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case1 A区――地図の順に辿ると、一人消える。
第四章 僧根干潟|潮が引かない夜
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これは、福岡県のとある政令指定都市A区を地図順に辿る記録である。
順路は偶然ではない。入口から出口へ、通過点から通過点へ。
読み進めるたび、同行者は減る。
注意:章と章の間に挟まる《移動記録》は、必ず飛ばさずに読まれたい。
そこで人数が調整される。
僧根干潟では、潮が引いたことを確認してはいけない。
干潟は、本来なら昼と夜で潮の満ち引きを繰り返す。
……だが、地元では古くから言われている。
夜の僧根干潟は、引かない、と。
私は一人で、深夜の干潟へ向かった。
……地図上では、ここが次の地点だった。
沖合いは約5km、面積は約520haと西日本でも最大規模の此の干潟を指し示す。
……だが、地図はもう役に立たない。
周囲の道の角度が合わず、距離も縮まらない。
歩くほどに、周囲から人工物が消えていく。
……気がつくと、足元は泥だった。
秋の月明かりに照らされた干潟が、静かに広がっている。
波の音は聞こえない。……代わりに、水が動かない音があった。
岸辺には、杭が立っている。この辺りは漁業も盛んだ。
きっと、漁の目印なのだろう。
……だが、その数が多すぎた。
等間隔で並び、奥へ奥へと続いている。
まるで、数を揃えるための印のようだった。
……私は考察する。
干潟は境界だ。陸でも海でもない、いわゆる中間に位置している。
人が減ったあと、最後に余るのは、境界に立つ存在なのではないか。
足元で、水が動いた。……引いている。
そう思った瞬間、背後で足音がした。
……ぬち、……ぬち、と泥を踏む音。
振り返ると、誰もいない。
……だが、足跡は増えている。
それも一人分ではない。複数だ。
……ぬち、……ぬち、 ……ぬち、……ぬち。
次々と、足跡が増えていく。
……そして、足跡のどれもが、私と同じ歩幅だった。
暗がりの中、私は潮位標を見る。
……数値が、下がらない。
しかし、眼下では水面が後退している。……矛盾が、視界を歪ませる。
混乱する中、私は干潟から離れようと歩を急ぐ。
……しかし、不幸にも干潟の中央で、足が止まった。
前にも後ろにも進めない。引いたはずの水が、足首を掴んでいる。
その刹那、泥の中から、ある声がした。
「……まだ、数が合わない」
……私はようやく理解した。
此の干潟は、人を集める場所ではない。人の残りを溶かす場所だ。
これまでに消えた者たちは、ここで均されたのだ。
……月が雲に隠れ、……視界が暗くなる。
足元の感覚が……、曖昧になり、
……自分の輪郭が崩れていく。
そのとき、遠くで何かサイレンが鳴った。
……現実の音だ。
私は必死に岸へと戻った。どれくらい歩いたのか分からないくらい。
ただ、ひたすらに、干潟を背に歩き続けるしかなかった。
……気づくと、舗装路に倒れていた。朝だった。
帰宅後に見たニュースでは、干潟に異常はなかったと報じられていた。
潮位も、通常通りだと。
……だが、靴底には、乾いた干潟の泥が残っている。
そして干潟の泥は、何人分もの足跡を残していた。
________________________________________
《移動記録Ⅳ》
僧根干潟を離れる。 人数の概念が曖昧になる。
次の地点までの距離が、測れない。 地図は、白紙に近づいている。
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順路は偶然ではない。入口から出口へ、通過点から通過点へ。
読み進めるたび、同行者は減る。
注意:章と章の間に挟まる《移動記録》は、必ず飛ばさずに読まれたい。
そこで人数が調整される。
僧根干潟では、潮が引いたことを確認してはいけない。
干潟は、本来なら昼と夜で潮の満ち引きを繰り返す。
……だが、地元では古くから言われている。
夜の僧根干潟は、引かない、と。
私は一人で、深夜の干潟へ向かった。
……地図上では、ここが次の地点だった。
沖合いは約5km、面積は約520haと西日本でも最大規模の此の干潟を指し示す。
……だが、地図はもう役に立たない。
周囲の道の角度が合わず、距離も縮まらない。
歩くほどに、周囲から人工物が消えていく。
……気がつくと、足元は泥だった。
秋の月明かりに照らされた干潟が、静かに広がっている。
波の音は聞こえない。……代わりに、水が動かない音があった。
岸辺には、杭が立っている。この辺りは漁業も盛んだ。
きっと、漁の目印なのだろう。
……だが、その数が多すぎた。
等間隔で並び、奥へ奥へと続いている。
まるで、数を揃えるための印のようだった。
……私は考察する。
干潟は境界だ。陸でも海でもない、いわゆる中間に位置している。
人が減ったあと、最後に余るのは、境界に立つ存在なのではないか。
足元で、水が動いた。……引いている。
そう思った瞬間、背後で足音がした。
……ぬち、……ぬち、と泥を踏む音。
振り返ると、誰もいない。
……だが、足跡は増えている。
それも一人分ではない。複数だ。
……ぬち、……ぬち、 ……ぬち、……ぬち。
次々と、足跡が増えていく。
……そして、足跡のどれもが、私と同じ歩幅だった。
暗がりの中、私は潮位標を見る。
……数値が、下がらない。
しかし、眼下では水面が後退している。……矛盾が、視界を歪ませる。
混乱する中、私は干潟から離れようと歩を急ぐ。
……しかし、不幸にも干潟の中央で、足が止まった。
前にも後ろにも進めない。引いたはずの水が、足首を掴んでいる。
その刹那、泥の中から、ある声がした。
「……まだ、数が合わない」
……私はようやく理解した。
此の干潟は、人を集める場所ではない。人の残りを溶かす場所だ。
これまでに消えた者たちは、ここで均されたのだ。
……月が雲に隠れ、……視界が暗くなる。
足元の感覚が……、曖昧になり、
……自分の輪郭が崩れていく。
そのとき、遠くで何かサイレンが鳴った。
……現実の音だ。
私は必死に岸へと戻った。どれくらい歩いたのか分からないくらい。
ただ、ひたすらに、干潟を背に歩き続けるしかなかった。
……気づくと、舗装路に倒れていた。朝だった。
帰宅後に見たニュースでは、干潟に異常はなかったと報じられていた。
潮位も、通常通りだと。
……だが、靴底には、乾いた干潟の泥が残っている。
そして干潟の泥は、何人分もの足跡を残していた。
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《移動記録Ⅳ》
僧根干潟を離れる。 人数の概念が曖昧になる。
次の地点までの距離が、測れない。 地図は、白紙に近づいている。
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