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2.カフェでの日常・非日常
12.黒羽の感触
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「あの女とは一緒に色んなことをした。人間としては、それなりに長生きな女だったからな」
懐かしむように、セラスは口元を緩めた。
多くは良い思い出だったのだろう。
そこには憎悪や悪意といった負の感情は読み取れない。
ーーだが、『寂しさ』のようなものが影を落としていた。
「だが、結局は誤差の範囲だ。あいつは死に、私はこうして生きている。人として、あいつともに死ぬというのも一興と思い、試してみたが、駄目だった」
「大事な人だったんですね」
「そうでもない。私にとっては、面白い遊び相手に過ぎなかった。そのはずだった。だが……そうさな、こうして改めて振り返るとそうだったのかもしれない。悪魔が人の死を悼むなど、落ちぶれたものだ」
それに、と彼女は続けた。
「あいつ私に呪いをかけた。悪魔であった私に、だ。ーーやはり人間の域を超えた女だったな。死ぬ直前、私の能力を人並に落とし、とある飲み物でのみ飢えを満たすことを許した。解除不能の呪い、術者は死んでいるのだから当然だ」
「とある飲み物?」
浅井の問いに、セラスは空のカップを指さした。
「そう、紅茶だ。しかも、紅茶としてのレベル、つまりは淹れ手と茶葉の品質、カップのクオリティで満腹度合いが決まるという悪戯心たっぷりの。本当に、性質の悪すぎる呪いだよ」
「だから、僕の所にきたんですね。自身でも飢えを満たせるようにと」
コクリと彼女は頷いた。
突拍子もない、荒唐無稽な話だと浅井は思った。
悪魔の存在、
呪いの存在、
呪いの内容。
どれをとっても非合理的で現実味がまるでない。
これまでの人生で遭遇してきたものとはまるで違う。
物語の中での存在たち。
ある意味、かつて自分を変えたあの一杯の紅茶と通じるところがある。
ただの紅茶に人の心を変える力はない。
本来は、本質的には、茶葉の抽出液に過ぎない。
味があるだけの、色があるだけのお湯に過ぎない。
でも、その一杯が浅井に衝撃を与え、人生の方向を大きく変えたのは間違いない。
それはある種の魔法であり、呪いと言い換えられなくもない。
だが、
だがーー
「でも、貴方が悪魔だなんて僕には思えない」
行動は悪魔染みている時もある。
いや、小悪魔染みている。
現状がまさにそうである。
腕を絡め、
指を絡め、
胸を押し当て。
真面目そうな内容・口調ではあるが、音声をカットしてしまえば完全に誘惑している状況。並の男ならば、このまま有名泥棒の三代目の如く押し倒しているに違いない。
見た目も悪魔的に美しい。
だが、その『悪魔』は単なる修飾語、表現の一つに過ぎない。
存在そのものを現している訳ではない。
「では、証拠を見せよう。感情が昂っている今ならば、飾り程度には出せよう」
そう言うと、突如彼女の背中から羽のようなものが出現した。
漆黒の羽。
片翼のみではあるが、それこそファンタジー世界に出てきそうな立派な黒羽だ。
ばさり、というよりぱたぱたという感じではためていてる。
「今出せるだけで、飛ぶことはできんがな。威嚇がせいぜい、そこら辺の獣風情と大差ない」
浅井は恐る恐るその羽に触れてみた。
柔らかで、沈み込むような感触。
梟のそれに近いイメージだ。
「うぅん……あぁあっ!」
嬌声とともにクリスの指がびくんと跳ねた。
聞き慣れない、高い声。
「ごめん、痛かった?」
「痛くはない。だが、その……そうねっとり触るな」
気恥ずかしそうに顔を伏せる。
彼女の両頬は赤く染まっていた。
懐かしむように、セラスは口元を緩めた。
多くは良い思い出だったのだろう。
そこには憎悪や悪意といった負の感情は読み取れない。
ーーだが、『寂しさ』のようなものが影を落としていた。
「だが、結局は誤差の範囲だ。あいつは死に、私はこうして生きている。人として、あいつともに死ぬというのも一興と思い、試してみたが、駄目だった」
「大事な人だったんですね」
「そうでもない。私にとっては、面白い遊び相手に過ぎなかった。そのはずだった。だが……そうさな、こうして改めて振り返るとそうだったのかもしれない。悪魔が人の死を悼むなど、落ちぶれたものだ」
それに、と彼女は続けた。
「あいつ私に呪いをかけた。悪魔であった私に、だ。ーーやはり人間の域を超えた女だったな。死ぬ直前、私の能力を人並に落とし、とある飲み物でのみ飢えを満たすことを許した。解除不能の呪い、術者は死んでいるのだから当然だ」
「とある飲み物?」
浅井の問いに、セラスは空のカップを指さした。
「そう、紅茶だ。しかも、紅茶としてのレベル、つまりは淹れ手と茶葉の品質、カップのクオリティで満腹度合いが決まるという悪戯心たっぷりの。本当に、性質の悪すぎる呪いだよ」
「だから、僕の所にきたんですね。自身でも飢えを満たせるようにと」
コクリと彼女は頷いた。
突拍子もない、荒唐無稽な話だと浅井は思った。
悪魔の存在、
呪いの存在、
呪いの内容。
どれをとっても非合理的で現実味がまるでない。
これまでの人生で遭遇してきたものとはまるで違う。
物語の中での存在たち。
ある意味、かつて自分を変えたあの一杯の紅茶と通じるところがある。
ただの紅茶に人の心を変える力はない。
本来は、本質的には、茶葉の抽出液に過ぎない。
味があるだけの、色があるだけのお湯に過ぎない。
でも、その一杯が浅井に衝撃を与え、人生の方向を大きく変えたのは間違いない。
それはある種の魔法であり、呪いと言い換えられなくもない。
だが、
だがーー
「でも、貴方が悪魔だなんて僕には思えない」
行動は悪魔染みている時もある。
いや、小悪魔染みている。
現状がまさにそうである。
腕を絡め、
指を絡め、
胸を押し当て。
真面目そうな内容・口調ではあるが、音声をカットしてしまえば完全に誘惑している状況。並の男ならば、このまま有名泥棒の三代目の如く押し倒しているに違いない。
見た目も悪魔的に美しい。
だが、その『悪魔』は単なる修飾語、表現の一つに過ぎない。
存在そのものを現している訳ではない。
「では、証拠を見せよう。感情が昂っている今ならば、飾り程度には出せよう」
そう言うと、突如彼女の背中から羽のようなものが出現した。
漆黒の羽。
片翼のみではあるが、それこそファンタジー世界に出てきそうな立派な黒羽だ。
ばさり、というよりぱたぱたという感じではためていてる。
「今出せるだけで、飛ぶことはできんがな。威嚇がせいぜい、そこら辺の獣風情と大差ない」
浅井は恐る恐るその羽に触れてみた。
柔らかで、沈み込むような感触。
梟のそれに近いイメージだ。
「うぅん……あぁあっ!」
嬌声とともにクリスの指がびくんと跳ねた。
聞き慣れない、高い声。
「ごめん、痛かった?」
「痛くはない。だが、その……そうねっとり触るな」
気恥ずかしそうに顔を伏せる。
彼女の両頬は赤く染まっていた。
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