記憶球

らい。

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普通の人生を送りたかった。
周りの人と同じように、平穏な生活を。
どうやら、俺は俺に関わる人間を不幸にさせるか、あるいは何かしら問題を抱えている人と関係を持ってしまうらしい。
たとえば、

小学生の時、初恋の人が一家心中で亡くなったり。
1度も話すことが出来なかったことは、今でも後悔している。

中学生の時、親に殺されかけたり。
間一髪のところで親友に助けてもらったのは、今も覚えている。

高校生の時、付き合っていた彼女が酷いDVを受けていたり。
間一髪のところで逃げ切ったその日から彼女とはもう顔は合わせていない。今も元気にしているだろうか。

そしてそんな過去を抱える今、俺は大学生になった。
そんな俺は、ひとつ決めたことがある。
それは、最低限の人としか関わらないということ。
面倒ごとは、もう懲り懲りだ。
入学して半年が経ち、大学にも慣れた頃だ。
まぁ、そもそも勉強は得意じゃないし、いわゆるFランという田舎の学校に通っているので勉強は苦ではない。
今日も講義が始まる。
その後は居酒屋でバイトして、帰って寝る。
ごく普通の一人暮らしをしている大学生。
この日まではそう思っていた。
そう、この日までは。

何事もなく講義を終え、いざ帰ろうとすると突然後ろから声をかけられた。
「慧くんだよね?」
どこかで聞いた覚えのある女性の声。
振り返るとそこには大人になった彼女の姿があった。
彼女の名は、姫宮結衣ひめみやゆい
今でも覚えている。
中学の時、唯一できた好きな人。
結局告白できず、卒業した。
多分、これは好機チャンスだ。
「結衣さん?」
「おっ、よく分かったね」
「だって、あんま変わってないですもん」
「垢抜けたって言えよ、少しは」
年がひとつ上の彼女とは、中学の時の部活で出会った。
まだあどけなさの残る顔に、肩ほどに伸びた綺麗な髪、小さな体に大人びたモコっとした生地のワンピースがとてつもないギャップを生み出していた。
めっちゃ可愛いかった。
身長もそれほど高くなく、明るい性格でまさに俺の理想の人だった。
「背、伸びたね」
そう言って結衣さんは俺を見上げる。
あざとい上目遣いに今にもやられそうであった。
「結衣さんが小さいんすよ」
実際、彼女との身長差は三十センチほどあった。
「はいータブー」
俺の口の前に人差し指を立てる結衣さん。
こんなの好きにならない方がおかしいのではなかろうか。
昔から何も変わっていない、一緒にいて楽しい人。
「それよりなんで今まで気が付かなかったんだろう」
「そうっすね……」
人と関わりたくないから講義が終わったら逃げるように帰っていた、なんて言えない。
「なんで?」
まずい、声に出てたらしい。
「それは…まぁ…色々…」
しどろもどろに後頭部を触って誤魔化す。
「まぁ、色々あるよねぇ」
彼女も深くは聞いてこなかった。
ありがたい。
「それよりさ!」
急に元気になる彼女に少し驚いてしまう。
「連絡先交換しよーよ!」
「は、はい…」
あまりにグイグイ来るのでついこっちが押されてしまう。
でも連絡先は交換したいので、講義室を出てLINEを交換した。
その日の講義はそれが最後だったので俺と彼女はその場で別れの挨拶をして、それぞれ帰路に着いた。

その夜、バイトから帰ってきて、携帯を確認すると、
『よろしく!』
そう言っている可愛げなうさぎのスタンプがひとつ結衣さんから送られて来ていた。
よろしくと自分も返し、他愛もない話が続いた。
中学の部活の時の話、高校の頃のお互いの話、どうして今の大学を選んだのか、など昔話から現状報告まで、夜通しやり取りは続いた。
めっちゃ楽しかった。
顔が勝手にニヤついているのがわかった。
なんとなく鏡を見て自分の顔を確認してみると、ありえないくらい気色悪かった。やって後悔した。
その日は浮かれながら、夢心地で眠りについた。
ここ最近で一番、寝心地が良かった。

次の日、携帯のアラームに起こされ時刻を確認してみると9時を示していた。
「まずいな…」
俺は朝一で焦った。
なぜなら、一限に授業があるから。
家から大学までは車で1時間ほどかかる。
しかし、あと30分で授業が始まってしまう。
代理出席を頼めるような友達もいない。
「あ、そうだ…」
俺は閃いた。
結衣さんに頼めばいいんだ。
「いや、待てよ?」
常識的に考えて、好きな人に寝坊したから出席出しといてだなんて、
「かっこ悪くないか?」
いや、間違いなくかっこ悪い。 
ならば俺が取る選択はただ一つ。
「未来の俺よ、あとは頼んだ」
そう独り言を漏らし俺は再び眠りについた。
今日は午後からバイトがある。そっちに専念しよう、今日は。

「おいおい、まじかよ」
寝すぎた。
二度寝したのにこの有様はなんとも情けない。
今から頑張ればギリ間に合わないくらいに着く。
授業をサボった今、流石にバイトは休めなかった。
休んでしまえば今日という日が無駄になってしまう。
それにお金もないし、暇だし。
俺は急いで顔を洗い、寝癖で爆発した髪を整え、バイト先へ向かった。
「危ねぇ」
事故らず何とか無事に着くことが出来た。
時間もまだ余裕がある。
来る途中信号が全部青だったことは感謝してもしきれない。
どうやら俺は運を味方につけたらしい。
「おはようございまーす」
着替えてタイムカードを押し、現場へと向かう。
客の話し声と店員の活気で騒がしい店内。
そんな中俺は2卓の学生4人のオーダーを受け、厨房へと向かうと、ふと店長からお呼びがかかった。
「溝口くん、今いい?」
はい、と答え店の裏の部屋へ向かった。
店長と机を挟んで向かい合わせで座る。
「溝口くんさ、うちで働いて長いよね?」
「そうっすね」
実際、高校の時からここで働いているので2年以上経っている。
「単刀直入に言うけどさ、指導係やってくんない?」
なるほど、そういうことか。
つい最近、指導係兼店長のお気に入りだった女子大生がやめてしまったため、その穴埋めとして俺の名前が挙がったのだろう。
やめた理由は定かではないがその理由に店長が全く関与してないとは言いきれない。
まぁ、40過ぎのジジイがいやらしい目で見てきたりセクハラしてきたりしたらたまったもんじゃないよな。
あとハゲてるし。
「どう?」
「良いっすよ」
ここで働いて2年以上経つし、いつまでも役職がないってのもなんだかな。
あった方がなんかかっこいいし。
「そうか、それは良かった。じゃあ早速なんだけどな」
本当に早速だなおい。
「この間、新人が入ったんだけど、その子お願いしてもいい?」
「いいっすよ、どんな人なんすか?」
「女子大生だ」
なんでちょっと嬉しそうなんだよ。
「そうなんすか」
「あぁ、君と歳も近いし、色々教えてやってくれよな」
「名前はなんて言うんすか?」
「名前か…なんだったけな…確か…」
新人の名前くらい覚えとけよ。
「まぁ、とにかくもうすぐしたら来ると思うから、その時はよろしく」
無責任だ。よくこんなので店長やってられるよな。
その時、店の裏のドアが開いた。
「お、ちょうど来たみたいだぞ」
だからちょっと嬉しそうなのやめろって。
「こんにちは、今日から働くことになりました姫野結衣です」
彼女はそう言って深々と頭を下げる。
「え…?」
「あ、慧くんいるじゃーん、ラッキー」
そう言って俺を指さし大きく目を見開いて、小走りで俺へと近づく結衣さん。
ちょっと待て、理解が追いつかない。
俺は慌てて店長の方を見る。
「店長、あの人って…」
「あぁ、今日から働いてもらう姫野さんだ」
まじかよ。
「驚いたっしょ?」
「は、はい、そりゃぁ」
「慧くんがいたから私も来たんだよ?」
「え、それって何で…」
ん?待てよ? 
冷静になれ俺。
こんな都合いいことあるか普通?
それによくよく考えてみればなんで起きた段階で時計も見らずに遅刻だと思って焦ったんだ?
というか家からここまでどうやって来たっけ?
車だっけ?自転車だっけ?
「これ、夢なんじゃ…」
視界がぼやけて暗転し、ハッとして目を覚ますと俺の視界は薄暗い部屋の天井だった。
「まじで夢かよ」
少し残念だった。それに夢の中でもバイトに行ってまた現実でもバイトに行くのがすごく辛い。
せめて結衣さんと会うならバイト先じゃなくてもっと別のロマンチックな場所だったら良かったのに。
なんて思いながらふと携帯を見て時間を確認してみると、
「そこは夢であってくれよ」
結局バイトには20分遅れて着いた。
慌てて裏口のドアを開け、中へ入るとそこには店長と夢で見たあの人と目が合った。
「慧…くん?」
「結衣さん…?」

あぁ、夢じゃなくて良かった。
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