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パート練
今日は、朝から個人レッスンや授業が入っており、合同練習は午後の授業からだ。
はぁ、麗と離れたくない。
足取りは重くなり、思わずため息が漏れる。
「今日はいつにも増して甘えただね響」
「うん」
俺があまりにも機嫌が悪いので、麗音が気を遣って、使われていない練習室に連れて行ってくれた。
今は麗音に抱きついて、授業に行きたくないと駄々をこねているところだ。
夜通しずっと一緒にいたから余計に離れられなくなってる。
あぁ、麗音、迷惑だろうなぁ。
こんなわがままな弟に付き合わされて。
そろそろ行かないと遅れちゃうよな。
麗音と抱き合っていると、もともと俺たちは1つだったんじゃないかと思えるほど、ぴったりと嵌まる。
ほぼ同じ身長。麗音の方が少し腰が細くて華奢なのが余計そそる。
麗音と離れると、いつも半身が引き剥がされるような苦痛を伴う。
だから常にどこかには触れていたくて、ベタベタと弟という特権を使って甘えているわけだが、17にもなっていい加減、デカい男が甘えても可愛くないことはわかっている。
「麗ごめん。あと1分だけ……」
「うん」
あと1分だけ。麗音を充電し終わったら離れる。
「響頑張れる?」
「……うん」
1分目を閉じて、名残惜しいがしぶしぶ身体を離す。
はぁ、憂鬱だ。
今日一日、麗音とくっついていられないし、コンマスがちゃんと務まるのかも自信がない。
俺は愛想ないし、人を気遣うとか一番苦手だし。
重いため息を吐きながら、床に置いていた荷物を背負い直す。
「ねぇ、演奏会が終わったらさ、響にご褒美あげる」
「え……」
思わず、麗音の方を振り返る。
優しい兄は、やる気の出ない弟を見かねて提案してくれたみたいだ。
麗音も眠いし、不安だろうに、本当に優しいよな。
「響は何がいい?ご褒美」
キスしてほしい。
そう真っ先に思って、目を伏せた。
「……麗がくれるものならなんでも」
「ふふ、わかった」
麗音のプレゼントならなんでも嬉しい。
子供の時、誕生日にもらった鉛筆も、おもちゃの腕時計も、麗音がくれたものは全部大切に取ってある。
「まじ?めっちゃやる気出たわ」
「良かった」
「ありがとう麗」
「うん」
目を見合わせて笑うと、二人で練習室を出た。
◇
午後、音楽室に入ると、ヴァイオリンのコンマスの席に荷物を置いた。
今日も1時間各自で練習してから、全体練習が始まる。
麗音はまだ来ていないようだ。
俺たちは登下校以外、学校では忙しくてあまり一緒にいられない。
俺も個人レッスンが延びて、昼休憩を取る時間がなかったため、パン一個適当に食べてきた。
ヴァイオリンをチューニングして、軽く基礎練をする。
ついさっきまで弾いてたからもう指は温まっているから、あまり時間は取らない。
この定期演奏会のメンバーは、教師の推薦で選抜された選りすぐりの生徒たちが集まっている。
だから割合としては3年が6割、2年が3、4割、1年はほとんどいない。
その中で2年の俺がいきなりコンマスをやって、気に食わない者も多いだろうと思う。
俺は今からその人たちと向き合わなければならない。
あー、緊張すんな。
でも麗音のご褒美のために頑張ってみせる。
何度かため息を吐いて、立ち上がった。
後ろを振り返ると、ヴァイオリンパートの人達が一斉に俺を見る。
「コンマスをやることになった清白です。オケの経験が乏しいので、昨日は迷惑かけてすみませんでした」
俺が頭を下げると、小さなどよめきが起こった。
いつも無愛想でイメージが悪いのは自覚してるし、そんな俺が頭を下げたのが意外だったのだろう。
「第一は、今からボーイング合わせましょう。第二はリーダーに従ってください。あとで俺も見ます」
コンマスは、自分のパートである第一ヴァイオリンだけでなく、オーケストラ全体のリーダーを務める。
でも、いきなり全体は無理。
ってことで、まずは初めの一歩からだ。
ヴァイオリンは2パートに分かれ、第一ヴァイオリンは主に主旋律を務めるのに対し、第二ヴァイオリンは主旋律を支え、伴奏やリズムを刻む重要な役割だ。
「わかりました」
第二ヴァイオリンのリーダーに視線を送ると、頷かれる。
良かった。
リーダーが第二の人達に声をかけてパート練を始める。
「では第一は、チューニングから」
続いて第一の人達に目を向けて、ヴァイオリンを構えると、続々とヴァイオリンを構えていく。
俺がA線の音を鳴らし、音程を合わせていく。
チューニングが終わったら、チューナーの機能もついている機械式メトロノームを気持ちゆっくりめに設定した。
「それではテンポ50で、まずは頭から8小節まで。1.2.3.4」
カウントダウンしながら、身体で合図を送ると、一斉に音を鳴らしていく。
第一は俺のボーイングを見ながら、弓順を確認していく。俺は後ろに気を配りながら、揃っているかを小節ごとに入念に見ていった。
続いてヴィブラートの速度や、強弱、弓のスピード、音程などを、一人一人の音や動きを見て確認していく。
そうして、第一のそれぞれの癖を把握して整え、次に第二の全体を見ていたところで、指揮者が入ってきた。
もう1時間経ったのか。
あっという間だった。
俺はヴァイオリンパート以外、完璧に譜面を記憶しているわけではないし、全体を見るのはえらい労力と時間がかかりそうで、思わずため息が漏れる。
ピアノに目を向けると、麗音と視線があって、少し目を細めてくれる。
あぁ、これだけで頑張れるわ。
「じゃあ全体練始めるぞ」
全員が席に着くと、山形が指揮棒を構えた。
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