プレイヤーキラー~PKギルドの世界征服~

栗金団(くりきんとん)

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第3章 大貴族の乗っ取り作戦

【第29話】 最悪の誕生日

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 「カーラ…ッ!」
 「ぐっ!」
 衝撃でビンが割れて硝子が飛び散る。だがまたしても、カーラの防御の方が速かった。
 頭を守るように腕を組んでいたことで、痛みあるが致命傷は避ける。
 葡萄酒でかすむ視界でも、狼のようなアーモンドアイは男をしっかり睨みつけていた。
 男の顔が焼き蛸のように赤く染まっていき、再び拳が握られる。
 いよいよとヤブガラシが止めに入ろうとしたところで、
 「…おい、もういいだろ。行くぞ」
 「……」
 「その酒、まだ入ってたってのに」
 「…ちっ、悪かったよ」
 火傷の男が声をかけた。さっと波が引くようにスキンヘッドの男の闘志が消え、他の男たちもバラバラと立ち上がる。
 カーラが部屋の壁にかかった時計を見ると、長針は一度の傾きもなく真上を指していた。
 交代の時間だ。
 スキンヘッドの男は構えを解いて仲間の元に行くと、その辺に放り投げていた上着を拾い上げて身支度を始めた。
 カーラもそれを見て徐々に構えを解くと、どっと体に疲労が押し寄せた。
 後ろから、か細い声が上がった。
 「あっ…ここは?」
 「マーガレット…!あぁ、神様…!」
 「良かった、目覚めたのね…」

 (本当に良かった、ギリギリでポーションの効果が効いたのね…!)

 意識を失ったままソファで眠り続けていた少女が目を覚まし、祈り続けていた少女が飛びついて神に感謝を述べた。
 カーラはマーガレットと呼ばれた黒髪の少女の脈を測ろうとして、自分が葡萄酒でずぶぬれなことに気づいた。
 何とか治癒が間に合ったことに愁眉を開くと、ヤブガラシが駆け寄った。
 「ケガは!?大丈夫か!?」
 「あ、大丈夫…ポーションもまだあるし…」
 運よく腕にガラスは刺さっておらず、骨も折れていないようだった。
 手が痺れるような感覚は残っていたが、それもすぐに無くなるだろう。
 ヤブガラシは、中断されたとはいえカーラが喧嘩に負けなかったことを誇らしく思っているようだった。
 だがエンブリオは、ギルドのリーダーとしてあくまで中立的な立場を貫いていた。
 本音を言えば、ギルドの面子のためにも止めたかったに違いない。男たちは何事もなかったように話しながら、ぞろぞろと連なって扉から出ていったが、唯一スキンヘッドの男だけはカーラを見て赤くなった顔でねめつけた。
 「……この借りは必ず返すからな、覚えていろよ」
 「おい、次の担当はどこだっけか?」
 「宰相の息子の護衛だよ」
 「けっ、貴族の坊ちゃんかよ」
 扉が閉まった後も、室内はどこか暗い雰囲気が漂っていた。散らかったゴミも椅子もそのままである。
 カーラはこの短時間で二人の人間から恨みを買ったが、後悔はしてなかった。
 エンブリオは何も言わずに近寄ると、カーラにタオルを差し出した。
 カーラはそれを受け取ると、頭にかかったワインをふき取った。
 ヤブガラシはその空気が耐え切れないとばかりに落ち着きなく身体を揺らすと、無理に笑顔を作って冗談をいう。
 「しかし、またいつぞやみたいに教会に担ぎこんで高い金払わなきゃならんのかと思ったぜ!ガハハハ!」
 「はは…それはごめんだね」
 「あいつら、最近Bランクに上がったばかりの連中だ。
 確か、「ドラゴンイーター」とか言ったか。
 血気盛んだから関わりたくなかったんだが…まさか、カーラが喧嘩をするとはな。
 ポーションも万能じゃないんだぞ」
 だが、エンブリオは冷静だった。
 ポーションは万能ではない。
 特に外傷を直すのは得意でも、壊れた内臓や流した血が元に戻ることはないのだ。
 出血をして冷たくなった身体に血を補充して温めるのは、高度な治癒魔術でもなければ不可能だ。
 そうした技術は、全て王国の国家機関か教会によって厳重に管理されていた。
 そのうち市民が受けられるのは、聖教会の神父による治療くらいだろう。
 だが、敬虔な信者でも莫大な治療費が必要となることを怪我の絶えない冒険者たちはよく知っていた。
 カーラは口に入った酒をタオルに吐き出すと、苦々しい顔をする。
 ヤブガラシはそれを見て、馬鹿にするように笑った。
 「ははは!カーラ、お前まだ酒が飲めねぇのか?」
 「別にいいじゃない…大体、まだ飲酒できる年齢じゃないんなんだし」
 「そうだっけか?」
 「毎回そう言っているわよ…」
 この国では16歳以下の飲酒が認められていない。
 ギルドの中で最年少のカーラは、居酒屋に行っても酒を飲むことはない。
 とはいえ、ギルドメンバー以外に誰も取り締まる者もいない遠征先などでは話しは別だ。
 あくまで、公の場ではということである。
 その辺りの区別がついていないヤブガラシをカーラが上目で睨むと、エンブリオは少女たちを見ながら言った。
 「でもカーラ、お前もそろそろ誕生日だろ」
 「「え?」」
 「…だから、明日で誕生日だからもう酒も飲めるだろ」
 「あ…そっか、そうだ」
 カーラは今日の日付を確認して、自分の誕生日が明日に迫っていることに今気づいたのだった。
 カーラはさらにエンブリオが照れ隠しで目を逸らしていること、いつもより頬が赤いことにも気づいた。
 ヤブガラシが拍手をする。
 「何だ!カーラ誕生日なのか!おめでとう!」
 「いやまだだけど…」
 「もっと言えば、あと数時間だな」
 「じゃあ、明日は誕生日パーティーだな!」
 「えぇ…で、でも任務終わりだよ?」
 「俺は別に大丈夫だぜ!」
 「いや、でもエンブリオは…」
 「俺も構わんぞ、何なら奢ってやってもいい」
 「本当に!?」
 「本当か!!」
 「いや、ヤブガラシ。お前には奢らんぞ」
 「ちぃ…何だよ」
 珍しく夕食を奢るというエンブリオに、カーラの顔が明るくなる。
 依頼で街にいないことも多いので、こうしてパーティーを開くのも滅多にないことだった。
 ヤブガラシだけは少し残念そうな顔をしていたが、誕生日がおめでたいことには変わらない。
 にやける口を隠すようにタオルを顔に寄せたカーラに、エンブリオはふと葡萄色に染まったシャツに目を向けた。
 「…ところで、その服はどうするか?」
 「替えの服とか…あるわけないよね?」
 「何なら、この後クビになる可能性もあるわけだしな…」
 三人で顔を合わせて考え込む。
 酒が用意されていることから酒を飲むことは許されているようだが、酒臭い姿で護衛にあたるわけにはいかない。
 全ての服を交換したいが、まさかあの執事を呼ぶわけにもいかない。
 事情を話しても、喧嘩の件で良くは思われないだろう。
 諦めて普段着に着替えようかとも思ったところで、マーガレットが手を挙げた。
 「…あの、良ければ、私たちの服をお貸ししましょうか?」
 「本当!?」
 土と汗で汚れた冒険者の服装よりは、ずっと良い選択肢だ。
 カーラはすぐに頷いた。
 これなら、邸宅付近をうろついていても不自然ではない。
 だが、カーラは彼女たちの服装をよく理解していなかった。
 着替え終えたカーラの姿を見たエンブリオとヤブガラシは盛大に吹き出した。
 そこにはバニエで膨らんだスカートを握りしめ、慣れない肩から胸にかかるフリルに戸惑うカーラが立っていた。
 シンプルな黒のワンピースの上に白のエプロンを後ろで交差して結んだ姿は給仕用の服装らしく、胸元にはリボンがされ下がっていた。
 少女の好意で髪は結われて纏まっており、それが申し訳程度のメイドらしさを演出していた。
 「わ、笑うな…!」
 「いやスマンぶっ…だって…お前…」
 「ぐっ…ぐふふ…」
 「どうせ私は似合わないよ!笑えばいいよ!」
 「似合ってないなんて言ってないだろ、ただいつもと違い過ぎて…ふふふ…」
 「がははは!あはは!」
 いつまでも笑い続ける二人を見て、メイドの二人がカーラの顔を伺った。
 自分たちの普段着が冒険者にとってどういう意味を持つのか、彼女たちもまたよくわかっていなかった。
 客観的にもカーラの鍛えて引き締まった身体は、機能美を詰め込んだメイド服によく似合っていたし、サイズもピッタリだった。
 カーラは二人がせっかく別棟の宿舎から服を取ってきてくれたというのに、申し訳なく思う。
 「私は似合っていると思いますよ…?」
 「わ、私も…お似合いだと思います!」 
 「ありがとうロベルタにガーネット、あなたたちのせいじゃないわ。
 ただこいつらが失礼なだけだから」
 「ぶふふふ…!」
 「がははは…!」
 「二人とも、仕事が終わったら覚えてなさいよ…一日中飲み明かすからね!」
 鋭い目つきで最大限強く睨みつけて顔を赤くしたまま、カーラは二人に揚言した。
 エンブリオとヤブガラシはそれすらもおかしいというように腹を抱えて笑い、その後もカーラが動くたびにそれを見て笑った。
 ついにカーラも笑われることに慣れ始めると、最後には三人で笑いあっていた。
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