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第六章
131:それ、別れ際に言うことかよ
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「藤井久子を刺した罪は消えないんだろ。大人しく刑に服して、五年、十年?外に出てきて俺は何をしよう。目標なんて何もない」
「それは、自分で考えなきゃ。救世教団にいたときも、脱会してからの十数年も、ずっと尚は洗脳状態だった。救世教団の教えがこうだったから、今はこうする、こうしない。たぶん、そういう思考だったと思うんだ。でも、完全に洗脳は解けた。生きたいように生きて」
時雨は尚にリュックを手渡してくる。
手が抜けそうになった。
「何これ。重っ。金塊でも入っているのか?」
「買い取ってあった君の不幸をギャンブルに。そして、換金した」
「さっき、しばらくいなかったのってそのせい?ひでえ」
尚は自分でも驚くほど明るく笑っていた。
時雨との別れは刻々と近づいてきているようだ。
身体が辛くてたまらない。
息をするのも苦しい。
子供みたいに地団駄を踏んで、一緒にいたいとすがってしまいそうで、尚はそれを絶対に避けたかった。なぜなら、時雨はどうやっても尚から離れていく。最後冷たくされるより、あっさりした別れを選んだ方が思い出としては美しい。
これまで生きてきて、いい思い出自体が少ないのだから。
きっと誰かを好きになることは今後無いだろうから、一生に一度の記憶は綺麗なままにしておきたい。
だが、
「腎臓を献金させられた不幸も、左目を献金させられた不幸も換金したから」
と言われ、正気でいられなくなる。
時雨を激しく問い詰めていた。
「それは買い取れなかったじゃないのかよっ!!」
「どうして復元していない日の記憶まであるの?」
「知らねえよ。でも、あんた、確かあのとき、こう言ったよな。その不幸に、値段は付けられない。可哀想すぎるからって」
「また、あんた。ちゃんと名前で呼んで」
「どうせ忘れる男なんか、あんた呼ばわりで十分だ」
「……元気でね」
「さっさといなくなれ」
「リュックの中には相当の額が入っている。足がつくような紙幣じゃないけれど、一気に口座に入れると、怪しまれる。神様の世界でも人間の世界でも、税務署は目を光らせているから」
「それ、別れ際に言うことかよ」
「生きていく上で重要でしょう」
「あんたとは、話が通じない。最初から最後までっ!」
「そうだね」
時雨が牡丹一丁目を暗闇に戻した。
そして、闇に、扉のような大きさのを指先で描いて白い空間を作り出す。
「ここから人間の世界に戻れる」
「何で、そんなにあっさり言うんだ」
「狭間に居続けて、いいことなんかない」
促されても動けない。
尚は時雨に背を向けた。そして、手を差し出す。
「何かくれよ」
「思い出にってこと?あげたって忘れちゃうんだよ?」
「じゃあ、神様スタンプ」
「あれは尚にはもう必要ない。生きている内に特大の不幸に巻き込まれたら、今度は別の神様が担当することになると思うから、本当に僕と出会うことはもうないよ」
「いいからくれって。さっきのぐちゃぐちゃの使い古しでいいから。なあ」
手に紙が握らされた。
尚はそれを時雨に背を向けたまま開く。
シワの目立つ神様スタンプは十日間の思い出が詰まっている。
あれだけあったドクロマークのほとんどが消えてしまっていた。
尚は扉を無視して闇雲に歩き出す。
「それは、自分で考えなきゃ。救世教団にいたときも、脱会してからの十数年も、ずっと尚は洗脳状態だった。救世教団の教えがこうだったから、今はこうする、こうしない。たぶん、そういう思考だったと思うんだ。でも、完全に洗脳は解けた。生きたいように生きて」
時雨は尚にリュックを手渡してくる。
手が抜けそうになった。
「何これ。重っ。金塊でも入っているのか?」
「買い取ってあった君の不幸をギャンブルに。そして、換金した」
「さっき、しばらくいなかったのってそのせい?ひでえ」
尚は自分でも驚くほど明るく笑っていた。
時雨との別れは刻々と近づいてきているようだ。
身体が辛くてたまらない。
息をするのも苦しい。
子供みたいに地団駄を踏んで、一緒にいたいとすがってしまいそうで、尚はそれを絶対に避けたかった。なぜなら、時雨はどうやっても尚から離れていく。最後冷たくされるより、あっさりした別れを選んだ方が思い出としては美しい。
これまで生きてきて、いい思い出自体が少ないのだから。
きっと誰かを好きになることは今後無いだろうから、一生に一度の記憶は綺麗なままにしておきたい。
だが、
「腎臓を献金させられた不幸も、左目を献金させられた不幸も換金したから」
と言われ、正気でいられなくなる。
時雨を激しく問い詰めていた。
「それは買い取れなかったじゃないのかよっ!!」
「どうして復元していない日の記憶まであるの?」
「知らねえよ。でも、あんた、確かあのとき、こう言ったよな。その不幸に、値段は付けられない。可哀想すぎるからって」
「また、あんた。ちゃんと名前で呼んで」
「どうせ忘れる男なんか、あんた呼ばわりで十分だ」
「……元気でね」
「さっさといなくなれ」
「リュックの中には相当の額が入っている。足がつくような紙幣じゃないけれど、一気に口座に入れると、怪しまれる。神様の世界でも人間の世界でも、税務署は目を光らせているから」
「それ、別れ際に言うことかよ」
「生きていく上で重要でしょう」
「あんたとは、話が通じない。最初から最後までっ!」
「そうだね」
時雨が牡丹一丁目を暗闇に戻した。
そして、闇に、扉のような大きさのを指先で描いて白い空間を作り出す。
「ここから人間の世界に戻れる」
「何で、そんなにあっさり言うんだ」
「狭間に居続けて、いいことなんかない」
促されても動けない。
尚は時雨に背を向けた。そして、手を差し出す。
「何かくれよ」
「思い出にってこと?あげたって忘れちゃうんだよ?」
「じゃあ、神様スタンプ」
「あれは尚にはもう必要ない。生きている内に特大の不幸に巻き込まれたら、今度は別の神様が担当することになると思うから、本当に僕と出会うことはもうないよ」
「いいからくれって。さっきのぐちゃぐちゃの使い古しでいいから。なあ」
手に紙が握らされた。
尚はそれを時雨に背を向けたまま開く。
シワの目立つ神様スタンプは十日間の思い出が詰まっている。
あれだけあったドクロマークのほとんどが消えてしまっていた。
尚は扉を無視して闇雲に歩き出す。
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