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第五章
103.美術限定の警察みたいなことをやっているって言っていたな、ロレンツォ公は
しおりを挟むヨハネが続ける。
「『ユディトの帰還』はウフィツィの二階。ガラスケースの中に入れられ飾られている。大きさは三十センチ×四十センチ」
「ロレンツォ公の館で、でかい絵ばかり見てきたせいかかなり小さく感じるな」
サライは胸のあたりでサイズ感を確かめながら言う。
「祭壇画として持ち運びしやすい大きさにしたんだろ。そして、『ユディトの帰還』は連作だ。こっちが後編」
「前編は……」
ヨハネがパソコン前から離れたので、サライが変わって検索する。
画面に出てきた絵を見たのち、そのタイトルをアンジェロが読み上げた。
「『ホロフェルネスの首を持つユディト』で合っている?テントから男の首を持ってユディトさんが出てきている」
ヨハネが頷く。
「そう、それ。ホロフェルネスってのは、ユディトが住んでいたベツレアって街を包囲したアッシリア軍の将軍の名前。賢婦ユディトは、召使いを連れて将軍のテントに乗り込んでいって酒と色香で酔わせ将軍の首を切る。ユディト記っていう旧約聖書に出てくる物語がベースになっている」
「後編は、将軍の首を持って故郷に帰る青いドレスの女の人の姿。そうか。ニ枚の絵で何があったのか分かるようになっているんだね。凄いや」
「ああ。ボッティチェリは首切りのシーンを描かなくても、ユディトの行いを表現してみせた。これは、当時、相当画期的だった」
「漫画みたいだな」
とサライが感想を漏らすと、「漫画ぁ?!」とヨハネが一人掛けのソファーにひっくり返りながら言った。
「お前って新鮮な発想をするなあ。ゲージュツだ、何だ言うお高く止まったアージャーなら絶対に言いそうにない単語だな」
「どうとでもいえ」
サライは、キーボードをパアンッと音を立て叩いた。
「『ユディトの帰還』の方は、今年の一月から鑑賞できなくなっているようだぞ」
『当たり前だ。ボッティチェリが勝手にユディトを出してしまったから、あの女にいない絵を飾れるわけない。ウフィツィには、マエストロの描きかけの『東方三博士の礼拝』とかラファエッロの『ヒワの聖母』とかティツィアーノの『ウルビーノのビーナス』とか大作がたくさんあるけれど、『ユディトの帰還』も客寄せの一作。早く絵の中に戻してくれとウフィツィは、ロレンツォ公に泣きついたはず」
「美術限定の警察みたいなことをやっているって言っていたな、ロレンツォ公は」
「初耳なんだけど?」
食い気味にアンジェロが聞いてきて、サライは少し動揺した。
「テムズ川の上空で。死が‥…、えっと、うん。僕もさらっと聞いただけだけで詳しくは」
(あぶねえ。思わず死神のことを漏らしそうになった)
サライは胸を抑える。
「しっかし、変なんだよなあ」
ヨハネが靴を脱ぎ散らかし、一人掛けのソファーの上であぐらをかく。
「変?」
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