失われた右腕と希望の先に

瑪瑙 鼎

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第13章 忘恩の徒

247:蛙 vs 甕

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 ガリエルの第2月21日。

 ユリウスからの報告でカラディナ軍との接触を知ったコルネリウスは、すぐさま西部全域に展開する各部隊に対し、作戦の終了及びオストラへの集結を指令する。コルネリウスの指令を受けた各部隊は即座に撤収を開始し、翌ガリエルの第3月20日には、全軍のオストラへの集結が完了した。

 コルネリウスは各部隊への慰労を指示すると、ホルスト、ユリウスら軍指導部、並びにヴェルツブルグから近衛3,000と大量の輜重を抱えて駆け付けたテオドールを参集し、自分の考えを述べる。

「先月、国境沿いにおいてカラディナ軍との接触が起き、こちらの情報が漏れた。正直、よく半年も大人しくしていてくれたと思うが、それももう終わりだ。早晩、奴らはリヒャルト殿下を担ぎ上げ、エーデルシュタイン復興を旗印に、大挙して押し寄せて来るだろう。奴らの企みを挫き、この国の安寧と陛下の宸襟を安んじ奉るためにも、一撃の下に葬り去らねばならぬ」
「「「はっ!」」」

 コルネリウスの言葉に、ホルスト達が襟を正す。ただ一人、のんびりふんぞり返ったように座って聞き入っていたテオドールが、コルネリウスに尋ねた。

「で、コルネリウス殿、相手の規模はどのくらいと推察される?」
「リヒャルト殿下の手持ちは、1万を切る程度だと聞いている。ここにカラディナがどれだけ乗っけて来るか次第だが、奴らも西誅の痛手から回復していない。殿下と同等の1万から倍の2万というところだろう。だが、所詮奴らは火事場泥棒だ。戦意は高くない。一撃でどれだけ崩せるかに、かかっているだろうよ」



 ***

 その夜、夕食後の談話の場において、コルネリウスは美香に対し顛末を話し、理解を求めた。

「…と言うわけだ。聖王国は君の人望とフリッツ殿の采配によって一枚岩に纏まっているが、まだ産声を上げたばかり。これが、聖王国最初の試練となるだろう。だが安心してくれ。我々はきっと乗り越えられる。ミカ、一旦罪人達との面会は中断し、兵達の鼓舞に回ってくれ。君にも出陣して貰うが、前線に出る必要はない。君が居るだけで、兵達の士気が段違いだからな。我々を見守ってくれれば、それで十分だ」
「分かりました、お父さん…」

 コルネリウスの言葉に、美香は了承するが、その声が沈んでいる。コルネリウスが、気遣わし気に尋ねた。

「大丈夫か、ミカ?罪人達との面会が苦痛であれば、取り止めて構わないのだぞ?」
「あ、いえ、大丈夫です、お父さん。後もう少しですから…。それより、また戦いで大勢の方が亡くなりますよね…?」
「あ、ああ…。だが、相手の士気は高くはない。戦いようによって、その数は抑えられるはずだ。私に任せてくれ」

 美香の言葉に、コルネリウスが安心させようと笑みを浮かべる。そのコルネリウスの視線の先で、美香は俯いたまま黙っていたが、やがて覚悟を決めた表情で顔を上げ、口を開いた。

「あの、お父さん。私に一つ考えがあるのですが…」



 ***

「…何だ、これは…?」

 年が明けた、中原暦6627年ガリエルの第4月3日。感謝祭を馬上で過ごしたリヒャルトは、目の前に広がる光景に呆然とする。周囲に連なる幕僚達も、あからさまな狼狽の声は上がらないものの、明らかに動揺の色が見られた。

 リヒャルト達の視線の先には、夥しい数の兵士達が大地を埋め尽くし、リヒャルト達の行く手を阻んでいた。その数、およそ2万以上。場合によっては、リヒャルト・カラディナ連合軍の26,000を越えるかも知れない。リヒャルトは焦燥の念を露わにして、傍らに並ぶギュンターを問い質した。

「ギュンター、これはどういう事だ!?」
「…」

 リヒャルトに問われたギュンターは、しかしすぐに答える事ができない。断片的に流れて来る情報を繋ぎ合わせると、エーデルシュタインはハーデンブルグからヴェルツブルグを経て西部国境に至るまでハヌマーンに蹂躙され、ヘンリック2世とクリストフ王太子はすでに死亡。王家亡き後、有力貴族同士の内戦状態に陥ったと推測される。前年までの内乱の影響も尾を引いており、リヒャルト達の前に立ちはだかる抵抗勢力も、せいぜい3千から5千だろうと見積もられていたのである。

 だが、蓋を開けてみれば、相手は2万以上。リヒャルトの手持ちだけでなくカラディナ軍も投入しなければ、到底勝利は望めない。焦りの色を濃くするリヒャルトの顔色を窺いながら、セドリックは表面上平静さを装い、進言した。

「殿下、一つ私めが軍使として赴き、奴らの様子を窺って参りましょう。農民達を掻き集めた、烏合の衆かも知れませんからな」
「そうか、セドリック殿。よろしく頼む」



 ***

 軍使として訪れたセドリックは、正体不明の軍勢に受け入れられ、陣中の天幕へと通される。天幕の中で相手を待つ間、セドリックは顔を顰め、思考を重ねていた。

 …マズい。本物だ。

 天幕へと通される途中、セドリックは周囲に並ぶ兵士達の様子を窺っていたが、彼らは皆屈強な体に覇気を纏わせ、堂々たる姿で戦いに臨んでいる。そこらで搔き集めた農民には決して見えず、いつわりのない精強軍である事は明らかだった。

 そうなると、別の疑問が頭をもたげる。この軍勢は、ハヌマーンに国中を荒らされている間、何処に居たのだ?これだけの精強軍が健在であれば、何故王家は潰えたのだ?そして、この精強軍を意のままに操り、エーデルシュタインに成り代わった「聖王国」とは、一体何者なのだ?堂々巡りにも似た思考を繰り返すセドリックの耳に、天幕を捲る音が聞こえ、彼は思考を中断し、頭を上げた。

「いやぁ、使者殿、遅れて申し訳ない!この通り、体があちらこちらにつかえて前に進まんのですわ、ワハハハハ!」

 セドリックの前に現れたのは、どう贔屓目に見ても軍人には見えない、酒樽に手足の生えた様な肥満体の男だった。男はセドリックの向かいの椅子に、まるで樽を立てかけるかのように腰を下ろすと、背の低いセドリックに対して斜め上を向いたまま睥睨するかのように見下ろす。

「あ、いや、使者殿、この体型ゆえに無礼はお許し願いたい!陛下の御前でもこのような有様でしてな!もう皆にも諦められているんですわ!ですから、使者殿もどうか諦めて下さい!」
「冒頭から随分な言い方ですな」

 男のふざけた発言に、セドリックが眉を顰める。相手をイラつかせる物言いはセドリックの十八番おはこだが、相手に機先を制され、自分の土俵に持ち込めない。セドリックは咳払いし、仕切り直した。

「私の名は、セドリック・ジャン。カラディナ共和政府の特使、そしてエーデルシュタイン王国の第1王子リヒャルト殿下の軍使として、この場に臨んでおります」
「いやいやいや!ご丁寧な紹介をいただき、痛み入る!私はテオドール・ヨアヒム・フォン・ミュンヒハウゼンと申す者!此処、聖王国において、僭越ながら内務総監の地位に就いておる!セドリック殿、隣国の者同士、これからどうか良しなにな!」

 そう答えたテオドールは、セドリックの肩を叩くかのように、空中で掌を上下に振る。その振る舞いに、セドリックは苛立ちを募らせながら、追及する。

「はて?テオドール殿、その『聖王国』とは、一体何者ですかな?私の記憶では、我が国の隣国と言えば、エーデルシュタイン王国ただ一国。聖王国などと言う国は、存在いたしませぬ。エーデルシュタイン王国は、一体如何なされたか?」
「なくなっちゃった」
「は?」

 探りを入れたセドリックの耳にあまりにも簡潔な答えが飛び込み、彼は思わず間の抜けた言葉を返す。彼の目の前で、テオドールが空中で両手をわしゃわしゃさせながら、勢い良く喋り出した。

「いや、もう、今回のハヌマーン、マジヤバかったわ!リヒャルト殿下とクリストフ殿下が遊んでいる隙を突かれて、木端微塵になっちゃってさ!陛下もクリストフ殿下も亡くなっちゃった!で、誰も統治者が居なくなっちゃったもんだから、仕方なく今上陛下に即位していただいて、聖王国を建国したってわけ!今もうウチ、やる事が多くて大変よ!」
「…その、リヒャルト殿下を差し置いて王を僭称している者は、どなたかな?」

 セドリックは、テオドールの無礼極まりない言い草を無視し、『聖王国』の首謀者を探る。それに対し、テオドールはあっさりと口を割った。

「ウチの娘」
「…は?」
「いや、もう、ウチの娘、マジ可愛いから!目元なんて父親の私にそっくりで、パッチリしててさ!あまりの美しさに、ヘルムートなんて、もうメロメロよ!…アッチャぁ!こんな事だったら、絵師に娘を描かせて、セドリック殿に見せるんだった!」
「…テオドール殿」
「あ!でも、ちょっと待ってね、セドリック殿!今私が紙に書いてあげるから…」
「テオドール殿!」

 目の前で大きく両手を振り、前傾姿勢となってテーブルの上で絵を描き始めたテオドールに、堪忍袋の緒の切れたセドリックが声を荒げる。紙の上にのたくった線を描いたまま顔を上げるテオドールの姿に、セドリックは眉間に手を当て、盛大な溜息をついた。

「かのエーデルシュタインの貴族たるあなたが、その様な世迷言を申しているとは、まったくもって嘆かわしい!テオドール殿、貴方は千年にも及ぶ由緒ある歴史を持つエーデルシュタインを、何と心得ておられる?エーデルシュタインは、潰えておりませぬ。先王の第1王子であるリヒャルト殿下は、未だ健在!王家の血を引く正統な後継者を前にして、一体何処の誰があなたのご息女に従うと言うのですか!?あなたの蒙昧な野心が国元を混乱に陥れ、多くの民が血を流す事になるのです。私が介添しますから、世迷言は止め、リヒャルト殿下の前で罪を償いなさい」
「え、何で?」
「え?」

 いつものペースに乗れず、テオドールを諭すように話さざるを得なかったセドリックだが、テオドールの反応に、またも間の抜けた言葉を返す。

「いや、だって、ウチの娘、マジで可愛いんだよ!?ヘルムートのみならず、此処に居る皆がゾッコンでさ!もう、誰を婿に取ろうか、迷っちゃうくらい!それなのに、娘を捨ててリヒャルト殿下を取るだなんて、マジないから!…あ!リヒャルト殿下、もしかして、ウチの娘、狙ってるなぁ?駄目だよぉ!如何に殿下と言えども、そう簡単には娘はやらないから!セドリック殿!殿下にくれぐれも伝えておいてね、よろしく!」
「あ、おい、待て!」

 そう口走ったテオドールは、紙の上に幼児が描くような似顔絵を殴り書くと、セドリックの制止の声を聞かず、にこやかな笑顔を見せ、似顔絵を置いて天幕を出て行った。



「お帰り、テオドール殿。どうだった、首尾は?」
「いやぁ、コルネリウス殿、参りましたわ。ウチの娘の可愛さを、どうしても理解してくれなくて」

 司令部へと戻って来たテオドールがコルネリウスに尋ねられ、頭を掻きながら答える。テオドールのぼやきを聞いて、コルネリウスは苦笑した。

「いや、テオドール殿、貴方が居てくれて助かったよ。セドリックは、正直鬱陶しい。真面目に相手をしても、疲れるだけだからな。どうせ貴方の事だから、ある事ない事言ってけむに巻いたんだろう?」
「失敬な。私はこれでも、事実しか伝えておらんぞ?」
「どういう伝え方をしたんだか」

 ニヤついた笑みを浮かべるテオドールの反論に、コルネリウスも口の端を釣り上げ、前を向く。

「さて、セドリックもおちょくれたし、これでもう後には引けなくなっただろう。あとは如何に損害を抑えるかだな…」

 そう呟いたコルネリウスの顔は、大将軍に相応しい威厳と自信に満ち溢れていた。
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