3 / 10
case1 A区――地図の順に辿ると、一人消える。
第三章 菊が丘|地下通路の声
しおりを挟む
これは、福岡県のとある政令指定都市A区を地図順に辿る記録である。
順路は偶然ではない。入口から出口へ、通過点から通過点へ。
読み進めるたび、同行者は減る。
注意:章と章の間に挟まる《移動記録》は、必ず飛ばさずに読まれたい。
そこで人数が調整される。
菊が丘にある地下通路では、奇妙な教えがある。
……それは、自分の声に返事をしてはいけないというもの。
その通路は、モノレールの駅と住宅地をつなぐだけの短いものだ。
昼間は学生や買い物帰りの主婦が行き交うなど、特別なところは何もない。
……だが、終電後、照明が間引かれる時間になると、性質が変わる。
今回の同行者は、もう一人だけだった。
互いの名前を呼ばないよう、視線だけで合図をして薄白い通路へ入る。
……足音が、異様に大きく響いた。それに壁が近い。
照明のせいか、距離以上に空間が狭く感じられる。
通路の途中に、分岐がある。
どちらも同じ方向へ出るはずだが、右は緩やかな下り、左は平坦だ。
……私は右を選んだ。理由はない。
ただ、その時は下に行く方が安全だと錯覚した。
……数歩進んだところで、背後から声がした。
「……今、呼びました?」同行者の声だった。
私は首を振る。呼んでいない。
だが、その声は確かに、彼のものと同じだった。抑揚も、間も、癖も。
……もう一度、声がする。
「ちょっと、待ってください」
今度は、前方からだった。
距離感が狂う。声は反響しているのではない。
通路そのものが話しているように感じられた。
此の菊が丘の地下通路は、かつて防空壕の一部だったという話がある。
正式な記録は残っていないが、掘り直しや補修の際に
手掘りで造られた用途不明の空間がいくつも見つかったらしい。
……私は考察する。
菊が丘の地下通路は確かに人の移動を目的とした場所だ。
だが、それだけではない。人を通して、声を集める場所ではないだろうか。
だから、名前を呼ぶ。返事をさせる。
……返事をした声は、ここに残る。
足音が、後ろで増えた。 一人分ではない。複数だ。
…………だが、振り返ってはいけないと、直感が告げていた。
「おーい」自分の声がした。はっきりと、私の声だった。
喉が勝手に動き、返事をしそうになる。
歯を食いしばり、無理やり黙る。代わりに、歩幅を広げた。
歩幅を広げたその先に、出口の光が見える。
だが、その光が近づかない。
時間が引き延ばされている感覚だ。歩いても歩いても、距離が縮まらない。
……そのうち、同行者の足音が消えた。
代わりに、私の足音が二重に聞こえる。
…………理解した。
ここでは、一人しか出られない。……声を返さなかった者だけが。
最後に、背後から囁きがした。
「……置いていかないで」
私は答えなかった。答えずに光の先へと再び歩を進める。
次の瞬間、通路を抜け、夜風に晒されていた。
振り返ると、例の菊が丘の地下通路だ。出口には何の変哲もない。
……ただ、時計を見ると、同行していたはずの時間帯が存在しなかった。
翌日以降、その通路で事故や事件があったという話は聞かなかった。
だが、夜になると、誰もいないはずの通路から、返事を待つ声がするという。
________________________________________
《移動記録Ⅲ》
菊が丘を抜ける。同行は、いない。
地図には次の目的地が記されている。
……だが、誰がそれを書いたのか、思い出せない。
________________________________________
順路は偶然ではない。入口から出口へ、通過点から通過点へ。
読み進めるたび、同行者は減る。
注意:章と章の間に挟まる《移動記録》は、必ず飛ばさずに読まれたい。
そこで人数が調整される。
菊が丘にある地下通路では、奇妙な教えがある。
……それは、自分の声に返事をしてはいけないというもの。
その通路は、モノレールの駅と住宅地をつなぐだけの短いものだ。
昼間は学生や買い物帰りの主婦が行き交うなど、特別なところは何もない。
……だが、終電後、照明が間引かれる時間になると、性質が変わる。
今回の同行者は、もう一人だけだった。
互いの名前を呼ばないよう、視線だけで合図をして薄白い通路へ入る。
……足音が、異様に大きく響いた。それに壁が近い。
照明のせいか、距離以上に空間が狭く感じられる。
通路の途中に、分岐がある。
どちらも同じ方向へ出るはずだが、右は緩やかな下り、左は平坦だ。
……私は右を選んだ。理由はない。
ただ、その時は下に行く方が安全だと錯覚した。
……数歩進んだところで、背後から声がした。
「……今、呼びました?」同行者の声だった。
私は首を振る。呼んでいない。
だが、その声は確かに、彼のものと同じだった。抑揚も、間も、癖も。
……もう一度、声がする。
「ちょっと、待ってください」
今度は、前方からだった。
距離感が狂う。声は反響しているのではない。
通路そのものが話しているように感じられた。
此の菊が丘の地下通路は、かつて防空壕の一部だったという話がある。
正式な記録は残っていないが、掘り直しや補修の際に
手掘りで造られた用途不明の空間がいくつも見つかったらしい。
……私は考察する。
菊が丘の地下通路は確かに人の移動を目的とした場所だ。
だが、それだけではない。人を通して、声を集める場所ではないだろうか。
だから、名前を呼ぶ。返事をさせる。
……返事をした声は、ここに残る。
足音が、後ろで増えた。 一人分ではない。複数だ。
…………だが、振り返ってはいけないと、直感が告げていた。
「おーい」自分の声がした。はっきりと、私の声だった。
喉が勝手に動き、返事をしそうになる。
歯を食いしばり、無理やり黙る。代わりに、歩幅を広げた。
歩幅を広げたその先に、出口の光が見える。
だが、その光が近づかない。
時間が引き延ばされている感覚だ。歩いても歩いても、距離が縮まらない。
……そのうち、同行者の足音が消えた。
代わりに、私の足音が二重に聞こえる。
…………理解した。
ここでは、一人しか出られない。……声を返さなかった者だけが。
最後に、背後から囁きがした。
「……置いていかないで」
私は答えなかった。答えずに光の先へと再び歩を進める。
次の瞬間、通路を抜け、夜風に晒されていた。
振り返ると、例の菊が丘の地下通路だ。出口には何の変哲もない。
……ただ、時計を見ると、同行していたはずの時間帯が存在しなかった。
翌日以降、その通路で事故や事件があったという話は聞かなかった。
だが、夜になると、誰もいないはずの通路から、返事を待つ声がするという。
________________________________________
《移動記録Ⅲ》
菊が丘を抜ける。同行は、いない。
地図には次の目的地が記されている。
……だが、誰がそれを書いたのか、思い出せない。
________________________________________
0
あなたにおすすめの小説
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる