素直になれない彼女と、王子様

りすい

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受け入れるなんてむり

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「いつになったら、君は俺を受け入れてくれる?」

輝かんばかりの美しい顔を、苦しそうに歪めた彼が呟く。
ぱしんと乾いた音が響いた。

「そんなもの、知らないわ。もう、私なんかに構わないでよ。」

伸ばされた手を弾いたのだ。
可愛げのない女など放っておけばいい。
ここは私の研究室だ。ここ以外にどこに逃げたらいいか分からないが、とりあえず真っ直ぐ扉を目指す。

ダメだと思ったのだ。このままだと私の弱い部分が見つかってしまうから、逃げなければいけないと。

あのお茶会の日から、ずっと散々な日々が続いている。

色恋に興味が無いとされていた第2王子がやっと婚約者探しの茶会を開くと言う。
私としては一切興味がなかったが、研究室から無理やり引きずり出され、似合いもしないのに着飾られ、王宮に放り込まれた。

半年かけた研究の成果が、やっと出そうだったのに。
あんなに中途半端な状態で成分抽出を止めさせられたのだ。おそらく素材はダメになってしまっている事だろう。

無理やり参加させられたお茶会で、しぶしぶ席に着いたが嫌味な令嬢達に目をつけられた。

やれ、草の臭いが嫌だとか土臭いとか。
毒草を持ち込んでないか確認した方がいいんじゃないかとか。

くだらないから相手にはしなかったが、ずっと聞いてるとムカムカしてくる。

それでも我慢していたのに、紅茶をかけられてドレスは台無しだし、席を立とうとすれば足をかけられる。

本当に一体私が何をしたというのか。

幸い、会場内ではそんなに身分も高くない私は出入口近くのテーブルだった。
お茶会参加と言う義理は果した。もう帰ろう。

心を決めて動き出そうとしたところで第2王子がやってきて声を掛けてきたものだから、あたりは騒然。
広い会場の中出入口とは1番遠い場所にいたはずの人だ。わざわざこんな所まで来る必要は無いと思ったが、どうしてこうなった。

すぐに替えのドレスを用意するからと、流れるようにエスコートされ休憩室まで案内される。
会場から出るまでの間、そこかしこでお茶がこぼれる音がしたが、彼が振り向くことはなかった。

侍女たちにドレスを着替えさせられ、休憩室にひとりぽつんと取り残される。
会場に戻ると告げたのだが、第2王子がお越しになるまでお待ちくださいと言われソファーに押し付けられた。

いやもうほんと、足をかけられた時に捻ったのか足首も痛いし。帰らせてくれ…

思いも虚しく、やってきた第2王子に手厚い手当を受ける事になる。

「あの、もうほんとに、大丈夫ですので。」

「うん。しっかり固定できたと思うから大丈夫だよ。でも治るまでは安静にね?そのヒールで帰るのは大変だろうから、靴も用意しよう。」

「あの、ほんとに、帰るだけですので、お気になさらず。」

金髪碧眼。いかにも王子様な見目をしている彼はひたすらに優しい甘い笑みを浮かべている。
いいから早く今日のお茶会の主役は早い事お戻りあそばしてくださいまし!!!

「…そんなに警戒しないで貰えると嬉しいな。少し話をしてみたかっただけなんだ。」

困った様に笑うその姿は天使そのものだが、話してみたい、なんて興味に警戒を深める。

「…野草令嬢にご興味が?頭でっかちな行き遅れ令嬢の方でしょうか?」

王族に対して不敬な物言いをしている事は分かっているが、むしゃくしゃしてつい当たるような言い方をしてしまう。
どちらも私を指した悪口だ。
私は薬草の研究をしている。貴族令嬢として特殊な事は理解しているが、亡き兄の跡を継いで続けているこれを辞めるつもりはない。

この研究でいくつかの新薬の作成も成功しているのだ。ただのお遊びとは違う。

まぁ、それが気に食わない者たちが居ることは理解している。研究で勝てない以上、私の令嬢としての欠陥を指摘することにしたのだろう事は容易に想像できる。
小娘に立場を脅かされた彼らが、私への攻撃を妻や娘に託した結果、彼女達の低レベルないじめに合うことになったのだ。
口の達者な可愛げのない女、嫁にしたがる者などいるはずもないだとか、野草を育てて土にまみれた残念令嬢だとか。あることない事とにかく色々。

最初は多少なり傷付いたが、あまりにもレパートリーがないので最近では罵りにレア度のランクをつけて楽しむようになった。
残念なことに秀逸な罵詈雑言は彼女達には難しいらしく滅多に聞くことは出来ない。

「っ!?違う!君の研究の成果は聞いている。睡眠導入の効果のあるハーブティーは私も愛用しているんだ。だから、その、最近はどんなテーマを研究しているのか聞きたかっただけなんだ。」

ぐっと拳を握り気まずげに視線を反らす彼に、恭しく頭をさげる。

「そういったご要件であればどうぞ薬師会の方にお声がけくださいませ。会の方にはこまめに報告を上げておりますので。」

「…それはもう確認済みだ。天気変動による頭痛緩和のハーブティーには期待をしている。」

「なんだ、ご存知ではありませんか。お陰様でちょうど今日、急な外出により実験は失敗に終わりましたわ。」

「…それは…申し訳無い」

「いえ、殿下に謝罪いただくようなことではございませんので。」

急という訳でもなかったがともごもごと言葉が続いていた気もするが聞いてやる気もなくピシャッと言い切る。相手からは続く言葉はなく、気まずい無言の空間となる。

正直言ってストレスはピークだ。
帰らせてくれ。

「…本日の会のような意図のものに、私は不要でしょう。研究の成果が認められた時にでも改めてお話が出来たら嬉しく思いますわ。それでは、失礼させていただきます。」

一方的に言い切り席を立つも、手を握られる。
断りもなしに手を握るなど、と思わず眉をしかめてしまう。

「こういった意図のものだから貴方のような人に居てもらいたいんだ。」

より一層眉間の皺が深くなってしまったのは致し方がない事だと思う。
何となく彼も段々と苛立ってきて居ることを肌で感じる。

「あの中から、将来の妻を選べと?地位と権力ばかりに心を支配されている彼女たちから?私は兄こそが王になるべきだと思っている。それにどれくらいの令嬢が賛同してくれる?邪な思いに揺るがされない人は何人いる?」

「それが王家の義務であるのであれば、それでもあの中から見つけるしかないのでは?」

嫌な予感がひしひしとする。まるでその言い方だと彼の望みはとんでもないことな気がするのだ。

「…年頃の貴族令嬢の義務としてはこの会に参加すべきなのでは?少なくとも貴方には候補として残ってもらう予定なので、大人しくもう少し座っていてください。」

これは、命令。
いくら失礼な物言いを繰り返しているとしても、私はただのいち令嬢でしかない。
王族の命令に逆らう訳にはいかない。
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