95 / 163
season2
96話:炎の精霊
しおりを挟む
桜たちは俺を放り捨てた後、お酒を浴びて機嫌よさそうに枝を揺らして踊っている。
パンツ一丁で取り残された俺は、落ちていた服を拾ってため息をついた。
「はぁ、しょうがねぇなぁ。酒は諦めてとりあえず飯にするか」
「そうですね」
気を取り直して、踊る桜たちから少し離れた場所にビニールシートを敷いて、俺達はお弁当を食べ始めた。
「ふふ、アレクの卵焼きは甘くて美味しいです」
ジェルは俺の作った卵焼きを口に入れて幸せそうに目を細めている。
さっきは酷い目に遭ったが、その笑顔を見たらまぁいいやって気持ちになるから不思議だ。
桜に酒を奪われたのでジェルに紅茶をわけてもらって一息つくと、急に桜たちが激しく枝を揺らしてザワザワし始めた。
「あ、見てください。あれはなんでしょうか?」
ジェルが指し示した方を見ると、桜たちに向かって人間ぐらいの大きさの炎の塊がゆっくりと近づいている。
桜たちは炎が怖かったのか、我先にといった感じで慌てて逃げて行ったが、その中でなぜか逃げずにその場で立ち止まっている桜の木があった。
桜は恐る恐るといった感じで炎の塊に枝を伸ばす。
すると炎の塊からも、人間の腕らしきものが炎に包まれながらも差し伸べられる。
だが、双方が触れるか触れないか、というところで枝に付いていた花が燃えて、枝が焦げてしまった。
「ごめんなさい……。ごめんなさい、ごめんなさい…………!」
炎の塊は鈴を転がしたような美しい声で何度も謝りながら、その場に座り込んでシクシクと泣き始めた。
見た目は炎に包まれていてよくわからないが、どうやら若い女の子のようだ。
桜の方は触れると燃えてしまうのでどうすることもできないでいるらしく、炎に向かって枝を伸ばそうとしては引っ込めている。
「なぁ、おい。大丈夫か?」
心配になって声をかけると、彼女は自分が炎の精霊で、目の前の桜の木は自分の恋人なのだと説明した。
「種族を超えた恋愛ってやつなのか」
「はい」
「触れたら燃えちまうのは辛いな……」
「昔は大丈夫だったんです。でも私の魔力が強くなって炎がどんどん抑えられなくなって、とうとうこんなことに……」
「魔力のせいなのか」
「はい。魔力を制御する練習はしているんですが、なかなか上手くいかなくて」
そう言うと彼女は再び泣き始めた。確かに近くにいるだけで焚き火みたいに熱い。これでは触れただけでさっきみたいに燃えてしまうだろう。
「ねぇ、アレク……」
隣で一緒に見守っていたジェルが、おずおずと俺に声をかけた。
「どうした、ジェル?」
「彼女の炎の原因が魔力なのなら、倉庫で見たあの腕輪がもしかしたら使えるかもしれません」
――あぁ、そうか! あの魔力を封じ込める腕輪なら炎を抑えてくれるかもしれない。
「なぁ、精霊さん。俺達に良いアイデアがあるから、ここでちょっと待っててくれないか?」
俺とジェルは急いで店の倉庫に戻って、翡翠の腕輪を持って戻ってきた。
「お待たせ。これ、よかったら腕にはめてみてくれないか?」
俺は腕輪を彼女に手渡した。彼女は軽く首をかしげながらも、緑色のそれを腕に通す。
すると、彼女を包んでいた炎がシュウゥゥゥと音をたてながら消えていき、その中から真っ赤な髪の可愛い女の子の姿が現れた。
「あっ――私の炎が……消えた!」
「その腕輪は魔力を封じ込める力があるんです。あくまで一時的なもので、外すと元に戻りますから気をつけてくださいね」
自分の手足を見て驚いている精霊に向かって、ジェルは優しい声で丁寧に説明を続ける。
「その腕輪は差し上げます」
「え、でも……」
「いいですよ、ワタクシには不要の物ですから。でも、それに頼りきりなのはいけませんよ。自分の力で魔力を制御できるように、これからも鍛錬を続けてくださいね」
「……はい、ありがとうございます!」
目を潤ませながらお礼を言う精霊に、桜の木が寄り添って枝を伸ばした。
もうどれだけ近づいても花は燃えたりなんかしない。
薄紅色に包まれた彼女の笑顔は満開の桜に負けないくらい綺麗で、とても幸せそうだった。
パンツ一丁で取り残された俺は、落ちていた服を拾ってため息をついた。
「はぁ、しょうがねぇなぁ。酒は諦めてとりあえず飯にするか」
「そうですね」
気を取り直して、踊る桜たちから少し離れた場所にビニールシートを敷いて、俺達はお弁当を食べ始めた。
「ふふ、アレクの卵焼きは甘くて美味しいです」
ジェルは俺の作った卵焼きを口に入れて幸せそうに目を細めている。
さっきは酷い目に遭ったが、その笑顔を見たらまぁいいやって気持ちになるから不思議だ。
桜に酒を奪われたのでジェルに紅茶をわけてもらって一息つくと、急に桜たちが激しく枝を揺らしてザワザワし始めた。
「あ、見てください。あれはなんでしょうか?」
ジェルが指し示した方を見ると、桜たちに向かって人間ぐらいの大きさの炎の塊がゆっくりと近づいている。
桜たちは炎が怖かったのか、我先にといった感じで慌てて逃げて行ったが、その中でなぜか逃げずにその場で立ち止まっている桜の木があった。
桜は恐る恐るといった感じで炎の塊に枝を伸ばす。
すると炎の塊からも、人間の腕らしきものが炎に包まれながらも差し伸べられる。
だが、双方が触れるか触れないか、というところで枝に付いていた花が燃えて、枝が焦げてしまった。
「ごめんなさい……。ごめんなさい、ごめんなさい…………!」
炎の塊は鈴を転がしたような美しい声で何度も謝りながら、その場に座り込んでシクシクと泣き始めた。
見た目は炎に包まれていてよくわからないが、どうやら若い女の子のようだ。
桜の方は触れると燃えてしまうのでどうすることもできないでいるらしく、炎に向かって枝を伸ばそうとしては引っ込めている。
「なぁ、おい。大丈夫か?」
心配になって声をかけると、彼女は自分が炎の精霊で、目の前の桜の木は自分の恋人なのだと説明した。
「種族を超えた恋愛ってやつなのか」
「はい」
「触れたら燃えちまうのは辛いな……」
「昔は大丈夫だったんです。でも私の魔力が強くなって炎がどんどん抑えられなくなって、とうとうこんなことに……」
「魔力のせいなのか」
「はい。魔力を制御する練習はしているんですが、なかなか上手くいかなくて」
そう言うと彼女は再び泣き始めた。確かに近くにいるだけで焚き火みたいに熱い。これでは触れただけでさっきみたいに燃えてしまうだろう。
「ねぇ、アレク……」
隣で一緒に見守っていたジェルが、おずおずと俺に声をかけた。
「どうした、ジェル?」
「彼女の炎の原因が魔力なのなら、倉庫で見たあの腕輪がもしかしたら使えるかもしれません」
――あぁ、そうか! あの魔力を封じ込める腕輪なら炎を抑えてくれるかもしれない。
「なぁ、精霊さん。俺達に良いアイデアがあるから、ここでちょっと待っててくれないか?」
俺とジェルは急いで店の倉庫に戻って、翡翠の腕輪を持って戻ってきた。
「お待たせ。これ、よかったら腕にはめてみてくれないか?」
俺は腕輪を彼女に手渡した。彼女は軽く首をかしげながらも、緑色のそれを腕に通す。
すると、彼女を包んでいた炎がシュウゥゥゥと音をたてながら消えていき、その中から真っ赤な髪の可愛い女の子の姿が現れた。
「あっ――私の炎が……消えた!」
「その腕輪は魔力を封じ込める力があるんです。あくまで一時的なもので、外すと元に戻りますから気をつけてくださいね」
自分の手足を見て驚いている精霊に向かって、ジェルは優しい声で丁寧に説明を続ける。
「その腕輪は差し上げます」
「え、でも……」
「いいですよ、ワタクシには不要の物ですから。でも、それに頼りきりなのはいけませんよ。自分の力で魔力を制御できるように、これからも鍛錬を続けてくださいね」
「……はい、ありがとうございます!」
目を潤ませながらお礼を言う精霊に、桜の木が寄り添って枝を伸ばした。
もうどれだけ近づいても花は燃えたりなんかしない。
薄紅色に包まれた彼女の笑顔は満開の桜に負けないくらい綺麗で、とても幸せそうだった。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います
町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
この聖水、泥の味がする ~まずいと追放された俺の作るポーションが、実は神々も欲しがる奇跡の霊薬だった件~
夏見ナイ
ファンタジー
「泥水神官」と蔑まれる下級神官ルーク。彼が作る聖水はなぜか茶色く濁り、ひどい泥の味がした。そのせいで無能扱いされ、ある日、無実の罪で神殿から追放されてしまう。
全てを失い流れ着いた辺境の村で、彼は自らの聖水が持つ真の力に気づく。それは浄化ではなく、あらゆる傷や病、呪いすら癒す奇跡の【創生】の力だった!
ルークは小さなポーション屋を開き、まずいけどすごい聖水で村人たちを救っていく。その噂は広まり、呪われた女騎士やエルフの薬師など、訳ありな仲間たちが次々と集結。辺境の村はいつしか「癒しの郷」へと発展していく。
一方、ルークを追放した王都では聖女が謎の病に倒れ……。
落ちこぼれ神官の、痛快な逆転スローライフ、ここに開幕!
処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ
シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。
だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。
かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。
だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。
「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。
国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。
そして、勇者は 死んだ。
──はずだった。
十年後。
王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。
しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。
「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」
これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。
彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。
男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)
大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。
この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人)
そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ!
この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。
前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。
顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。
どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね!
そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる!
主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。
外はその限りではありません。
カクヨムでも投稿しております。
異世界転移した元コンビニ店長は、獣人騎士様に嫁入りする夢は……見ない!
めがねあざらし
BL
過労死→異世界転移→体液ヒーラー⁈
社畜すぎて魂が擦り減っていたコンビニ店長・蓮は、女神の凡ミスで異世界送りに。
もらった能力は“全言語理解”と“回復力”!
……ただし、回復スキルの発動条件は「体液経由」です⁈
キスで癒す? 舐めて治す? そんなの変態じゃん!
出会ったのは、狼耳の超絶無骨な騎士・ロナルドと、豹耳騎士・ルース。
最初は“保護対象”だったのに、気づけば戦場の最前線⁈
攻めも受けも騒がしい異世界で、蓮の安眠と尊厳は守れるのか⁉
--------------------
※現在同時掲載中の「捨てられΩ、癒しの異能で獣人将軍に囲われてます!?」の元ネタです。出しちゃった!
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる