賞するふりをして左右を見比べてから、エミューは立ち上がった。
 もう敵前逃亡をして帰る気はなかった。
 誰かに、ましてや男性が女性に弱さを見せるなどとても信じられない社交世界。
 にも関わらず、初対面の男性が自分を励ますためだけに自分と似た者同士だと弱さを打ち明けた。
 そのことが、彼女に途轍もなく強い勇気を与える。

 (今まで、私は舞踏会で踊る人間なんてろくな人ではないと思っていたわ。
 でも一度踊ってみて、彼に同じと言ってもらえて気づきましたわ)

 「もし?次の曲で私と踊っていただけませんか?」

 (私も、相手を蹴り飛ばせるエミューになりたいのだと。
 いえ、なって見せますわ)

 自分と同じような変わり者の相手を探して、エミューは初めて自分から異性に声をかけた。
 声をかけられた男性は自分に話しかけられたとは思わなかったようで、エミューから何気なく視線を外して、数秒後再びエミューを見た。
 色白で細身の顔には驚きが浮かんでいる。
 エミューは特別美人なわけでも、位が高いわけではない。
 男性自身、何故縁もゆかりもない自分が誘われたのかわからない様子だ。
 だが彼は、顔を赤くして声を震わせながら恥を忍んで声をかけた女性の勇気を無下にする心は持ち合わせていなかった。
 「…喜んで」
 了承を貰いほっと表情を緩めたエミューは、視界の端に映るレモン色に気づきすらしなかった。
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