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断罪イベント

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「僕の大切な友人を傷つける人間とは、結婚できない」


 煌びやかな会場は、天井から吊るされたシャンデリアで明るい。花瓶に飾られた花たちが場を彩り、ダンスを踊った人々の熱気がこもったここは、しかし、空気はひどく冷えていた。

「それは、どういう意味ですか?」

 悪役令嬢は変わらず佇む。華麗な美しさは曇らない。王子が言った言葉の意味が本当に伝わっていないかのように。

「知らぬ存ぜずを貫くつもりかい?僕を馬鹿にしないでくれるかな」

 王子の声は冷たい。悪役令嬢を突き放す、情のかけらもない温度。その美しさも相まって、より冷酷さを感じさせる。




 前世を思いだしたあの日、混乱した頭は自分のことが誰だったかすぐに思い出すことができなかった。私が自分を上手く認識できなかったあれは、私が前世を思い出したゆえに起きたことだった。乙女ゲームに嵌ったしがないオタク女子、その半生を思い出したからこそ、私は自分の認識にズレが生じた。この世界の私リーリア・オーパルと、前世の死際。混ざりあった情報が、知識と感覚の間に隔たりを作ってしまった。最初は自分が誰なのかわからない恐怖でおかしくなりそうだった。前世と今世はほとんど性格が変わらなかったが、それでも歩んできた人生や、容姿、年齢の違いから、違和感がつきまとう。時間だけが特効薬で、家族や、ユリアたち使用人と一緒にいることだけが、自己認識を克服する手段だった。

 前世を思い出して良かったのは、この世界が『宝玉の姫~クリスタル王国と5人のイケメンたち~』だと分かったことだ。
 この世界には、私の推しが生きている。私は推しと同じ空を見ている。そして、貴族に生まれた私は推しに会うことができる!
 なんて素晴らしいことだろう!
 それだけではない。暦を数えれば、私はゲームの主人公と同じ年のはずなのだ。つまり、私が上手く立ち回れれば断罪イベントを回避できるかもしれない。主人公と王子がくっつくのを阻止し、彼女と王子の仲をとりもてば、彼女は未来の安寧と愛する人を得ることができる。
 上手くいくかわからない作戦だ。
 ただのオタク女子にできるかわからない。
 それでも、私は推しに幸せになってほしい。

 ぜったいに成功させてやる!!

 しかし学園祭の最終日、夜のダンスパーティで事件は起きている。回避したかった断罪イベントが、何故か始まってしまったのだ。王子は悪役令嬢を冷たく見据え、彼の周りにいる元攻略キャラの貴族子息たちの目線も冷えている。
 彼らを囲うように見ているモブたちは、品のない野次馬のようだった。いつも人を突き放すような口調の悪役令嬢はあまり人に好かれていない。そもそも、ただ権力があるだけで人は人を嫌う。野次馬の囁きは、どれも悪役令嬢に向けられた刃だった。

「何のことでしょう?私にはさっぱりわかりませんわ」

 そういった悪役令嬢の態度は、やはり変わらないように見えた。でも、私には分かる。入学してからずっと彼女を見てきた私には、わかってしまう。彼女の声が少し強張っていること、内心苦しんでいること、本当は泣いてしまいたいこと、私なら分かってあげられるのに!

 そもそも、どうしてこのイベントが発生しているのか。

 彼女は「私にはさっぱりわかりません」と言っていたが、本当にその通りなのだ。入学してから、彼女は誰かをいじめることなんてしていない。
 口調がきついのは、特定の相手に向けられるものではない。下流貴族だとか、上流貴族だとか関係なく彼女の物言いはきびしい。学園に来る前から彼女と婚約を結んでいた王子がここにきて不満を爆発させてしまったのだろうか。
 それ以外の可能性が浮かばない。

 なぜなら、この世界に主人公は現れていないからだ。

 正確に言えば、主人公ポジションの女の子が現れていない。
 ゲームでは『宝玉の姫』の主人公の顔は描かれていないから、細かい容姿がわからないのだ。スチルに写り込んでも目の部分が陰になっており、どんな表情をしているのか分かる程度にしか描かれていない。
 身体的特徴を他にあげるとするなら、茶髪のロングに、胸は大きすぎず小さすぎず、とにかく平凡な容姿だった。
 主人公が王子と接触するのを抑えていれば「令嬢を幸せにしよう作戦」は簡単に成功するのでは?と思い、同学年の下流貴族全員に挨拶してまわったが、それらしいひとが。下流貴族で茶髪の女子など、普通すぎて絞り込めない。かく言う私だって、茶髪のロングである。下流貴族にとってこれが最適のスタイルなのだ。
 この世界の人間は身分が高くなるほど、遺伝で発現する髪色は派手になり、赤や青などカラフルな地毛となる。下流貴族は平民の黒髪よりマシな茶髪が多い。そして、髪型にアレンジを加えて目立つのは中流以上の貴族と暗黙の規則になっている。だから下流貴族は髪を伸ばして、艶やかな髪質を維持することで一生懸命見栄を張っているのだ。
 そのせいで、主人公が誰だか私にはさっぱりわからない。
 しかし入学してからずっと眺めている推しのようすから、この世界に主人公はいないと断言できる。ついでに、推しとくっつけるために観察している王子の周りにもそれらしい女の子はいない。
 主人公不在で行われたこの断罪イベント。

 これが、原作の修正力か。

 私が頑張ったこの半年、全くの無駄だったのだろか。悪役令嬢を見守ったり、王子に近づく女子をさりげなく追い払ったり、令嬢がきつい口調にならないように練習しているのを応援したり、王子が好きなものをさりげなく聞きだしたり、令嬢が一人で庭園の薔薇に和んでいるのに癒されたり、いろいろしたのに!!

 いや、ストーカーじゃないよ?

 ちょっと過激なファンなだけだから!推しが可愛いのが悪いんだ!普段ツーンてしてるのに1人になると脆くなっちゃうギャップが悪いんだ!
 いや悪役令嬢は悪くないですすみません断罪イベントは勘弁してください。

 本当に回避したかった。
 令嬢の未来を変えたかった。

 令嬢はきつい口調で話す自分を責めていた。
 令嬢は1人で寂しそうに花見をしていた。
 令嬢は誰もいない部屋で泣くのを我慢していた。
 令嬢が、本当は誰かに愛されたがっているのを知っていた。


 私の半年は、それを変えるために捧げたのに。
 何も変わらなかった。原作と同じように令嬢は婚約破棄をされる。世界という理不尽に、彼女の幸福は蹂躙される。私の願った彼女の笑顔は潰えたままだ。
 一体何のための半年だったのだろう。何のために、この世界に生まれたのだろう。私はせっかく前世の記憶を持っているのに!

 恨んでやる、世界を。
 このゲームの製作者を。
 こんなストーリーを書いた脚本家を!

 逆恨みだろうがなんだろうが、私は全身全霊をもって呪ってやる。





 彼女を傷つける原因は、全部全部、呪ってやる!!


 令嬢は絞首台に登った王女のように、静かに佇んでいる。彼女を嫌う王子は、これから死の宣告を彼女に下す。
 婚約破棄の旨が公衆の面前で発表されるのだ。
 広いパーティ会場で、王子と令嬢だけが視線を集めている。

 静まりかえった空間に王子の声がよく響いた。





「僕の大切な友人、リーリアを傷つける君とは結婚できない!!」












!!??!!!??







「私、王子と友だちになった覚えがないんですけど?!」
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