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第3章 大貴族の乗っ取り作戦
【第34話】 フォマの暴走
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その頃、東棟ではスキンヘッドの男の攻撃が建物に当たった衝撃でメイドの少女たちが悲鳴を上げていた。
上層階で寝ていた少女たちはオルガの協力もあり、既に一階まで避難をしている。
だが年少者が暮らす階では幼さ故に素早く動けないものもいて、年長者の助けがあってもまだ準備が終わらずにいた。
ハルトはフォマに言われて、そこで彼女たちの手助けをしていた。
「ガーネット!ガーネット…!起きて!」
爆音がすると思ったら、誰かの名前を呼ぶ声がする。
ハルトが部屋から出て廊下に出ると、廊下の一番端が無くなって外が見えた。
咄嗟にキングかサカナの仕業かと思ったハルトだったが、廊下で倒れている少女を見つけると氷魔法を受けたかのように背筋がみるみる冷えていった。
そして、背後に音もなく現れた気配で死神がすぐそこまで来ているのを感じ取る。
「…おい天狗やろう、」
「キングさん、僕の名前はハルトです…何でしょう?」
路地裏で邸宅の電気が消えるのを待っている間、キングがハルトの首に手をかけて揺さぶった。
役割が決まったものの、ハルトは猫を撫でるフォマにどう話しかけていいかわからずにいた。
本音を言えば、彼は優しく会話も成り立つサカナと一緒にいたかった。
キングはフォマを見続けるハルトに、指を鳴らして視線を逸らすように伝える。
「お前、フォマがロリコンなのは気づいてんだろ?」
「…えっと、はい。薄々感じてはいましたけど…」
「俺は別にいいが、お前が死ぬと作戦が失敗するかもしれない。だから特別に教えてやる。
いいか?一度しか言わねぇぞ」
「は、はい」
「あいつのアレはガチだからな、気をつけろよ」
「ガチというのは…?
まさか…メイドさんたちに襲い掛かったりとか…!?」
「違ぇよ、それはしねぇ…多分な。
気を付けるのはお前だ」
「ぼ、僕…ですか?
え?何で…何に、ですか…?」
「いいか、あいつは基本的に16歳以下にはそれはそれは優しい。
二重人格なんじゃないかと思う程な」
「優しい…かは知りませんけど、僕も村で見ていたから知ってますよ…
小さい子が好きってことですよね?」
「おい、勝手にわかった気になるな。
いいか?問題はここからだ。
だからお前は、16歳以下のガキどもに手を挙げたり襲ったりはするな。
絶対にだ」
「し、しないですよ…!?」
顔を寄せて凄むキングに、ハルトはどきまぎしながら否定をする。
だが身近で過ごしてきた彼が、わざわざ警告するほどの事態だということはわかる。
キングの彼岸花のように赤い瞳には、黒猫を可愛がるフォマが映っている。
ハルトには仮に自分がそのルールを破ったらどうなるのか、聞くことが出来なかった。
「それが偶然でも、だ。
あいつは、ロリとショタを傷つける奴が殺したいほど嫌いなんだ。
前にうちのギルドの狐娘が野良パ(パーティ)にリンチされたときは、一人でギルドを壊滅させたくらいだ。
お前じゃ確実に殺される」
「一人で…!?」
「それも、個人情報を入手してばらした挙句に現実世界で家凸までしたらしい。
ネットに詳しくなくても、そのヤバさはわかるよな?」
「な、なんで…そこまで……たかが、たかがゲームじゃないですか…」
「…やっぱりお前はわかってねぇな。
たかがゲームに人生かけてるやつもいるんだよ」
的を外れた感想を述べるハルトに、キングは何もわかっていないという顔をする。
キングにはライト層のハルトよりも、同じ廃人の彼女の気持ちの方がわかるようだった。
「一度しか言わない」と言ったにも関わらず、何度も念を押して忠告をしてきた。
ハルトはそれを素直に受け取ると、最後に一つだけ尋ねる。
「ちなみに、何で16歳以下なんですか…?」
「…それは自分で調べろ」
そして、あれだけ言われていたというのに16歳くらいの少女が血を流し、横では10歳からそこらの少女が泣いている。
後ろを振り返ることができず、棒立ちするハルト。下駄が鳴る音と共に、その肩に手が乗った。
横を向けば、聖母のような慈悲深い表情でほほ笑む女性がいる。
表情と仕草以外はフォマのはずなのに、彼女らしからぬ優しい声が上から降ってくる。
「他のメイドたちを連れて避難を、彼女たちは私が見ます」
「は、はい…」
(誰だこの人は)
「次はありませんよ、死守しなさい」
「はいぃ…!…みんな…!急いで一階に!」
ハルトは弾かれたように立ち上がると、部屋に残った少女たちに急いで一階に向かうように伝えた。
大きな音に泡を食って動けない少女を肩に担ぎ上げ、人数を確認して部屋を出る。
持ちきれない重い荷物は背負って、少女たちの手を引いて階段を下りる。
最後に廊下を振り帰ると、フォマが少女たちに目線を合わせて横に座り込んでいるのが見えた。
「ガーネットが…ガーネットが…」
「大丈夫、必ず助けます」
倒れ込んだガーネットの腹部が真っ赤に染まっている。
フォマは意識があるのを確認してから横向きに寝かせると、回復ポーションをアイテムボックスから取り出した。
悪魔の瞳で状態異常欄の火傷とHPの減りを確認して、迷わず希少な回復ポーションを片手で開ける。
血を見てパニック状態の少女を落ち着かせてからガーネットの口元に瓶を当てると、頭に手を当てて角度をつけて飲むように伝えた。
「回復薬です、飲んでください」
「は…い……っん、んくっ…」
「わっ、あっ、わ、私…が、私が遅かったから…」
「あなたのせいじゃないですよ。
ほら、もう大丈夫」
「嘘、傷が…?」
ガーネットが、驚いて目を見張る。
身体の傷が瞬く間に塞がり、内臓の損傷を治し火傷した皮膚を再生していく。
ポーションの知識があるものなら、その回復スピードがこの時代では決してあり得ない効果と速度なのがわかるだろう。
空になった瓶が空中で消滅するのを見届ける前に、フォマはハンカチを取り出して少女の涙を拭いた。
少女はその美麗な姿と行動を見て、まるで女神のようだと思った。
「ほら、かわいい顔が台無しですよ。」
「ひっく…うん、あいあとう…お姉ちゃん…」
少女の言葉に、フォマの身体が数秒だけ硬直した。
そしてすぐにいつも通り動き出すと、涙や鼻水で汚れたハンカチをアイテムボックスに仕舞った。
身体を起こしたガーネットの頭の埃とススを取ってから、焼けて服が所々破けてなくなった身体を隅から隅まで見る。
「あなたも、身体は大丈夫ですか?」
「は、はい…ありがとうございます」
「それなら、二人で避難できますね?」
「…はい」
ガーネットが、少女の手を強く繋ぐ。
彼女は露出の激しい恰好をしているとはいえ命の恩人ともいえるフォマに、どこか信用しきれない不安と嘘くささを感じていた。
行動はどれも聖人そのものなのに、どこか後ろめたいものがあるように思えてならない。
だが、もう一人の幼い少女にはそれがわらない。突然攻撃されて目の前でガーネットが怪我をしたことがトラウマになったのか、フォマのリボンの紐を掴んだ。
上目遣いに、泣き出しそうな顔でもって懇願した。
「ん~~お姉ちゃんも一緒に行こ…?」
「うぐっ…っ…駄目ですよ、私はあの悪党を倒しに行かなければ」
「悪党…あっ、そうだ…カーラ…!?」
ガーネットが野晒しの廊下から向かいの棟を見ると、カーラとスキンヘッドの男が戦っているのが見えた。
軽やかに飛びあがって小刀で斬りつけるカーラが、スカートを掴まれ地面に引っ張られる。
顔に向けて蹴りを入れられそうになり、すんでのところで転がって避けたが、体格で勝る男に押されているようだった。
フォマはカーラと向かい合って同じ方向を見ると、少女の頭を撫でながら尋ねる。
「おや、知り合いですか?」
「あの!あの子も!
あの子も助けてあげてください…!」
「何故?
彼女はメイドじゃないでしょう?」
「へ……?」
(この人、この人は…女神なんかじゃない)
ガーネットの疑問は、二つあった。
何故カーラがメイドでないとわかったのか、そして何故メイドではないカーラを救おうとしないのかである。
そして理解する。
自分の命を救った女神のように美しいこの女性は、決してカーラのように困っている人を進んで助ける善人ではない。
ガーネットは昔読んだ絵本で、天使と一部の悪魔はどちらも美しい見た目をしていると書いてあったのを思い出した。
そして悪魔が美しい見た目をしているのは、人を堕落させるためだ。
目が合うと、フォマは嫣然とした笑みを浮かべる。そして自分から離れない幼子を慰める。
「そうだ、これを上げます。
後で二人で食べなさい。
だから、頑張って一階まで行けますね?」
「わぁ…!いいの…?」
「ふふふ、いいんですよ」
フォマはしゃがみ込むと、少女に一口サイズのチョコレートを手渡した。
サカナが見たら卒倒するだろう。
それは季節限定のアイテムで、ガーネットに飲ませた回復ポーションと同じ効果がある。
ガーネットはそれを眺めながら、何とかしてカーラを救えないか考えていた。
自分の力では不可能だが、悪魔に頼み事をするということは対価に魂を抜かれるということだ。
友達だと訴えても、聞き入れてもらえないだろう。
もしかしたら、既に命を救ってもらったときに契約は成り立っているかもしれない。
さらに願い事をするなら、それだけの対価が必要だ。
(でも、カーラは私の大事な友達だから…)
「あの…私……は…」
「はい?どうしました?」
その時、ガーネットは廊下に散乱した自分の荷物が目に入った。
少女の手を放して、やっとのことで荷物を詰めて閉めた荷物を開いた。
綺麗に畳んで入れた服を外に放り投げて出していき、一番奥に入れたものを探す。
フォマと少女はそれを不思議そうに見ていたが、やがてガーネットは目当てのものを見つけるとフォマの足元に駆け寄った。
途中で足を滑らせて転んでも、握ったそれは放さない。
「ガーネット…?」
「大丈夫ですか?」
心配をして手を伸ばすフォマに、ガーネットは手を突き付けた。
その手には、綺麗だが年季の入った服が握られていた。
横であたふたする少女よりも小さなそれは、赤ん坊でもないと着られないサイズだろう。
フォマは訳が分からず、彼女がどこか頭を打ったのではないかと思う。
ガーネットも伝わっていないとわかると、出来るだけ大きな声で説明する。
「あの、これ!
これを…あげるので!カーラたちを助けてください!」
「落ち着いてください、それにそれは…」
「わ、私の…私が生まれたとき、に…着てた服です…!」
「……」
「お母さんが作ってくれたもので、その…最後の形見なんです…!」
「…それは、とても大切なものなのでは?」
「足りなかったら、私の魂でもあげます!
だから、お願いします!
カーラたちは大事な友達なんです!」
「……」
返事がない。ガーネットが不安に思って顔を上げると、ぎょっとした。
フォマは泣いていた。グリーンガーネットの瞳から一筋の涙を流して、ガーネットの手から大事そうに新生児服を受け取る。
大人が泣いているのを初めて見てドン引きする少女たちに、フォマは涙を手の甲で拭く。
「すみません、感動してしまって…」
「……」
「素晴らしい、あなたはとても優しく賢い子なのですね」
「あ、ありがとうございます…?」
「わかりました、カーラと言いましたか?
あの少女は、絶対に助けます。あなたたちは安心して避難してください」
「あ、ありがとうございます…?」
立ち上がったフォマは、アイテムボックスに服をしまった。
そして、悪魔の瞳で向かいの棟を観察する。
一つ下の階でキングとサカナが執事たちと戦っており、向かいの階ではカーラとスキンヘッドの男が揉み合っている。
他にも冒険者が何人か争っており、上の階にはハルマンの部屋が見えた。
箒を出現させたフォマは、荷物をまとめて手を繋ぐ二人を見て頬を緩める。
「…そうだ、カーラたちと言いましたが他にもメイドが?」
「そ、それは…」
だが顔を暗くして答えたガーネットの言葉を聞いて、眉間に皺を寄せた。
対岸にいるカーラは、スキンヘッドの男の猛ラッシュをかわしていた。
右の拳を避けて足蹴りで後ろに下がるが、階段でそれ以上下がれない。
肩を振って殴りつけるようなパンチを組んだ腕で防御し受け止めるが、軽々と身体が浮いて階段に倒れ込んだ。
背骨に階段の角が刺さる。衝撃で息が止まり、身体が動かない。
「いっ…!」
「死ね…うっ!?」
カーラの腹に蹴りを入れようとしたスキンヘッドの男、カーラは痛みを覚悟して目をつむった。
だが、男の足元が発光し出した。
魔法陣の光だとわかると、男は怪しげな光の上から咄嗟に廊下へ避けた。
階段から離れるようにバックステップをした瞬間、男が立っていた場所がカッと光った。雷が走る音が鳴る。
「『雷撃』」
上層階で寝ていた少女たちはオルガの協力もあり、既に一階まで避難をしている。
だが年少者が暮らす階では幼さ故に素早く動けないものもいて、年長者の助けがあってもまだ準備が終わらずにいた。
ハルトはフォマに言われて、そこで彼女たちの手助けをしていた。
「ガーネット!ガーネット…!起きて!」
爆音がすると思ったら、誰かの名前を呼ぶ声がする。
ハルトが部屋から出て廊下に出ると、廊下の一番端が無くなって外が見えた。
咄嗟にキングかサカナの仕業かと思ったハルトだったが、廊下で倒れている少女を見つけると氷魔法を受けたかのように背筋がみるみる冷えていった。
そして、背後に音もなく現れた気配で死神がすぐそこまで来ているのを感じ取る。
「…おい天狗やろう、」
「キングさん、僕の名前はハルトです…何でしょう?」
路地裏で邸宅の電気が消えるのを待っている間、キングがハルトの首に手をかけて揺さぶった。
役割が決まったものの、ハルトは猫を撫でるフォマにどう話しかけていいかわからずにいた。
本音を言えば、彼は優しく会話も成り立つサカナと一緒にいたかった。
キングはフォマを見続けるハルトに、指を鳴らして視線を逸らすように伝える。
「お前、フォマがロリコンなのは気づいてんだろ?」
「…えっと、はい。薄々感じてはいましたけど…」
「俺は別にいいが、お前が死ぬと作戦が失敗するかもしれない。だから特別に教えてやる。
いいか?一度しか言わねぇぞ」
「は、はい」
「あいつのアレはガチだからな、気をつけろよ」
「ガチというのは…?
まさか…メイドさんたちに襲い掛かったりとか…!?」
「違ぇよ、それはしねぇ…多分な。
気を付けるのはお前だ」
「ぼ、僕…ですか?
え?何で…何に、ですか…?」
「いいか、あいつは基本的に16歳以下にはそれはそれは優しい。
二重人格なんじゃないかと思う程な」
「優しい…かは知りませんけど、僕も村で見ていたから知ってますよ…
小さい子が好きってことですよね?」
「おい、勝手にわかった気になるな。
いいか?問題はここからだ。
だからお前は、16歳以下のガキどもに手を挙げたり襲ったりはするな。
絶対にだ」
「し、しないですよ…!?」
顔を寄せて凄むキングに、ハルトはどきまぎしながら否定をする。
だが身近で過ごしてきた彼が、わざわざ警告するほどの事態だということはわかる。
キングの彼岸花のように赤い瞳には、黒猫を可愛がるフォマが映っている。
ハルトには仮に自分がそのルールを破ったらどうなるのか、聞くことが出来なかった。
「それが偶然でも、だ。
あいつは、ロリとショタを傷つける奴が殺したいほど嫌いなんだ。
前にうちのギルドの狐娘が野良パ(パーティ)にリンチされたときは、一人でギルドを壊滅させたくらいだ。
お前じゃ確実に殺される」
「一人で…!?」
「それも、個人情報を入手してばらした挙句に現実世界で家凸までしたらしい。
ネットに詳しくなくても、そのヤバさはわかるよな?」
「な、なんで…そこまで……たかが、たかがゲームじゃないですか…」
「…やっぱりお前はわかってねぇな。
たかがゲームに人生かけてるやつもいるんだよ」
的を外れた感想を述べるハルトに、キングは何もわかっていないという顔をする。
キングにはライト層のハルトよりも、同じ廃人の彼女の気持ちの方がわかるようだった。
「一度しか言わない」と言ったにも関わらず、何度も念を押して忠告をしてきた。
ハルトはそれを素直に受け取ると、最後に一つだけ尋ねる。
「ちなみに、何で16歳以下なんですか…?」
「…それは自分で調べろ」
そして、あれだけ言われていたというのに16歳くらいの少女が血を流し、横では10歳からそこらの少女が泣いている。
後ろを振り返ることができず、棒立ちするハルト。下駄が鳴る音と共に、その肩に手が乗った。
横を向けば、聖母のような慈悲深い表情でほほ笑む女性がいる。
表情と仕草以外はフォマのはずなのに、彼女らしからぬ優しい声が上から降ってくる。
「他のメイドたちを連れて避難を、彼女たちは私が見ます」
「は、はい…」
(誰だこの人は)
「次はありませんよ、死守しなさい」
「はいぃ…!…みんな…!急いで一階に!」
ハルトは弾かれたように立ち上がると、部屋に残った少女たちに急いで一階に向かうように伝えた。
大きな音に泡を食って動けない少女を肩に担ぎ上げ、人数を確認して部屋を出る。
持ちきれない重い荷物は背負って、少女たちの手を引いて階段を下りる。
最後に廊下を振り帰ると、フォマが少女たちに目線を合わせて横に座り込んでいるのが見えた。
「ガーネットが…ガーネットが…」
「大丈夫、必ず助けます」
倒れ込んだガーネットの腹部が真っ赤に染まっている。
フォマは意識があるのを確認してから横向きに寝かせると、回復ポーションをアイテムボックスから取り出した。
悪魔の瞳で状態異常欄の火傷とHPの減りを確認して、迷わず希少な回復ポーションを片手で開ける。
血を見てパニック状態の少女を落ち着かせてからガーネットの口元に瓶を当てると、頭に手を当てて角度をつけて飲むように伝えた。
「回復薬です、飲んでください」
「は…い……っん、んくっ…」
「わっ、あっ、わ、私…が、私が遅かったから…」
「あなたのせいじゃないですよ。
ほら、もう大丈夫」
「嘘、傷が…?」
ガーネットが、驚いて目を見張る。
身体の傷が瞬く間に塞がり、内臓の損傷を治し火傷した皮膚を再生していく。
ポーションの知識があるものなら、その回復スピードがこの時代では決してあり得ない効果と速度なのがわかるだろう。
空になった瓶が空中で消滅するのを見届ける前に、フォマはハンカチを取り出して少女の涙を拭いた。
少女はその美麗な姿と行動を見て、まるで女神のようだと思った。
「ほら、かわいい顔が台無しですよ。」
「ひっく…うん、あいあとう…お姉ちゃん…」
少女の言葉に、フォマの身体が数秒だけ硬直した。
そしてすぐにいつも通り動き出すと、涙や鼻水で汚れたハンカチをアイテムボックスに仕舞った。
身体を起こしたガーネットの頭の埃とススを取ってから、焼けて服が所々破けてなくなった身体を隅から隅まで見る。
「あなたも、身体は大丈夫ですか?」
「は、はい…ありがとうございます」
「それなら、二人で避難できますね?」
「…はい」
ガーネットが、少女の手を強く繋ぐ。
彼女は露出の激しい恰好をしているとはいえ命の恩人ともいえるフォマに、どこか信用しきれない不安と嘘くささを感じていた。
行動はどれも聖人そのものなのに、どこか後ろめたいものがあるように思えてならない。
だが、もう一人の幼い少女にはそれがわらない。突然攻撃されて目の前でガーネットが怪我をしたことがトラウマになったのか、フォマのリボンの紐を掴んだ。
上目遣いに、泣き出しそうな顔でもって懇願した。
「ん~~お姉ちゃんも一緒に行こ…?」
「うぐっ…っ…駄目ですよ、私はあの悪党を倒しに行かなければ」
「悪党…あっ、そうだ…カーラ…!?」
ガーネットが野晒しの廊下から向かいの棟を見ると、カーラとスキンヘッドの男が戦っているのが見えた。
軽やかに飛びあがって小刀で斬りつけるカーラが、スカートを掴まれ地面に引っ張られる。
顔に向けて蹴りを入れられそうになり、すんでのところで転がって避けたが、体格で勝る男に押されているようだった。
フォマはカーラと向かい合って同じ方向を見ると、少女の頭を撫でながら尋ねる。
「おや、知り合いですか?」
「あの!あの子も!
あの子も助けてあげてください…!」
「何故?
彼女はメイドじゃないでしょう?」
「へ……?」
(この人、この人は…女神なんかじゃない)
ガーネットの疑問は、二つあった。
何故カーラがメイドでないとわかったのか、そして何故メイドではないカーラを救おうとしないのかである。
そして理解する。
自分の命を救った女神のように美しいこの女性は、決してカーラのように困っている人を進んで助ける善人ではない。
ガーネットは昔読んだ絵本で、天使と一部の悪魔はどちらも美しい見た目をしていると書いてあったのを思い出した。
そして悪魔が美しい見た目をしているのは、人を堕落させるためだ。
目が合うと、フォマは嫣然とした笑みを浮かべる。そして自分から離れない幼子を慰める。
「そうだ、これを上げます。
後で二人で食べなさい。
だから、頑張って一階まで行けますね?」
「わぁ…!いいの…?」
「ふふふ、いいんですよ」
フォマはしゃがみ込むと、少女に一口サイズのチョコレートを手渡した。
サカナが見たら卒倒するだろう。
それは季節限定のアイテムで、ガーネットに飲ませた回復ポーションと同じ効果がある。
ガーネットはそれを眺めながら、何とかしてカーラを救えないか考えていた。
自分の力では不可能だが、悪魔に頼み事をするということは対価に魂を抜かれるということだ。
友達だと訴えても、聞き入れてもらえないだろう。
もしかしたら、既に命を救ってもらったときに契約は成り立っているかもしれない。
さらに願い事をするなら、それだけの対価が必要だ。
(でも、カーラは私の大事な友達だから…)
「あの…私……は…」
「はい?どうしました?」
その時、ガーネットは廊下に散乱した自分の荷物が目に入った。
少女の手を放して、やっとのことで荷物を詰めて閉めた荷物を開いた。
綺麗に畳んで入れた服を外に放り投げて出していき、一番奥に入れたものを探す。
フォマと少女はそれを不思議そうに見ていたが、やがてガーネットは目当てのものを見つけるとフォマの足元に駆け寄った。
途中で足を滑らせて転んでも、握ったそれは放さない。
「ガーネット…?」
「大丈夫ですか?」
心配をして手を伸ばすフォマに、ガーネットは手を突き付けた。
その手には、綺麗だが年季の入った服が握られていた。
横であたふたする少女よりも小さなそれは、赤ん坊でもないと着られないサイズだろう。
フォマは訳が分からず、彼女がどこか頭を打ったのではないかと思う。
ガーネットも伝わっていないとわかると、出来るだけ大きな声で説明する。
「あの、これ!
これを…あげるので!カーラたちを助けてください!」
「落ち着いてください、それにそれは…」
「わ、私の…私が生まれたとき、に…着てた服です…!」
「……」
「お母さんが作ってくれたもので、その…最後の形見なんです…!」
「…それは、とても大切なものなのでは?」
「足りなかったら、私の魂でもあげます!
だから、お願いします!
カーラたちは大事な友達なんです!」
「……」
返事がない。ガーネットが不安に思って顔を上げると、ぎょっとした。
フォマは泣いていた。グリーンガーネットの瞳から一筋の涙を流して、ガーネットの手から大事そうに新生児服を受け取る。
大人が泣いているのを初めて見てドン引きする少女たちに、フォマは涙を手の甲で拭く。
「すみません、感動してしまって…」
「……」
「素晴らしい、あなたはとても優しく賢い子なのですね」
「あ、ありがとうございます…?」
「わかりました、カーラと言いましたか?
あの少女は、絶対に助けます。あなたたちは安心して避難してください」
「あ、ありがとうございます…?」
立ち上がったフォマは、アイテムボックスに服をしまった。
そして、悪魔の瞳で向かいの棟を観察する。
一つ下の階でキングとサカナが執事たちと戦っており、向かいの階ではカーラとスキンヘッドの男が揉み合っている。
他にも冒険者が何人か争っており、上の階にはハルマンの部屋が見えた。
箒を出現させたフォマは、荷物をまとめて手を繋ぐ二人を見て頬を緩める。
「…そうだ、カーラたちと言いましたが他にもメイドが?」
「そ、それは…」
だが顔を暗くして答えたガーネットの言葉を聞いて、眉間に皺を寄せた。
対岸にいるカーラは、スキンヘッドの男の猛ラッシュをかわしていた。
右の拳を避けて足蹴りで後ろに下がるが、階段でそれ以上下がれない。
肩を振って殴りつけるようなパンチを組んだ腕で防御し受け止めるが、軽々と身体が浮いて階段に倒れ込んだ。
背骨に階段の角が刺さる。衝撃で息が止まり、身体が動かない。
「いっ…!」
「死ね…うっ!?」
カーラの腹に蹴りを入れようとしたスキンヘッドの男、カーラは痛みを覚悟して目をつむった。
だが、男の足元が発光し出した。
魔法陣の光だとわかると、男は怪しげな光の上から咄嗟に廊下へ避けた。
階段から離れるようにバックステップをした瞬間、男が立っていた場所がカッと光った。雷が走る音が鳴る。
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