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番外編!
新月の夜に。(後編/ルード視点/ほのぼの)
しおりを挟むお茶会を終えて、私とヒビキは早速泳ぎに行く準備をした。ヒビキがニコロを誘っていたが、すごい勢いで首を左右に振って「隊長と、ふたりっきりでどうぞ!」と拒否されてしまった。……泳ぐとなると脱ぐし、躰を見られたくないのかもしれないとニコロの首元に赤く咲くキスマークを見ながら私は肩をすくめた。
サディアスの独占欲の強さと私の独占欲の強さはどちらが強いのだろうか。……いや、比べるものではないか。ともあれ、彼らが幸せそうな様子を見せてくれるのは何と言うか、色々考えさせられる。
「あ~、そうだ、ヒビキさま」
「ん? なになに?」
「聖騎士団の要請、受けたほうが良いと思います。式典で顔もバレてるし、ヒビキさまはひとりにならないほうが良い。出来るだけ隊長と離れないように。世の中善人だらけじゃないんですからね」
……ニコロの言葉に、ヒビキは目を大きく見開いてからその言葉を刻み込むように胸元に手を置いてこくりとうなずいた。そして、それから嬉しそうに笑ってみせた。どうして笑ったのかわからなくてヒビキをじっと見つめると、ニコロが呆れたように眉を下げて微笑む。
「ヒビキ?」
「いや、やっぱりおれ、善い人たちに出会えたなぁって思って。こういう忠告? って、心配していないと出来ないことでしょう?」
「……なるほど」
心配しているからこそ、ニコロはヒビキに声を掛けたのか。……ヒビキはそう言うのがすぐにわかるのか……改めて、私とは違う感じ方をしているのだと感じる。私がわかることと言えば、敵意があればわかるし、こちらをどんな風に――恐れていたり、必要以上に怯えたりとしていれば流石にわかるが……このふたつは同じ意味か。それ以外はよくわからなかった。愛情を感じ取れるようになったのも、ヒビキと出会ってからだから……。
心配されているのは何となくわかったが、屋敷の主人と言うこともありどう振る舞えば良いのかがわからなかった。人に興味もなかったし。ただ、漠然と『家族』に憧れていたのを覚えている。
「それじゃあ、おふたりで楽しんで来てください。念のため聞いておきますが、泳ぐのは前行った場所で良いんですよね?」
「ああ」
「まぁ、隊長が一緒なら大丈夫でしょうし、俺はこれで失礼します。鈴は持っていてくださいね」
ヒビキを心配しているのか念を押してからニコロはサディアスの屋敷に帰って行った。ヒビキがふふっと笑っていたので「どうした?」と聞くと、ヒビキは私を見て笑顔を浮かべる。
「ニコロは本当に心配性だなぁと思って。あれ絶対ルードのことも心配してますよ」
「私のことを?」
「はい。絶対!」
自信満々に言い切るヒビキに、私は首を傾げた。……私を心配?
ヒビキは私の腕に自分の腕を組ませて、ぴとりとくっつく。そして、「泳ぐの楽しみです」と目をキラキラと輝かせながら言った。ヒビキが楽しみにしてくれるなら嬉しい。空いている手でぽんぽんとヒビキの頭を撫でると、ヒビキが目元を細めた。
「それじゃあ、泳ぎに行こうか」
「はい!」
……誘って良かった。今回はフェンリルに乗って空から向かおう。そのための準備をしなくては。
寝室のクローゼットから色々と取り出したり、料理を貰ったり、泊りの準備をしていると、うねうねと踊っている蔦をじーっと見ていたヒビキが、
「……持っていっても……?」
と、聞いて来たのでこくりとうなずいた。……ところでこの蔦は本当に魔物だったのだろうか……。最近では精霊たちと一緒に踊っているんだが……。それだけ、楽しかったのだろう、式典の時に踊れたのが。……踊りが好きな魔物……?
とりあえず必要なものを持って、私はヒビキと一緒に表へ出てフェンリルを呼んだ。フェンリルにあの場所に行きたいと頼む。フェンリルはすぐに承諾してくれて、ヒビキを抱き上げてフェンリルの背に乗せると私も乗る。
「流石に街道は走れないから……」
「え? じゃあどうやって――うわぁぁあああ!?」
「行くぞ」
不思議そうなヒビキが言葉を全部言い切る前に、フェンリルが高く跳んだ。そしてそのまま空を駆ける。ぎゅうっと私に抱き着いて来るヒビキを落ち着かせようと抱きしめ返すと、「わぁっ」と明るい声が聞こえた。
「すごい景色!」
「うん。綺麗だね」
もうすっかり夕方になってしまったけれど、まだ泳げるだろう。フェンリルが機嫌よく走ってくれたおかげで、あっという間についてしまった。もう少しヒビキを抱きしめていたかった。
「少し寝る。起こすなよ」
「おやすみ」
「あ、ありがとうございました。おやすみなさい」
フェンリルの背中から降りるとフェンリルがくぁと欠伸をした。そしてその言葉を残して消えた。……気を遣ってくれている、気がする。とりあえず家の中に入り、荷物を置いてからヒビキを見る。
「ルードも泳ぎましょう?」
ワクワクとした表情を浮かべるヒビキに、私は小さく首を縦に振った。ヒビキが水着に着替えて、私も水着に着替える。思えば泳ぐことは滅多にない。湖へ移動すると、ヒビキは蔦を湖の近くにそっと置いた。蔦は恐る恐ると言うように湖にちょんと触れて、気に入ったのかとぷんと入って泳ぎ出した。……前々から思っていたのだが、この蔦中々自由に動けるんだな……。
「ルードは泳いだことがありますか?」
「訓練があるよ」
「訓練!? あ、聖騎士団の……?」
こくりとうなずく。聖騎士団は色んな所に行くから、念のため泳げるようになったほうが良いと水泳の訓練が必須だ。ニコロもサディアスも泳げる。泳げないと、川や海へ行くのは危険だから。
「この湖、深いところもあるから気を付けて」
「はーい! でも、その前に準備運動ですね!」
と、ヒビキが準備運動をし始めて、私もヒビキの動きを真似してみた。それから、ヒビキは水温を確かめるように手を入れて、ばしゃばしゃと水を胸元に掛ける。それを見て首を傾げていると、ヒビキがちゃぷっと湖の中に入った。
「さっきのは?」
「心臓がびっくりしないように慣らすんです。……やらないんですか?」
「うん」
ヒビキの居た国って、丁寧な指導をしているのだな、と思いつつ足を湖に入れる。そのまま入って、ヒビキの元に行くと「泳ぎますね!」と楽しそうにクロールを始めた。あの笑顔を見ていると誘って良かったと心から思えた。
私も久しぶりに泳いでみるか、とヒビキの後を追うように泳ぎ始めた。
どのくらい、そうしていたのか――……。気が付いたら夜になっていた。泳ぐ時間が長かったからか、少しくったりとしていたヒビキは、蔦がまだ泳いでいることに「お前、そんなに泳ぎたかったの……?」と呟いていた。
「ヒビキ、おいで」
手を伸ばすとヒビキが私に近付いて来る。そして、ヒビキが私の手を取るとそのまま腕の中に閉じ込める。ヒビキも私の背中に腕を回して抱き着いて来た。すっかり濡れてしっとりとした髪を撫でると、気持ちよさそうに目元を細めた。
「あ」
と、何かに気付いたようにヒビキが湖へ視線を落とす。
夜になって星空が広がり、それが湖にも映っている。今日は新月だから月の光がないから星空だけを楽しめる。
「星空の中に入ったみたい」
ヒビキがそう言って私にぴったりとくっついた。時々休憩しながら泳いでいたからか、疲れたのだろう。……小さく肩が震えているから、寒いのかもしれない。ヒビキを抱き上げて湖から出る。改めて湖を見ると、ヒビキが「わぁ」と小さく声をあげた。
「綺麗ですね」
「うん。ヒビキに見せたかった」
そう言うと、ヒビキは一瞬目を瞬かせてそれから心底嬉しそうに笑う。くしゅんとくしゃみをしたので、慌てて家の中に入り風呂場へ向かってお湯を張る。急いでヒビキをお風呂に入れると、ヒビキは可笑しそうに笑った。
「ルード、まだ水着も脱いでないのに……!」
「あ……。ヒビキが風邪をひくかと思って焦ってしまった」
ヒビキは私の手を引いて、すりっと手のひらに頬を当てた。そして、「大丈夫ですよ」と優しく笑う。私はゆっくりとうなずいて、ヒビキの頬をむにむにと楽しんだ。
「着替えを持ってくる」
「はい」
そう言って風呂場から離れて着替えを用意して戻る。そして、そのまま私も一緒にお風呂に入ることにした。風呂場に戻るとヒビキは水着を脱いでいて、どこに置こうか悩んでいた。
「ヒビキ、頭を洗ってくれる?」
「もちろんです!」
ぱっと嬉しそうに微笑むヒビキは、ざばっと湯船から上がってシャワーの出す。それから、いつものように私の髪を洗ってくれた。私もヒビキの頭を洗った。躰も洗って、ヒビキを改めて湯船に浸からせる。
「ルード、今日はありがとうございました」
「いや、またなにかやりたいことがあったら教えて欲しい」
「ありがとうございます!」
にこにこと笑うヒビキにぴったりとくっついて、抱きしめる。あの屋敷の風呂場はとても広いから、こうして少し手狭なお風呂に入るのは中々新鮮だ。しっかりと温まってからお風呂を上がる。生活魔法で髪と躰を乾かして、ヒビキに着替えを渡す。その着替えを見た時に、ヒビキはばっと顔を私に向けた。
「ルード、これ……!」
「遅くなってしまってすまない。受け取ってくれるかい?」
「も、もちろんです……!」
メイベルの店で買った、スカイブルーの布で作った服。色々忙しくて時間が掛かってしまったが、やっと完成したもの。足首まで隠れるくらいの長さにしたから、ヒビキが成長しても着られるだろう。
「ま、マキシワンピース……」
「?」
ちょっと複雑そうなヒビキに首を傾げると、ヒビキは「なんでもありません」と首を横に振った。私も服を着替えてリビングへ。渡された食べ物をヒビキと一緒に食べる。……それだけで、なぜか美味しく感じるのだから不思議だ。ただヒビキが美味しそうに食べるのを見て、それで満たされているのかもしれない。
「美味しいですね」
「そうだね」
ヒビキが美味しいと思えるものを、私も美味しいと感じられる。それがとても、嬉しかった。
泳いだからか、うとうととし始めたヒビキをベッドへ連れて寝かせる。優しく頭を撫でるともっととばかりにすり寄って来る。額にキスを落として、ヒビキを抱きしめるようにぎゅっと包み込んで私も目を閉じた。
――翌朝、湖で遊ばせていた蔦があまりにも大きく成長してしまい、そしてこの場所を気に入ったのか離れたくなさそうにバシャバシャ水飛沫を上げるのを見て、たまに様子を見に来ることにした。
……魔物って成長するのか。そして、……これは本当に魔物と考えて良いのか、よくわからなくなってしまった。
「精霊たちが蔦で休んでます……」
「……まぁ、仲が良いのは良いこと……かな?」
悪意のない魔物と精霊は仲良くなれるらしい。たまには遊びに来てね、とばかりに軽く巻き付いて来る蔦を宥めるようにヒビキが巻き付いて来た蔦を撫で、私は肩をすくめた。そして、念のため言葉を掛ける。
「ここにはあまり人が来ないだろうが……。襲わないように。それ以外は自由に遊んでいなさい」
はーい! と元気よく返事をするように蔦が伸びた。……精霊と仲良くしているのなら、まぁ大丈夫だろう……。
そして、ヒビキは私に向かって笑顔を浮かべて、こう言った。
「ルード、おれ、聖騎士団の遠征に付き合おうと思います」
「……本当に良いの?」
「はい。ちょっとずつでも、おれが出来ることを積み重ねて――結婚する時には、誰がどう見ても、ルードを支えられるのはおれだって胸を張りたいんです」
どんと胸元を叩くヒビキの頼もしさに、思わず笑みを浮かべる。屋敷の人たちは、私の隣に居るのはヒビキだとわかっているけれど、認めていない貴族も多いだろう。ヒビキは、私のために立ち向かってくれるのか。
蔦からヒビキを奪うようにして抱きしめると、ヒビキもぎゅっと私を抱きしめた。
「二年の間にどれだけできるかわかりませんけど……。おれは、ずっとルードと一緒に居たい。だから、努力させてくださいね」
「うん、……うん。ありがとう、ヒビキ」
そっと躰を離して、ヒビキの顎に手を掛けると上を向かせてその唇に唇を重ねた。触れるだけのキス。それだけでも、愛しいという気持ちが溢れてくる。
――大丈夫、ヒビキとならきっと。
この先を未来を、迷わずに歩いて行けるだろう。願わくば、ヒビキも同じことを思ってくれていたら良い。
唇を離すと、ぽすっと顔を隠すように私の胸元にくっついた。触れるだけのキスでも、耳まで赤くなるヒビキが可愛くて私はぎゅっと抱きしめる力を強くした。
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