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第5話 壊れた灯り、戻る夜
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アルヴァスの夜は、灯りの質で機嫌が変わる。
港の入り江は狭く、潮の向きも癖がある。夜の航路灯が弱ると、船は岸を怖がって沖で待つ。待てば魚は傷み、漁師は稼げない。
だから外縁の連中は、灯りの死を天気より恐れる。
「三夜連続で消えてる。今夜も消えたら、明日の荷が全部遅れる」
港湾管理の男が、工房に駆け込んできた。紙より先に汗が落ちる。
「塔まで案内してくれ」
工具箱を担いで、俺はラウラとセオを連れて港へ向かった。
航路灯の塔は、石の防波堤の先に立っている。潮風をまともに受けるせいで、金属部はどこも白く塩を噛んでいた。
灯体を開く。内部の回路は思ったよりひどい。
古い増幅石に、新しい補助石を二重に噛ませてある。しかも接地が浅い。よく爆ぜなかったものだ。
赤い目盛りは九十三。
「今夜中に直せる?」
ラウラが聞く。
「直す。直さないと、今夜中に壊れる」
塔の上は風が強い。セオが押さえる板が揺れ、俺の工具が何度も手から滑りかける。
「セオ、固定縄!」
「はい!」
「ラウラ、補助灯をこっちに。陰ができると配線を噛む」
「了解」
作業は三段に分けた。
まず出力を落とし、目盛りを八十台に戻す。
次に腐食した接点を切り捨て、塩害に強い金具へ交換。
最後に接地を深く取り、増幅石を一段減らす。
派手な明るさは消える。だが、安定して長く持つ灯りになる。
「はい、点灯」
レバーを倒すと、灯体がゆっくり白く満ちた。瞬きしない、芯の太い光だった。
目盛りは二十七。
防波堤の下で、待機していた船が汽笛を鳴らす。遠くの海からもう一隻、灯りを目印に進路を変えるのが見えた。
港湾管理の男が、肩の力を抜いて座り込む。
「助かった……これで今夜の荷が入る」
俺は塔の欄干にもたれ、暗い海を見た。
夜の港に一つずつ灯りが戻っていく。働くための灯り。帰るための灯り。
下で、セオが胸を張って叫んだ。
「潮目工房、すげえだろ!」
あいつは調子に乗るとすぐ声が大きくなる。
ラウラが後頭部を軽く叩いた。
「お前はまだ見習い」
「でも俺、縄押さえ完璧だった!」
「そこは完璧だった」
帰り道、港の食堂に寄ることになった。遅い時間まで開いている店で、塩焼き魚と硬パンを頼む。
皿が来る前に、見知らぬ男が隣の席へ座った。
黒い外套。昨日の北倉庫の男だった。
「いい腕だ。航路灯まで戻すとは」
俺は箸を置いた。
「仕事中の見学は有料だ」
男は薄く笑って、銀貨を一枚テーブルに置く。
「見学料だと思ってくれ。名はクロウ。あんたと話がしたい」
名乗るということは、引く気がないということだ。
食堂の喧騒の中で、潮風だけが急に冷たくなった気がした。
港の入り江は狭く、潮の向きも癖がある。夜の航路灯が弱ると、船は岸を怖がって沖で待つ。待てば魚は傷み、漁師は稼げない。
だから外縁の連中は、灯りの死を天気より恐れる。
「三夜連続で消えてる。今夜も消えたら、明日の荷が全部遅れる」
港湾管理の男が、工房に駆け込んできた。紙より先に汗が落ちる。
「塔まで案内してくれ」
工具箱を担いで、俺はラウラとセオを連れて港へ向かった。
航路灯の塔は、石の防波堤の先に立っている。潮風をまともに受けるせいで、金属部はどこも白く塩を噛んでいた。
灯体を開く。内部の回路は思ったよりひどい。
古い増幅石に、新しい補助石を二重に噛ませてある。しかも接地が浅い。よく爆ぜなかったものだ。
赤い目盛りは九十三。
「今夜中に直せる?」
ラウラが聞く。
「直す。直さないと、今夜中に壊れる」
塔の上は風が強い。セオが押さえる板が揺れ、俺の工具が何度も手から滑りかける。
「セオ、固定縄!」
「はい!」
「ラウラ、補助灯をこっちに。陰ができると配線を噛む」
「了解」
作業は三段に分けた。
まず出力を落とし、目盛りを八十台に戻す。
次に腐食した接点を切り捨て、塩害に強い金具へ交換。
最後に接地を深く取り、増幅石を一段減らす。
派手な明るさは消える。だが、安定して長く持つ灯りになる。
「はい、点灯」
レバーを倒すと、灯体がゆっくり白く満ちた。瞬きしない、芯の太い光だった。
目盛りは二十七。
防波堤の下で、待機していた船が汽笛を鳴らす。遠くの海からもう一隻、灯りを目印に進路を変えるのが見えた。
港湾管理の男が、肩の力を抜いて座り込む。
「助かった……これで今夜の荷が入る」
俺は塔の欄干にもたれ、暗い海を見た。
夜の港に一つずつ灯りが戻っていく。働くための灯り。帰るための灯り。
下で、セオが胸を張って叫んだ。
「潮目工房、すげえだろ!」
あいつは調子に乗るとすぐ声が大きくなる。
ラウラが後頭部を軽く叩いた。
「お前はまだ見習い」
「でも俺、縄押さえ完璧だった!」
「そこは完璧だった」
帰り道、港の食堂に寄ることになった。遅い時間まで開いている店で、塩焼き魚と硬パンを頼む。
皿が来る前に、見知らぬ男が隣の席へ座った。
黒い外套。昨日の北倉庫の男だった。
「いい腕だ。航路灯まで戻すとは」
俺は箸を置いた。
「仕事中の見学は有料だ」
男は薄く笑って、銀貨を一枚テーブルに置く。
「見学料だと思ってくれ。名はクロウ。あんたと話がしたい」
名乗るということは、引く気がないということだ。
食堂の喧騒の中で、潮風だけが急に冷たくなった気がした。
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