失われた右腕と希望の先に

瑪瑙 鼎

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第5章 西誅

77:供花

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「本当か!?王太子は、本当にそう言ってくれたんだな?」
「ああ、本当だ。お前が先に見つけ、かつホセをお前が打倒した場合に限り、『アラセナの宝石』を自由にしてよいと仰られていた」

 ハインリヒの発言に、ヴェイヨは目を輝かせ、両手を打ち鳴らして大喜びした。

「かぁーーーーーっ!流石は王太子様!話がわかるねぇーーーーーっ!ああいう人こそが王になるべきだよなぁ、うん!」

 調子よくリヒャルトを持ち上げるヴェイヨを見て、ハインリヒは呆れつつも話を続ける。

「わかっているだろうが、先に私の手の者が見つけた場合は、ちゃんと引き下がれよ。それと、『アラセナの宝石』をどちらが先に見つけようと、ホセはお前が倒すんだ。いいな?」
「わかってるって。ちゃんとやりますよ、ハインリヒの旦那」

 釘を刺すハインリヒにヴェイヨは愛想良く応じ、一行は打ち合わせ通りに山狩りを開始した。

 ハインリヒとヴェイヨは決して波長の合う間柄ではないが、それでも同じ陣営に立つ者同士として、分を弁え、相手を尊重していた。ハインリヒは上に立つ者として、ヴェイヨの様な者を上手く扱う方法を知っていたし、ヴェイヨはその言動はともかく、少なくとも味方に対しては彼なりに配慮していた。ハインリヒは、できうる事なら「アラセナの宝石」を無事に保護したいと考えていたが、リヒャルトがヴェイヨの権利を認めている以上、それを無断で翻す事は得策ではないと考えていた。

 ハインリヒ率いるハンター500名は、5名から10名ずつのグループに分かれ、一斉に山の中へ入っていく。各グループは少しずつ藪を掻き分けて、ゆっくりと虱潰しで進んで行った。



「ヴェイヨの旦那、本当に『アラセナの宝石』はこっちにいるんですか?」
「そりゃ、俺にだってわからんよ。だが、少なくともこっちに賭けるだけの価値はあると思うぜ?」

 ヴェイヨとスヴェンの二人が率いるチームは、比較的なだらかな平野部を捜索していた。辺りは木々や草木が生い茂っているものの、総じて起伏が少なく、また視界も比較的届いている。遠くからは、川のせせらぎの音が聞こえていた。

「理由を教えて下さいよ」
「ああ、いいぜ」

 スヴェンに尋ねられたヴェイヨは、機嫌良く答える。

「『アラセナの宝石』と言えば、絶世の美女と言われると同時に、ベルグラーノ伯爵家の令嬢として知られているだろ。言わば、箱入り娘なんだ。そんなお嬢様が、こんな険しい山の中を歩けると思うかい?やむを得ず山に逃げ込んだとしても、きっと歩きやすい方に行くはずなんだ」
「ああ、なるほど」
「それに、長期間山に潜むなら、何よりも水が必要になる。そう考えれば、行く先はこっちしかないんだよな」

 そう会話をしながらヴェイヨ達はせせらぎの音を頼りに、沢へと向かって行く。そして、

「ほぉら、当たった」

 藪の中に隠された、正体不明の空馬車を見つけ、笑みを浮かべた。



 ***

「…くそ、どこからか情報が漏れたな」

 ホセは藪の隙間から様子を見ながら、舌打ちをする。一行は馬を引き連れ、沢のほとりに身を寄せていた。ホセの視線の先には、こちらへと向かって来る、10人程の集団が見えている。

 こちらには馬がいる。人は大人しくしている事ができるが、いずれ馬の出す音で居場所がバレてしまう。足を失わない様に馬を連れてきたのが、裏目に出てしまった。

「ホセ様…」

 フローリアが不安そうな面持ちで近寄り、ホセの腕に触れる。その眉を顰める姿に得も言われぬ魅力を感じながら、ホセは笑みを浮かべ、フローリアの頭を撫でる。

「大丈夫だ、フローリア。私が必ず守ってみせる」
「はい、ホセ様」

 ホセの笑顔を見たフローリアは微笑み、愛おしそうにホセの腕を撫でる。ホセは場違いな雰囲気に流されないように自制しつつ、一行に小さな声で指示を出す。

「強行突破する。各自、馬の用意を…」

 その時、一頭の馬が鼻を鳴らした。



 突然、スヴェンの隣にいたヴェイヨが後ろに手を広げ、「四聖の腕」を発動させる。

 ヴェイヨは、突然の事に驚くスヴェン達を置いてきぼりにして、爆風に身を任せ沢の方へと吹き飛ばされる。ヴェイヨは生い茂る藪を一気に飛び越えると、川べりへと着地し、笑みを浮かべながら顔を上げた。

「ドンピシャ」

 ヴェイヨが顔を上げた先には、透き通った川面が美しい情景を映し出していた。

「…あ、こっちか」

 ヴェイヨが背後に振り返ると、10人程の男女と馬達が呆然とヴェイヨを見つめており、彼は体の向きを変え、その場を取り繕うように笑みを浮かべる。

「『アラセナの宝石』、見っけ」

 直後、至近に居た男が射程外から短槍を突き抜くと、無数の火弾石弾がヴェイヨを襲った。

「痛ててててて!」

 ヴェイヨは思わず両腕を盾にして身を守ると、打撲や火傷を気にもせず、腕の隙間から相手の様子を窺う。男は火弾石弾の後を追う様に、ヴェイヨへと駆け寄って来る。ヴェイヨは、男が短槍を振りかぶるのに合わせて右手を突き出し、爆風を浴びせる。男はその爆風を躱しながら短槍を突き出すが、ヴェイヨは爆風に飛ばされる形で短槍の射程外へと後退した。

「ホセ様!」

 男の背中を追いかける様に絶世の美女の声が届き、ヴェイヨは口の端を吊り上げる。

「あぁ、あんたが、アラセナのホセか」
「ああ、そうだ」

 目前の男の素性が分かったヴェイヨは、お礼とばかりに自己紹介をする。

「そうか。俺の名は、ヴェイヨ・パーシコスキだ。短い間だが、よろしく頼むぜ」
「な、ヴェイヨだと!?」

 驚きのあまりホセが一瞬動きを止め、ヴェイヨはその隙に付け込む様にホセへと迫る。ヴェイヨが目の前に右手を突き出すと、ホセの顔面に炎が襲い掛かった。ホセが右足を引き、体を翻して炎を避けると、ヴェイヨは左手をホセの避けた方向へと向け、石柱を撃ち出す。ホセは左足を蹴って後ろへと後退し、さらにヴェイヨが炎の噴き出る右手を横に振って追撃すると、ホセは背中を反らしながら躱しつつ、短槍を突き出して火弾石弾をバラ撒いた。

「痛ててててて!これも躱すか」

 石弾の直撃を受けたヴェイヨはたまらず後退し、両者は仕切り直しとなる。その頃にはスヴェン達も川べりに到着し、フローリアの護衛達との戦闘に突入していた。

 周囲で複数の剣戟が鳴り響く中、ヴェイヨとホセは、じっと相手の様子を窺う。

 まずい、早くここから離脱しないと。

 ホセは内心の焦りを抑えながら、ヴェイヨの隙を窺っていた。孤立無援のホセ達とは異なり、ヴェイヨ達は、周囲に友軍がいるはずだ。ヴェイヨの援軍が来る前に決着をつけ、この場から離脱する必要があった。

「ホセさんや、そろそろ決着をつけようか」
「…ああ」

 ホセの焦りを知ってか知らずか、ヴェイヨはホセに声をかけ、ホセが応じる。それを合図に、ヴェイヨが再び突入してきた。

 ホセは短槍を突き抜いて石弾火弾をバラ撒くが、ヴェイヨは両腕を盾にして体を守り直進してくる。それを見たホセは、もう一度短槍を脇に引き寄せ、ヴェイヨの心中へと突き入れる。ヴェイヨは両腕のガードを開き、体を左へとずらすが躱し切れず、ホセの短槍はヴェイヨの右胸に深々と突き刺さる。そして右の背中へと短槍の尖端が突き抜けた。

 だが、戦いはそれで終わらなかった。ヴェイヨはガードを解いた左手をホセの右肘に添えると、「四聖の腕」を発動させる。ヴェイヨの左手から爆風が吹き荒れ、ホセの右腕が肘から吹き飛ばされる。

「ぐああああああ!」
「ホセ様!」

 フローリアの悲鳴が聞こえる中、ヴェイヨはさらに踏み込み、仰け反ったホセの首を右手で掴む。直後にホセの首元で爆風が吹き荒れ、ホセの体が後ろへと吹き飛んだ。

 …体だけが、吹き飛んだ。

「…いやああああああああああああああああああああ!ホセ様ああああああああああああああああ!」

 フローリアの喚き声が聞こえる中、ヴェイヨは右手に残ったホセの残骸を放り投げ、両膝に手をついて体を屈める。

「…痛ってぇぇぇぇぇぇぇ!ちと、これはきっついわ…」

 ヴェイヨはそう呟くと、左手で短槍を掴み、一気に引き抜く。

「がああああああああああああああ!痛ええええええええええええええ!」

 ヴェイヨは引き抜いた短槍を放り投げると、再び体を屈め、しばらく川べりに蹲って震えていた。



「…旦那、そろそろ起きて下さい。もう、終わりましたよ」
「…おめぇ、もうちょっと俺を労わってくれねぇか?」

 蹲ったまま動かないヴェイヨにスヴェンが近寄って声をかけ、ヴェイヨは涙目の顔を上げる。

「自業自得でしょうが。あんな戦い方をするんですから」
「冷たいよなぁ、おめぇ」

 スヴェンの突き放した態度に、ヴェイヨがぶつぶつ愚痴を言いながら立ち上がる。その右胸はすでに塞がり、大きな痣ができていた。

「さて、宝石ちゃんは元気かな?」

 ヴェイヨが辺りを見渡すと、あちらこちらに人が倒れていた。立っているのはわずかに7人。ヴェイヨとそのハンター達の5人と、フローリア、そして老女中だけだった。フローリアは老女中に抱えられたまま、充血した目を見開き、泣き別れたホセの残骸を見続けている。

「宝石ちゃん、お待たせ。さ、楽しい事しようか」

 ヴェイヨは満面の笑みを浮かべると、呆れ顔のスヴェンとともにフローリアに歩みよる。そのヴェイヨの声を聞いたフローリアは、蒼白な顔をヴェイヨへと向けた。老女中はフローリアを背中に預け、両手で短剣を持ち、胸元に添えている。

「…お嬢様。ここは私が」
「…わかったわ。ありがとう、婆や」

 ヴェイヨの方を向いたままフローリアに声をかけた老女中に、フローリアは礼を言う。その様子に訝し気な顔をしたヴェイヨへ、老女中が短剣で襲い掛かった。

「お嬢様、早く!」
「いや、無理だから」

 襲い掛かってくる老女中にヴェイヨは声をかけ、スヴェンが老女中の体を袈裟斬りにする。老女中は血を撒き散らしながら、それでもヴェイヨにもたれ掛かろうと近寄ろうとする。ヴェイヨは肩を翻す様に躱し、老女中はそのまま倒れ込んだ。

 ヴェイヨは老女中を一瞥すると顔を上げる。そして、フローリアを見ると、動かなくなった。

「あ…」

 フローリアの、白百合の花を思わせる美しい顔。その花を支える花柄かへいの部分に一筋の線が走り、無数の赤い薔薇の花びらが舞い上がっていた。薔薇の花びらは次第に胸元へと広がり、花柄から下を赤く染め上げていく。

「ホセ様…お慕い申し上げております…」

 やがて、かつて白百合だった赤薔薇は、ゆっくりと倒れ込む。それはまるで、ホセへと手向けられた花束の様に、花びらを舞い上げて散っていった。

「…マジかよぉ。それはないだろぉ…」

 散らばった花束の前で、ヴェイヨはがっくりと肩を落とす。そんなヴェイヨの肩を、スヴェンが叩いて慰めていた。
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