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第二章

13:二十九歳までキスしたことが無くて、当然、童貞で、恥ずかしいでしょ、俺、って自虐しないとこ、素敵だね

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 そして、就活。セミナー会場を出たところに新興宗教団体の信者が待ち構えていて、自信喪失している就活生にたくみに声をかける。「あなたはもっと認められるべきだ。力を発揮できる場所がある」と。
 一時世話になったNPO団体の中にもそういうのがいた。
 一般人は気づかないだけで、どこにでもいるのだ。
 尚は、財布の中に入っていたタクシーの高額な明細を眺める。
「ここに電話すれば自分がどこから乗ってどこで降りて、どんな様子だったかぐらいは分かるだろうが」
 酔ってタクシーに乗り込んで、金が尽きてどこからか歩いて返ってきた。
 多分、そのパターンだ。
「喪服を着ていたからといって、葬式に参加していたとは言えないしな。コスプレとかさ。いや、そんな趣味無いんだけど」
 葬式の連絡がくるとしたら母親のみ。
 だが、絶縁して十五年近くなるのでそれもありえない。
「にしても、何で俺、飲んだこともない酒を飲もうとしたんだろう」
 いくら考えても分からない。
 だが、そのせいでトラブルが生じていることは確かだ。
 本物の神様を名乗る頭のいかれたイケメンと外出するはめになってしまった。
 行き先は大井町競馬。
 やがて、低いエンジン音を響かせて、馬のシンボルマークで有名な赤い外車が横付けされた。
「乗って」
と運転席から時雨が言い、ドアを開けて尚は乗り込む。
 日本の道路事情にならって右ハンドル仕様で、シートはミルクティー色。見るからに上等な革が張られている。
 時雨は夜の闇に溶けそうな濃い群青色の浴衣姿に着替えていて、日中の暑さで汗をかいたからシャワーを浴びてきたのか、うなじのあたりからシャンプーのいい香りがした。
「リュックは後部座席にどうぞ」
 尚がもたつきながらシートベルトを絞めたのを確認しながら時雨が言う。
「門前仲町から大井町競馬場までは三十分ほどかかります」
「はい」
「楽しくお話しながら参りましょう」
「はい」
「はいはい、素直だね」
「そっちが卑怯な脅しをかけてくるからだろっ」
「素直ついでに、一から十八までの数字のうち、三つを言って」
 無視していると、車のオーディオの液晶を時雨が触り、
『感動して』
という尚の声が流れる。
 この卑怯な男、携帯を車のオーディオに繋いで動画のデータを同期させたらしい。
「俺をからかってそんなに楽しい?」
「二十九歳までキスしたことが無くて、当然、童貞で、恥ずかしいでしょ、俺、って自虐しないとこ、素敵だね」
「そんなことまであの夜、言った?」
「いや、童貞は僕の勝手な想像だけれども」
「……」
「何か、上手く行かないね、僕たち。あ、キスしたぐらいで、調子に乗るなって?いつもの僕だったら、酔っぱらいだろうが童貞だろうが言葉巧みにあの場で最後まで抱いているけれど?三、四回は普通に肌を合わせただろうね。手加減した上でね。何を言いたいのかと言うと、僕は尚にめちゃめちゃ遠慮して、めちゃめちゃ気を使ってるってこと」
 こいつ、予想以上に頭がおかしい。
 車を今すぐにでも降りたい。
「大丈夫。まだ抱いていないからって、ラブホに連れ込んだりしない。行くのは本当に、大井町競馬。あ、そういう展開もあるのか、迂闊だった、俺、みたいな顔しない!終わったらちゃんと家に帰すし」
「動画も消してくれ」
「約束する」
 尚は深くため息を尽きながら言った。
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