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第五章

87.アンジェロがっ、突き落とされたっ!!

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「完全に、お前をおびき寄せようとしているな。ユディトはピエトロの頭部を使ってお前を。頭ん中ユートピア野郎は、息子、もしくは絵を取り戻したいロレンツォ公を。あ。ほら、言った側からバットマン」


 尖塔の影の方から急に姿を表した黒い影のようなもの。


 それは―――。


「本物は鎌なんて持っていないけどな」


 サライがつぶやく最中、死神は鎌を振り上げアンジェロの背後に立つ男を威嚇し始める。


「バーントの死神さんっ?!」


とアンジェロが叫ぶ声がかすかに聞こえてきた。


「もっと、近くに寄れるか?」

「任せておけ」


 目鼻顔立ちまで確認出来るほどの距離まで寄っていくと、やはりそこにいたのはユディト、鳥の巣頭。そして、アンジェロの三人だ。


「ヨハネ」


 遠くから声がし、振り向くとレオがいた。


「うわ。あんたも普通に浮けるのか」


と驚いていると、


「だから、サライを連れ出すなと」


とレオがヨハネに向かって小言を言う。


「お前ら、ホテルに戻れ」

「嫌だね。じいちゃんの首を持って帰る」

「それは、オレがや……」


 レオの視線がサライからズレた。

 尖塔の方を向くと、ヨハネが叫ぶ。


「アンジェロがっ、突き落とされたっ!!」


 彼を突き落とした男は、尖塔に優雅な様子で絵を立てかけ、ポケットに手を入れ、散歩しながら口笛でも吹くかのように、尖塔の奥へと姿を消してしまった。

 落下する青年を死神がマントを翻し救いに行く。

 水面ギリギリでキャッチすると、サライは胸をなでおろした。

 たぶん、全員がその瞬間、緊張の糸が緩んだのだと思う。

 ユディトの方に顔をやれば、彼女はサライの祖父の頭部をパッと離した直後だった。

 鉛の球体みたいな速度で、腐りかけの頭部は川めがけて落下していく。

 流れはかなりのものだ。

 黒い水面に沈んだまま出てこないか、そのまま海に流されるか。

 どちらにしてもこの手には抱けない。


「じいちゃんっつ」


 サライは、反射的にヨハネの身体に手を突いて反動を付け、そのまま飛んでいた。

「サライッ!」というヨハネの甲高い叫び声が急激に遠くなる。

 そこに、「馬鹿野郎!何している!!」と不愉快な低い声が加わる。

 祖父の頭部を掴んだと同時に川に叩きつけられる。なんとか頭部を抱え込んだ。

 気絶しなかったことが奇跡だ。
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