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4章:十八禁BLゲームの中に迷い込んだら、最愛の人が出来ました!

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 じいやさんが手配した馬車が来るのは、そろそろ夕暮れ時という時間帯だった。少し落ち着かない様子のルードに、おれはそっと自分の手を重ねる。ルードはそれに気付くと、少しだけ目を見開いて、緩やかに微笑んだ。



「大丈夫ですか?」

「ああ。すまない、心配をかけて」

「いいえ。だってあの屋敷は十年間ずっと住んでいた場所でしょう? 落ち着かなくて当然ですよ」

「……そうだな、ありがとう」



 ルードがおれの肩に額を当てる。そして、おれらは手を繋いで馬車に乗り込んだ。ここからだと一時間は掛かるんだっけ。改めて思うけど、ルードの住んでいた屋敷って王都の端も端だったんだなぁ……。ワープポイントのおかげでそんなことさっぱり感じなかったけど。



「行ってらっしゃいませ、ルード坊ちゃん、ヒビキさま」



 じいやさんやリーフェ、リア、ニコロに見送られながら、おれらは今まで住んでいた屋敷へと向かった。向かっている途中、ルードはずっと無言だった。なにを考えているのかはわからないけれど、ただ黙って、自分の気持ちと向き合っているような……そんな気がした。



「つきましたよ」



 一時間くらい経って、馬車は無事に屋敷へとついた。そして、おれらが馬車を降りると、ルードは少し離れるようにと御者さんに言って、門を開けて中へと進む。おれもついて行った。中庭の花壇の花に触れて、静かに「さようなら」と告げるルード。

 燃やしていなかったのか、あの時切れたミサンガに火をつけて、花壇に放り――フェンリルの名を呼んだ。



「ワープポイントを破壊、それから屋敷も取り壊し」

「花、燃えているが良いのか? 一応お前の花だろう」

「私はもうメルクーシン家の者じゃない。花に頼らずとも、生きていける」



 ――ああ、そうか。この花は、ルードの花だったから……ここから離れなかったんだ。ルードの中では折り合いのついていることなのだろう、どこかさっぱりした様子で燃える花を見ていた。

 そして、フェンリルは屋敷の中に入り、フラウと一緒に屋敷を氷漬けにして遠吠えを上げる。その瞬間、屋敷が砕け散った。それはもう、あっという間に。屋敷が脆いのか、それともフェンリルとフラウの力が凄まじいのか、おれにはよくわからない。

 ただ、隣に立つルードが思い出を噛み締めるように目を閉じ、それからゆっくりと瞼を上げて屋敷の『最期』を見送った。



「――さようなら、メルクーシン」



 精霊さんたちに守られているのか、おれらに火花が来ることも、砕けた屋敷の欠片が飛ぶこともなく、ただ静かに――崩壊していく屋敷を、この目でしっかりと見届けた。



「ヒビキ、花壇の炎に水をお願いできるかい?」

「もちろんです、ルード」



 おれは両手を顎の下で組み、目を閉じて精霊さんにお願いした。花壇の炎を消せるくらいの水をお願いしますって。すると、花壇にだけ雨のように水が降り注がれる。炎が消えて、フェンリルとフラウも戻って来た。ルードはフェンリルへ手を伸ばす。フェンリルは小さくなって、ルードの手のひらに自分の頭を押し付けた。撫でろとばかりに。



「ありがとう、フェンリル。見守っていてくれて」

「契約者を見守ることは当然であろうに」



 ちょっと呆れたような言い方だったけど、フェンリルの照れ隠しだったのかもしれない。尻尾が左右に大きく振られていたから。フラウたちもフェンリルの周りをくるくると飛んでいた。それはもう、楽しげに。



「帰ろうか、ヒビキ」

「あ、でもその前に――」



 おれは屋敷に向かって頭を下げた。



「今までお世話になりました。ありがとうございました!」



 そう言葉にすると、ルードが息を飲んだ。フェンリルは「ふっ」と笑い、フラウは今度はおれの傍でくるくると踊るように飛んでいた。この世界に来てからほとんどこの屋敷で過ごしてきたから、ちゃんと最後にお礼を言いたかった。言えて満足。



「……本当に、ヒビキには敵わないな……」

「ルード?」

「私の隣に、ヒビキが居てくれて良かった」



 ぽん、とおれの頭に手を置いてそう言うルードの姿は、とても優しくてなんだか切ないくらいに胸が痛んだ。ルードの隣に居られて本当に良かったと心から思う。ひとりで向かうつもりだったのだろう。もしもひとりで行かせたら、こんな風に晴れ晴れとしたルードの表情は見られなかったのかもしれない。

 メルクーシンという鎖から、ルードは解放されたのかな……?



「さ、屋敷に戻って……ヒビキにはもうひとつ、仕事を任せたいな」

「え? あ、ああ! わかりました、やってみます!」



 ぐっと意気込むように拳を握ると、ルードは「頼んだよ」とおれの頭をわしゃわしゃ撫でた。そして、また一時間かけて今日から住む屋敷へと戻る。きっと、フェンリルに乗って行けばすぐについたりしたんだろうけど、きっとルードの中で心の整理をする時間が必要で……多分、じいやさんもそれをわかっていて、わざと遅い時間に馬車を呼んだのだろう。

 帰りの馬車ではぽつぽつとあの屋敷での思い出を語り合った。たった数ヶ月しか住んでいないけれど、溢れるくらいの想い出がたくさん残る屋敷だ。ルードにとっては、きっともっとたくさんの想い出がある場所だから……。おれはルードの話を聞くのに徹することにした。

 じいやさんと一緒に訓練したり、リーフェにお菓子を貰ったり、リアと刺繍をしたりと、あの屋敷には色んな人たちとの想い出がルードの中にちゃんとあって、やっぱりあの屋敷の人たちはルードのことが大好きなんだなぁって思って、胸がぽかぽかしてきた。

 そんな話をしていると、あっという間に屋敷についた。御者さんにお金を支払って、玄関に向かうと、使用人さんたちがずらりと並んでルードとおれを出迎えてくれた。



「おかえりなさいませ、ルード坊ちゃん、ヒビキさま」

「ただいま」

「わ、みんなで出迎えてくれるってなんか新鮮……」

「丁度良かった、全員、外へ」



 使用人さんたちは頭に「?」を浮かべているだろう。それでもルードの言う通りに外に出て来た。そして、そのタイミングでサディアスさんがやって来た。まぁ、元々サディアスさんの屋敷だもんね。



「あれ、引っ越し祝いに来たんだけど、早かった?」

「いえ、丁度いいタイミングだと思いますよ。ヒビキ、お願いできるかい?」

「はい、やってみます!」



 みんな、なにが始まるのだろうとおれを見守っている。おれはそっと壁に手を置いて目を閉じて、精霊さんにお願いした。

 ――この屋敷の人たちが安全に暮らせますように。精霊さん、力を貸してください――と。壁に手を置いているから冷たいはずなのに、じわじわと手のひらが温かくなっていく。それはまるで精霊さんが「任せて!」と言っているようで……。ふっと表情を緩めて目を開けて屋敷を見上げる。

 ほんの数十秒だけだったけど、屋敷の壁が七色に光った。あの日見た、噴水のように。



「きれい……」



 誰ともつかない言葉が次々と溢れ出た。屋敷の光はすぐに消えてしまったけれど、雰囲気がなんだか違くなったような気がする。そう思ってルードを見ると、ルードは小さくうなずいた。



「フェンリル」

「うむ、見ていた。これでこの場所は悪意のあるものからは護られるだろう」

「さすが精霊の祝福。この場所が一番安全だったりして」

「可能性は否定せんがな。これほどまで魔石を集めて作り上げたというのも、中々面白い」



 そんな話を聞いていた使用人さんたちが、ごくりと唾を飲んだのが聞こえた。魔石で出来た屋敷ってそんなに珍しいものなのかな。ルードとサディアスさんの元に行くと、フェンリルがおれにすりすりと頬を擦りつけてきた。もふもふ……!



「あ、そうだ。はい、これルードに」

「これは?」

「わたしからの引っ越し祝い兼婚約祝い、かな?」



 ルードと顔を見合わせて光の精霊さんに照らしてもらう。そして、書かれていた内容を見て、ルードがばっと顔を上げてサディアスさんを見た。唖然としているような、そんな感じで。



「しかし、これではあまりにも……!」

「良いんだ。ここを買ったのは陛下からお金を使えって言われたからだし。個人的にわたしはルードのことを弟のように思っているからね、これくらいさせておくれよ?」



 周りがざわついている中、ひょいとじいやさんがその書類を見て、呆れたようにサディアスさんを見た。そして、こほんと咳ばらいをひとつ。ニコロの名を呼ぶと、ニコロがじいやさんたちに近付いて、「なにがあったんですか?」と尋ねて来た。



「――ああ、サディアスが良いなら良いんじゃないですか。言って聞くようなヤツでもないし」



 ニコロに説明するとあっさりそう言われた。サディアスさんはにこにことそれを聞いていたけれど……本当に良いんだろうか。この屋敷、ルードに譲るって……。



「それに、ヒビキさんのおかげで魔石の力も働いたしね。まぁ、好きに使ってよ。代わりに、ニコロをわたしの屋敷に連れて行っても良い?」

「ニコロが良いのなら」



 おれとルードが声を重ねて言うと、全員がニコロへと視線を向ける。ニコロは「え、ここで決断するんですか!?」と焦ったように言っていたけれど、すぐに肩をすくめて、



「サディアスの屋敷に行きます」



 と言った。その瞬間にわっと拍手が鳴り響く。……ここの人たち、本当にあったかいなぁ。そして、サディアスさんはと言うと――ぽかんとしていた。あっさりニコロが来るとは思っていなかったようだ。
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