上 下
9 / 196
第一章

9.人―――あらざるものだろうね

しおりを挟む
「私だって人の心はある。だが慰めるのは他が担当するから軽く思い出すだけでいい」

「無茶言うな」


 サライは祖父が倒れていた窓辺を見つめた。

 正確に言うならば、祖父の胴体のみがあった場所を。

 犯人が持ち去った首は未だに見つかっていないのだ。


 あの夜の惨状を思い出しかけると、頭の隅がチリチリとし始めた。

 ロレンツォに促されて答えるなんてシャクだが、吐き出したい気持ちもあった。


「夜遊びして遅くなった夜だった。リビングに入ってまず、暗闇の中で血の匂いが充満していることに気づいた」

「電気は?」

「付かなかった。月明かりだけが頼りで、最初に目についたのが首のない男らが床に伏して血を流していたところ。揃いのローブを着ていたから、首切り事件のターゲットにされている奴らだってすぐに気づいた。次にじいちゃん。胴体に近寄っていく時には僕はもうパニックになっていた。じいちゃんの頭を蹴飛ばしてしまうぐらいに」


 血の海と貸した床をゆっくりと転がる白髪と白ひげの老人の頭部は、サライの目にはっきりと焼き付いている。


「ピエトロの首はその時点であったということだね?そして君は恐怖で意識を失った」

 ふむとロレンツォは自分の顎下に手を起き考え始める。


「警察の調書によれば、先に死んだのが修道士七名。数時間後にピエトロ、だそうだ」

「じいちゃん、あんな状況で生かされていたのか」


 ロレンツォの顔が曇る。


「孫の君にはかなり言いづらいのだが……」

「何?いいからさっさと言えよ」

「私が警察から極秘に入手した情報によれば、ピエトロには性交の痕があったようだ」

「……はあ?」


 鼓膜が張って耳がキーンとした。

 どういうことだ? 

 理解できない。

 あの惨状を目にしながら誰かと?

 その誰かって誰だ。


 吐き気が込み上げてきて、手で口を覆った。

「犯人は女か?」

「飛躍しすぎとは考えないのかい?女性はたまたまあの場にいて、たまたまうまく逃げおおせた、とか」

「できすぎている。なあ、大人の男八人の首を一晩で落とせる女なんかいるのか?」


 サライの執拗な質問にロレンツォは観念したようだった。


「人―――あらざるものだろうね」



しおりを挟む

処理中です...