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第九章
184.こいつらを殺してくれてありがとう
しおりを挟む振り向くと、アンジェロに支えられてやっと立っている風な痩せ枯れた男がいた。
彼の一声で、ユディトの乱交はピタリと止まる。
「……主」
アレッサンドロは、「大丈夫。一人で歩ける」と言って、並ぶ長椅子の背もたれを慎重に掴みながらユディトに近づいていく。
脆くなっているそれは、アレッサンドロのバランスを簡単に崩させた。
床に崩れ落ちようとするレナトゥスをマテリアは武器である剣を投げ出して身を捧げた。
アレッサンドロはユディトの膝に顔を埋める形となった。
「参ったな。こんな距離さえ、もう満足には歩けない」
と呟きながら顔を横向きにずらし、愛しい人を見つめるように頬に手を伸ばした。
「どうしてバレたって顔をしているね?夜中に無断で出かけ始めてからなんとなくね。修道士の首は一つも見つかっていないと聞いたから、機知に富んだ君だったらここに集めるんじゃないかなと思って」
アレッサンドロは咳き込みながら壁三方の蝋燭台に突き刺さった頭部を見回す。
「随分、集めさせたね。ごめん」
「我がやったことだ」
「いいや。オレの真意を君が読み取った。こいつらを殺してくれてありがとう」
「我が主はいつから嘘を覚えたのか」
ユディトは興ざめといった声色で、アレッサンドロを起こし長椅子に座らせる。
そして、サライやヨハネを押しのけて地下礼拝堂を出ていこうとした。
「逃げるのか?じいちゃんの首を弄んでいおいて」
「賢婦様。いつぞやの再戦をしよう。今夜はともにレナトゥス連れだ。その身体、くだいてやるぜ」
と二人で口々に言うが、ユディトは完全無視だった。
「おいっ!!」
サライが声を荒げる。
その半分にも満たない声量でアレッサンドロが、
「絵ができた」
すると、ユディトがぴたりと立ち止まる。
「あの……」
アンジェロが、動かなくなったマテリアに駆け寄って行った。
その背中に訴えかける。
「アレッサンドロさんは、修道士個人を憎んでいるんじゃなくて、思想を憎んでいるだと思います。だから、もう修道士殺しは終わりにしましょう」
ゆっくりと振り向いたユディトがアンジェロの額を小突く。
「黙れ。部外者」
と言いたいらしい。
物凄い勢いで跳ね飛ばされたアンジェロは、サライとヨハネの上に落ちてくる。
それでも、アンジェロは立ち上がってまたユディトに訴えようとする。
「口惜しいのはよくわかります。ボッティチェリさんは、サヴォナローラという修道士さえいなければ、何十枚と後世に残る大作を残したはずですから。でも、今、現世でアレッサンドロさんとして生きています。そこは忘れないでいてあげてください」
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