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第六章
119.何、じろじろ見ている?
しおりを挟む「ムンディは興奮状態だ。落ち着かせてからでいい。先に包帯を」
「了解」
姿を消したかと思うと即座に戻ってきたヨハネは、レオに包帯を放り投げ、
「ムンディをやった敵がいないか見回りをしてくる」
とまた姿を消す。
アンジェロとレオが部屋に残された。アンジェロが描いたムンディは廊下に佇んでいる。
レオが、新たに現れたムンディを抱え起こし、ベットに座らせる。
そして、振り向かずに言った。
「何、じろじろ見ている?」
部屋に重低音が響く。
さっきまでサライに掛けていた声とはもやは別人クラス。
「す、すみません」
アンジェロは、一度は視線を外すがやっぱりまた見てしまう。
「だから、何だ。言いたいことがあったら言え」
「いや、その……。そのムンディは、二人の絵描きの手が入っているなあと思って。本物の『サルヴァドール・ムンディ』は共作ってことですか?」
実力差は圧倒的で、青い衣の裾や髪の毛にかすかな粗があったとしても、足を引っ張る一人をもう一人が圧倒的な技術力でカバーしている。
ジロッとレオが睨んできた。
「一人は絵描きとは言えない。雅号があってもな」
鼻で笑っている。
小馬鹿にするというよりは、諦めたような笑い方だった。
それは、絶対に師匠に追いつくことのない弟子への失望であり、でも突き放せない師匠の甘さを笑うものなのかもしれない。
アンジェロは、新たに現れたムンディからますます目が離せなくなった。
(共作者は、集中力が無いタイプ。師匠が手取り足取り教えても、嫌々色を塗っていたようだ)
しょうがねえなあ、というように塗り直してやる師匠の姿もセットで浮かんでくる。
拳を握り締めていた。
命をかけて必死に描いた自分のムンディは、それに劣るのだ。
気づけば、内蔵から震えている。
どうやら、自分は悔しいらしかった。
恵まれた環境にいながら真面目に絵に取り組もうとしなかったもう一人の絵描きに対して。
そして、それ以上に越えられそうにない壁みたいに立ちはだかるレオナルド・ダ・ビンチという絵描きに対して。
レオは、ムンディの瞼の血を丹念に拭っている。
「このムンディをやったのは誰なんです?」
「さあな。敵だろ」とレオはつれない。
「ユディトさんではないってことですか?」
「お前はどう思うんだ?」
「わかりません。ただの学生ですから」
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