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第六章
118.アンドレア・サライ。そいつが、今、あっちの部屋で熱を上げて寝込んでいる男のかつての雅号
しおりを挟むサライが深い眠りについたのをレオは見届けて、ベットから腰を上げた。
「こっちの方は一段落ってか、オイシャサン?次は、あっちだな。親切な誰かさんがわざわざ持ってきてくれた。罠かもしれないぞ」
ヨハネが言うと、「分かっている」といつもの苛立たしげなレオに戻り、爆発音がした部屋へと向かう。
「アンジェロも見ておくか?」
ヨハネに誘われ、一緒に廊下を歩いていく。ムンディも後ろからついてきた。
レオが扉前で立ち尽くしている。
「どうした?マエストロ?」
というヨハネの質問には答えず、彼は部屋に飛び込んでいく。
廊下をダッシュしてアンジェロより一足早く部屋を覗き込んだヨハネが「ムンディ?!」と悲鳴を上げた。
「え?俺の後ろにいるけど?」
ようやく追いついて二人の後ろに立ったアンジェロは驚愕した。
床に黒い背景しか描かれていない粗末な木の額が落ちている。
側には、青い衣の男が倒れていた。
フーフーと唸りながら、両瞼を抑えている。
大量の血を流していた。
床に転がっているのは少し濁りのある水晶玉。
レオが側に行って、彼を抱え起こす。
(姿形は、『サルヴァドール・ムンディ』だ。でも、どう見ても俺が描いたムンディでは無い)
細部がことごとく違うのだ。
ローブの襞の具合や髪に当たる光の反射具合。
それに、内部から湧き出てくるような強烈な神々しさ。
自然と胸を抑えていた。
(俺はこうは描けない)
じわじわと何かが心を占拠する。
この感情は二度目だ。
(一度目は、ユディトさんの肖像画を手にしたとき)
ヨハネが渋い顔をする。
「誰がこんなことを。この館にサライの家から持ち去られた本物の『サルヴァドール・ムンディ』を持ち込むだけでも手が込んでいるっていうのに、サライがファーストマテリアを出すのを見計らって、瞼まで斬るなんて」
「本物?『サルヴァドール・ムンディ』はレオナルド・ダ・ビンチの作品なんじゃ?」
アンジェロが聞くと、ヨハネが肩をすくめる。
「アンドレア・サライ。そいつが、今、あっちの部屋で熱を上げて寝込んでいる男のかつての雅号。サライは、マエストロに一番長く仕えた弟子だった。大成はしなかったけれど。世界一と名高い絵描きは、教え方の方は世界一じゃなかったってことだよな、マエストロ」
「この状況でオレに嫌味を言か?」
「あ。そうでした。顔料セットを持ってこようか?」
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