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第九章
183.解っているって。命令すんな。マエストロごときが
しおりを挟むずるっと滑って反射的に長椅子の背もたれを掴むと、手入れされること無く長い時間が経ったそこは腐っていたようで、パキリと乾いた音を立てる。
音に気づいたユディトが物凄い速さで身体をひねってこちらを見た。
片手で持っていた頭部を蝋燭台に刺し、もう片方の手でバスケットの側に置いてあった剣を掴むと、瞬時に鞘を抜いてサライに襲いかかってくる。
斬られる!
恐怖で気が遠くなりかけていると、ムンディの手がサライの背中に添えられて社交ダンスの女役みたいに思いっきり身体を横にずらされる。
だが、最後までのフォローはない。
すっ飛ばされた後、誰かの手がサライの身体をしっかり抱える。
見上げれば、前方ではムンディが水晶玉でユディトの剣を受け止めていた。
「無茶だ!」
「解っているなら、無謀なことをするんじゃねえ」
頭上で響くのは低音。
「おっさん。何しに来た?!」
レオは慌てるサライを長椅子に雑に置くと、ユディトの前に出ていく。
大きな背中がサライの視界に映る。
「丸腰だろうが。逃げろ」
叫ぶと、レオは冷静な声で、
「ヨハネ。雷」
「解っているって。命令すんな。マエストロごときが」
いつの間に戻ってきたのか、ヨハネが石の床をスケートするみたいに滑り駆け出しながら両手を合せ、徐々に開いていく。
真ん中に、眩いばかりの丸い玉が出来上がっていた。
ジリジリと凄まじい音と立てていて、以前、サライにお遊びで投げつけてきたものとは見た目からして大違い。威力だって凄そうだ。
「くらえ」
掛け声とともに投げられた玉は途中で形を変え、雷を素材にして作った剣のようにユディト目掛けて突き刺さっていく。
ユディトが剣の峰を使ってはねのけると、ボキッと重い音がした。
「手根骨がいっただろ?もう観念するんだな」
レオが自分の手首に輪っかにした指を回しながら言うと、ユディトが睨みつけてくる。
眉間に大きな亀裂が走った。
もうこんなの賢婦とはいえない。
だたの狂女だ。
サライの側にヨハネが舞い戻ってきた。
「崩壊が近いから焦りを覚えているのかもしれない」
ユディトは視線をレオに向けたまま、祭壇にあるひときわ太い蝋燭立てに突き刺さった骸骨を鷲掴みし砕いた。
パリパリと乾いた骨の音がする。
「もういい。止めるんだ。ユディト」
扉付近から声がする。
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