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第一章

10.いざというときは、意地を張らずに頼るんだ。きっと飛んでくる

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「化け物?ありえねえ」

「この世の全てが分かるかい、君は?」


 そう言われてしまえば、否定はできない。

 どんなに科学が発展しても、解明されていないことは山ほどある。


「これまで修道士しか殺されてこなかったのに、何でじいちゃんまで巻き込まれる?」

「調査中だ。いずれ捕まえる」

「あんた、美術鑑定士だろ?探偵もやっていたのか?それも人外の」

「当たらずしも遠からず。美術関連限定の探偵みたいなものさ。時に警察、裁判官もする。我が国の美術は、教会とともに発展してきたのだから、修道士だって調査の対象」

「でも、じいちゃんは葡萄とワインを作っていたただの農夫だ。なあ、知っていることを全部教えてくれ。今すぐに」


 するとロレンツォが、家を出てさっさと車に乗り込む。

 つられてサライも助手席に座った。


「なあって」


 せっつくと、ロレンツォがハンドルから片腕を放し、スーツの胸ポケットを探った。

 手渡されたのは、血で染まった小さな紙切れ。そこには十一桁の数字が書かれている。


「看守に、サライに返すものはないかと訪ねたらこれを」


 奪い取って、親の仇みたいに握りしめる。

 自分に何かあったらここに電話するようにと、何年も前に祖父から渡されていた携帯番号だった。

 

 名前は知らない。

 性別も。

 自分のスキルなら、契約者が誰なのか調べるのは数秒あれば済む。 



 でも、今まで一度もしなかった。

 絶対に捨てるなと祖父から口酸っぱく言われていたから、仕方なくリビングにある役所からの手紙や、いつ貰ったのかも忘れてしまった旅行土産のキーホルダー、チラシなどにまみれたコルクボードにダーツの矢で刺していた。



 そして、あの晩。

 この紙にすがった。

 矢に刺さったまま引きちぎったから、上部には穴が開いていた。


 ロレンツォが今度は裾のポケットに手を入れる。取り出したのは携帯だ。

「連絡したことは無いんだろう?いい機会だ。今、してみたまえ。まあ、私からかかってきたと思って最初は怒声を上げるだろうが、そこは勘弁してほしい」

「いい」


 サライはロレンツォが運転中にも関わらず、強引に携帯を突き返す。


「あんたの知り合いなのか、と聞く余裕すらないか」

「黙れよ」

「いいや。黙らない。いざというときは、意地を張らずに頼るんだ。きっと飛んでくる」

「いいって言ってんだろっ!」

 怒鳴ると、涙を流したいときみたいに喉がきゅっと締まる。



 それが悔しくて、ずっと窓の外を見続けた。

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