素直になれない彼女と、王子様

りすい

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受け入れないこともない

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ソファーに戻り、大人しく座る。
なんだって言うんだ。悔しくて膝の上の手を握り締めた。
3人がけの大きなソファーだと言うのに、殿下は隣に腰掛けてくる。

「殿下には分からないでしょうね。私は貴方をよく存じません。やりたい事だってまだまだ沢山ある。後ろ指を刺されたって続けてきた事なんです。それを手放し、味方もいない環境で苦手な社交をしろとおっしゃる。」

「貴方の意志を無視している事は謝罪します。でも俺には貴女しかいない。研究は続けてくださって構いません。…というか続けてください。貴女のそれは、人の為になる。」

ずっとうっすらとした笑みを浮かべていた彼の表情から笑顔が抜け落ちた。一人称も俺に変わっている。

「俺としても貴女にはもっと伸び伸び研究を続けてもらいたいんだが、そうも言ってられない。最近は食事に媚薬を盛る連中まで出てきた。」

少し荒くなった口調は彼の素なのか。
それにしても、随分と過激なアプローチを受けているらしい。目が据わっている。

「俺の血は国を揺るがす恐れがあるんだ。俺は、俺の目で、ちゃんと妻を選びたい。苦手な社交をさせることは申し訳ないが、何かしらの形で返す。味方はすぐには増やせないかもしれないが厳選してちゃんと守りをかためる。それに、絶対に俺が守るから。」

「社交界での噂が地に落ちている私相手にここまで言うなんて、今庭にいるご令嬢たちはそんなにも酷いのですか…?」

あまりにも真剣に、必死に言い募るから少しだけ可哀想に思ってしまった。俺が守るからなんて甘い言葉への返答としては間違いなのは分かっているが、言わざるを得なかったのだ。
私自身、久しぶりの公の場で怪我をさせられているのだ、あぁやっぱり残念だとは思ったが…全員が全員お眼鏡に叶わないなんてことあるだろうか。

「その噂話をしているのが誰か、君はよく知っているだろう。研究の成果を見もせず言いたい放題…君の美肌効果のある加工水を使っていない貴族令嬢は居ないだろうに。1度販売を停止してみたらどうだ?」

「とはいえ、草まみれも土臭いのも行き遅れなのも婚約者に逃げられたのも貰い手がないのも全て事実ですから。彼女たちは事実を述べているだけですよ。それに大事な収入源ですから。販売は続けますよ。」

「ちょっとまて、婚約者に逃げられたのも事実なのか?」

「えぇ。お調べになったのでは?あぁ。父親同士の口約束だったから醜聞を恐れてサクッと掻き消えたのでしたっけ?王宮の調査も逃れるなんてお父様もなかなかやりますね。」

「いや、そういう話ではなく…」

「??お相手ですか?幼馴染の男性です。夜な夜な怪しい薬を作っている魔女などごめんだと喚き散らしながら愛らしい男爵令嬢とどこかに消えました。それなりの間、彼と結婚するのだと思って淡い想いもありましたから。私の男性への夢も一緒にどこかへ消えていってしまいましたわ。」

「そ、そうか。」

「えぇ。ひとりの男性も自分に留め置けない、残念な女なのですよ。御理解頂けましたか?」

「それは違うだろう。君は魅力ある女性だ。」

フルフルと首を振り言葉を否定する。
頭が痛むのかこめかみを抑えた殿下は苦い表情だ。
小さなため息とともに顔をあげた彼は、しっかりと私の目を見て喋り出す。

「このままでは埒が明かないから、今日は一旦終わりにしよう。ただ、もう少しだけ俺にチャンスをくれないか。君を知りたいし、俺を知って欲しい。アプローチをする時間をくれ。そのうえで改めて婚約を打診したい。」

疲れ切っていた私は小さく頷き返した。

本当は王族である彼の立場であれば、お伺いを立てる必要なんてないのだ。
私や私の家に拒否権など、ありはしない。
それでも私が納得して受け入れられるようにしてくれる彼が、頑なに拒否するような相手でないことは分かっている。
分かっているのだが、どうしてこんなにひねくれてしまったのか。
拗れてしまった厄介な心はなかなか素直に受け入れてはくれない。

それから、毎日のように殿下は私の研究室に訪れる。
忙しいだろうに、少しの時間でも顔を出しに来るのだ。
研究室は王宮の側、王都の薬師会の本館にある。
遠くはないが、すぐの距離でもない。

絆されて来ている自分がいるのは分かっている。
ソワソワしている自分が、自分じゃなくなっていくような感覚で怖くなる。

今日も訪れた殿下に研究の話をする。
優しく頭を撫でられ、顔に熱があつまり、
離れていく手に、切なくなった。

んぐ、なんて表情を…と苦しそうな声が聞こえ
殿下の顔を伺うとなにかに耐えるような表情をしていた。
どうしたのかと問いかけようとしたら頬に手を伸ばされた

「なぁ。そんな表情を見せてくれるようになったのに、俺たちの距離はまだこのままなのか?

いつになったら、君は俺を受け入れてくれる?」

ぱしんと乾いた音が響く。

「そんなもの、知らないわ。もう、私なんかに構わないでよ。」

伸ばされた手を弾いた。
可愛げのない女など放っておけばいい。
ここは私の研究室だ。ここ以外にどこに逃げたらいいか分からないが、とりあえず真っ直ぐ扉を目指す。

ダメだと思ったのだ。このままだと私の弱い部分が見つかってしまうから、逃げなければいけないと。

一瞬の間にこの数日間の記憶が駆け巡る。
決別のつもりで思い切り扉を開けようと思ったが、ドアノブに手をかける前に動きを止められた。
後ろから抱き込まれているのだ。

「なぁ。もうそろそろ限界なんだ。君は気付いてる?俺が来るとすごく嬉しそうに笑って迎え入れてくれること。俺が触れると、君からも擦り寄って来てくれること。研究に行き詰まっている時とか悩んでいる時に俺があげたネックレスを触るようになった事。」

「し、しらないわ」

「じゃあちゃんと聞いて自覚して。ちゃんと考えて、なんでそうなるのか。」

言われて真っ赤になる。
分かっている、とっくの昔に分かっているのだ。
彼に惹かれていることくらい。

ただ、怖いだけなのだ。
捨てられるのが。
彼の隣に立つのが相応しくないと言われても私は研究を辞められない。
辞められなければ捨てられるかもしれない。
もしかしたら逆で成果を出せなくて捨てられるかもしれない。

「ねぇ。お願いだから。全部から俺が守るから。何も怖くないから、俺を受け入れて。君が君らしくいてくれたらそれだけでいいから。」

「…怖くない?」

「何が怖い?」

「…捨てられるのが。1人になって惨めな思いをすることが怖い。研究を天秤にかけることが怖い。研究を嫌いになってしまうかもしれないことが怖い。」

「絶対にない未来に怯える必要は無いよ。君は君の思うまま研究と向き合えばいい。研究は君の支えだけど、研究だけが君の全てじゃない。君は君のままでいい。君が好きだ。君しかいないんだ、俺と婚約してくれる?」

本当に小さく、頷いた。
それでも、隙間なく抱え込まれた状態の彼にはそれが伝わったみたいで。

「っ!!ありがとう、本当にありがとう。絶対に大切にする。あぁ、婚約だけではダメかもしれない。色々と前倒しにしよう。」

色恋に興味が無いと言われていた第2王子はその噂が嘘であると証明するかのように、婚約発表と同時に準備を怒涛の勢いで進め、数ヵ月後には結婚した。
王族にしては異例のスピード結婚である。

少しばかり素直でない最愛の妻を溺愛し、献身的に支えた彼は国一の愛妻家として名を轟かせる。
妻は夫にグズグズに甘やかされながら才能を発揮。彼女の多くの研究がこの国の薬学の発展を大いに支えた。
研究の副産物として生まれた便利な商品達の販売は夫に一任されたが、1部の貴族は何があっても購入することができないらしい。
彼らはかつての自らの社交界での態度を悔いているとか居ないとか…
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