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第三章
43.ご褒美やるからさ
しおりを挟むガラスケースから取り出した絵をアンジェロが膝でへし折ろうとしていたら、くせ毛男に背中を掴まれ、菓子やパンくずが散らばる汚い部屋に移動させられた。
今回は、近距離のようであまり気持ち悪くならない。
最初の移動はひどかった。
急にフィレンツェからひとっ飛びさせられたのだから。
どこに着いたのかすら分からなかった。印象的な跳ね橋が窓から見えて、ここはイタリアではないことは認識できた。
汚れた部屋に再び戻ってきて、アンジェロは絵を抱えたまま背中で息する。
ロレンツォに対して絶え間なくこみ上げてる怒りで我を失いそうになっているせいか、胸元の絵がぼんやり光っているように見える。
「よくやった」
くせ毛の男がひょいと手を伸ばしてきて、絵を奪っていった。
しげしげと眺め、
「くああー。これが九億ユーロなあ。巨匠のネームバリューってすげえな」
とわざとらしく驚いて見せる。
アンジェロは汚い床に座り込んだ。
ここはくせ毛男が借りている高級ホテルの一室だと思うのだが、彼はどんな場所もゴミ屋敷にしてしまう特技がある。
膝を抱えて顔を埋める。
もう何も聞きたくなかった。
父親は、あの会場にいただろう。
絵を盗む自分の姿をはっきりと見たはずだ。
(よりによってどうして因縁のこの絵なんだ)
この絵のせいでたくさんの仲間が死んだ。
なのに、自分はこの絵を使って父親に命乞いをした。
そして、父親はこの絵を無くしたと息子に嘘を付いた。
勝手に瞳の周りが濡れそうになる。
傷ついていることをくせ毛男にバレたくなかったのが、すぐ見抜かれた。
(こいつの誘いには乗らず、コンクールで優勝し副賞を得るという手堅い路線を選ぶべきだった。失敗した。でも、こいつから離れたら、俺は警察行きだ。そうしたら強盗って前科も付くだろう。でもまあ、父さんの元に戻るよりはいいのかもしれない)
彼に心臓を撃たれた警備員二名は即死。そっちの罪も多少は影響してくるだろう。死体は見慣れているので、彼らの死を怖いとも可哀想とも思えない。
昔の劣悪な環境のせいで、未だに感覚が麻痺しているからだ。
(警察に行かないなら、このまま俺は飼い殺し)
これでは、父親に飼われていたときと何も変わらない。
(なんで、この男の手を取ってしまったんだろうなあ)
激しい後悔に襲われていると、くせ毛男は、
「泣くなって。いい復讐劇になっただろ」
とアンジェロの背中をバンバン叩きながら言い、
「ご褒美やるからさ」
と猫撫で声を出す。
いつものパターンだ。
こうやって毎回騙されてきた。
どうせくだらないものだろと思っていると、くせ毛男とは明らかに違う気配。
顔を上げると、
「青いドレスの女の人?!」
フィレンツェの音楽学校の練習室で切りかかってきた女が、バスケットに男の複数の頭部を詰め込んだ状態で立っていた。
やはり、怖いとは思わなかった。
そんなものは子供の頃から見慣れていたからだ。
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