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第七章
140.隠しやがって。クソが。発狂しそうだ
しおりを挟むサライは素直に「ああ」とは言わなかった。
ヨハネはヨハネで絶対に裏があるのだろうから。
「なあ、どうしても腑に落ちないことがある。僕は、かつてあいつの弟子だった。癪だが、それは認めてやろう。だったら、現在、優雅に小槌を振るうお仕事をしているあいつの弟子でもあるってことだろ?でも、それは違うって。監督する、監視する?そんな言葉で誤魔化してたな」
「マエストロは、自分とレオナルド・ダ・ビンチのことは別けて考える男だ。自分の人生が過去に生きていた男の続きであっていいわけない、これ、あいつの口癖」
「格好がいいことで」
「でも、ボクは建前だと思ってるんだよねえ。それに、過去で行ったいくつもことを後悔しているはずなんだ」
「成功しかしたことないって面をしているけどな」
「んなことねえよ。遅筆だけならまだいいが、飽きて未完ままほっぽり出す癖があったし、注文者を無視して好きに描いたりもしていたからフィレンツェじゃあ才能が認められなかった。ローマ皇帝直下でお絵描きする選抜にも漏れちゃって、ようやくミラノで開花したって感じ。当時のミラノはフィレンツェほど都会じゃなくて、パトロンは、お馬さん大好きなスフォルツァ。センスがいいとは言えないな」
こっちは聞きたくもないのに、ヨハネは勝手に語り始める。
「でも、一番の後悔はきっとお前。面倒を三十年見ても絵描きとして大成させられなかったし。最後、マエストロはフランスで死んでいるんだけど、付き添わせたのはお前より十一歳若くて才能があって努力家で毛並みのいいドイツ貴族メルツィだったし」
「あっそ」
「お前に、マエストロはわずかばかりの財産を与えた。それが、レオナルド・ダ・ビンチ研究家から見ると、アンドレア・サライは見限られたってことになるんだけど、ところがどっこい、お前は、いや、アンドレア・サライは『サルヴァドール・ムンディ』も持たされたんだよなあ。あいつと一緒にお絵描きした絵をさ」
「気持ちの悪い言い方をするな。そもそもあれは、母親がどこからか持ってきたものだ」
すると、ヨハネはきょとん顔。
「肝心なことを聞いてないのか?マエストロがお前の母親に与えたんだよ」
サライは耳を疑った。
特大の「はあああああっ?!」が出る。
「あいつら、知り合いなのか?」
「ロレンツォ公ともな。若い頃はよく三人でつるんでいたぜ?」
「隠しやがって。クソが。発狂しそうだ」
「これで身に染みたろ?あいつらは、よく真実を隠し、当事者に語らない。でも、ヨハネ様は違う。こんなにも丁寧だ」
(誰がそんなの信じるか。美術に関わる奴らは、全員疑うって僕は決めているんだからな)
「カプロッティ家の家宝とされた絵も、お前が死に代替わりを経ていくごとに価値が分かる奴もいなくなり二束三文で売りに出された。イギリス貴族の館、ロシアの生糸商の館と富豪の元を転々とした後、行方が分からなくなり、現世になってマエストロが蚤の市で見つけた。あいつ、蚤の市巡りが趣味だから。それをお前の母親に与えた」
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