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第五章

86.つまり、お前は僕を連れて瞬間移動できる?

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 訳の分からないことを急に言い始めた少年が、サライを力任せに掴んだまま分厚いガラス窓に向かって突撃していく。


「え?ええ??おいっ」


 きっと鼻が潰れる!額が割れる!


「ぶつかっ。……え?」


 衝撃に備え身構え目をぎゅっと瞑っていたら、夜風を感じた。




 気がつけば外だ。

 空に浮いている。

 振り向けば、ロンドンパレスは遥か後ろ。

 一瞬でかなりの距離を移動してきたことになる。


「驚いたか?」


 いたずらっぽい顔でヨハネが夜空に向かって急上昇し始めた。


「これが、ロレンツォ公とボクの違い。なんせ、ミラノの十二使徒様だからな」

「つまり、お前は僕を連れて瞬間移動できる?」

「御名答。そして、詳しい説明は後だ」

「ユディトはどこに行った?」

「あっちだ。あっち。尖塔にいる」


 ヨハネが、二つのタワーで支えられ、ライトアップしている大きな跳ね橋を顎で指しながら、電話を始める。


「ああ、マエストロ?あんたが部屋を出ていった後、ユディトが窓ガラス越しに現れた。ピエトロの首を持って。え?さっき、そっちにも?うん。バスケットは持っていない。大人しく部屋にいろって言われても今、タワーブリッジ付近上空なんだけど。サライも一緒」


『馬鹿野郎っ!』


 低い声の怒声が電話から漏れてきた。

 携帯を耳から離したヨハネが鼻白む。


「声の暴力は止めろよ!」

『今すぐ戻れ』

「ユディトが仕掛けてきたのを見過ごせないし、かといってサライ一人にしておけないだろうが!」


 ブチギレながら電話を切ったヨハネが、


「ったく、お前のことになるとてんで頭が回らなくなるんだから、このおっさんは」


とぶつくさ言いながら、サライを伴って尖塔へと近づいていく。


「一、ニ、三。シルエット的に女一人、男二人。男一人は尖塔の端に膝立ちで座らされていて、もう一人の男が背後で何か持っている。絵か?」


 サライも目を凝らす。

 目を凝らす。

 遠くに見えるのは、


「座らされている男は、結構若いようだな。もしかして、アンジェロ?」

「傍らに頭部山盛りのバスケットもあるなあ。ユディトはリチャード・クリスティンを再襲撃して落とした頭部を取り戻した後、あいつらと合流したんだな。少なくとも大切な頭部が入ったバスケットを預けておけるぐらいの関係みたいだ」

「どんな繋がりだ?全員サイコパスかよ」
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