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case1 A区――地図の順に辿ると、一人消える。
番外一 消えた小学校|校歌を最後まで歌ってはいけない
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この本は、福岡県のとある政令指定都市A区を地図順に辿る記録である。
順路は偶然ではない。入口から出口へ、通過点から通過点へ。
読み進めるたび、同行者は減る。
この物語は、地図順に辿る記録の番外編である。
その小学校は、地図から消えている。
正式名称を覚えている者はいない。
かつて通っていたという人も、校名だけが思い出せない。
場所についても同じだ。此の街のどこか、としか言えない。
だが、校歌だけは残っている。
私がそれを聞いたのは、平乃台から戻ってしばらくしてからだった。
飲み屋で隣に座った初老の男が、酔った拍子に口ずさんだ。
「二番までしか、歌っちゃいかんのやけどな」
理由を聞くと、男は急に黙り込み、泡の残るグラスを伏せた。
その小学校は、決して統廃合で閉校になったのではない。
……在籍者が揃わなくなったのだという。
とある年度途中で児童が減り始め、
転校でも引っ越しでも説明がつかない欠席が増えた。
出席簿の名前と、教室の人数が合わない。
其の教師は毎朝、数え直した。
……それでも、合うことはなかった。
異変に気付いたのは最後の年のこと。
校歌の三番が問題になった。
……其の歌詞は単純だった。
『――みんなそろって あしたへいこう。』
その「みんな」が、誰を指すのか分からなくなった。
卒業式の練習で、三番まで歌ったクラスがあった。
その日の午後、名簿から二人分の名前が消えた。
書き換えた覚えはない。だが、最初から載っていなかったように見える。
以来、校内では申し合わせができた。
校歌は二番まで。三番は禁止。
それでも、数は減り続けた。
写真から人が消え、運動会の映像が不自然に編集されたようになる。
最後は、学校という単位が維持できなくなるまで減り続けた。
……私は考察する。
学校とは、人数を固定する装置だ。
学年、組、名簿。
その装置が壊れたとき、歌は最後の確認になる。
だから三番を歌ってはいけない。
「そろっている」と宣言してしまうからだ。
男は言った。
「三番まで歌ったらな、帰る人数が減るんよ」
それきり、男は校歌を口ずさまなくなった。
後日、私は件の場所を探した。
航空写真にも、古地図にも、学校は見つからない。
ただ、住宅地の一角に、不自然に広い空き地があった。
そこでは、子どもの声がしない。
だが、風が吹くと、二番の終わりまでの旋律だけが聞こえる気がした。
順路は偶然ではない。入口から出口へ、通過点から通過点へ。
読み進めるたび、同行者は減る。
この物語は、地図順に辿る記録の番外編である。
その小学校は、地図から消えている。
正式名称を覚えている者はいない。
かつて通っていたという人も、校名だけが思い出せない。
場所についても同じだ。此の街のどこか、としか言えない。
だが、校歌だけは残っている。
私がそれを聞いたのは、平乃台から戻ってしばらくしてからだった。
飲み屋で隣に座った初老の男が、酔った拍子に口ずさんだ。
「二番までしか、歌っちゃいかんのやけどな」
理由を聞くと、男は急に黙り込み、泡の残るグラスを伏せた。
その小学校は、決して統廃合で閉校になったのではない。
……在籍者が揃わなくなったのだという。
とある年度途中で児童が減り始め、
転校でも引っ越しでも説明がつかない欠席が増えた。
出席簿の名前と、教室の人数が合わない。
其の教師は毎朝、数え直した。
……それでも、合うことはなかった。
異変に気付いたのは最後の年のこと。
校歌の三番が問題になった。
……其の歌詞は単純だった。
『――みんなそろって あしたへいこう。』
その「みんな」が、誰を指すのか分からなくなった。
卒業式の練習で、三番まで歌ったクラスがあった。
その日の午後、名簿から二人分の名前が消えた。
書き換えた覚えはない。だが、最初から載っていなかったように見える。
以来、校内では申し合わせができた。
校歌は二番まで。三番は禁止。
それでも、数は減り続けた。
写真から人が消え、運動会の映像が不自然に編集されたようになる。
最後は、学校という単位が維持できなくなるまで減り続けた。
……私は考察する。
学校とは、人数を固定する装置だ。
学年、組、名簿。
その装置が壊れたとき、歌は最後の確認になる。
だから三番を歌ってはいけない。
「そろっている」と宣言してしまうからだ。
男は言った。
「三番まで歌ったらな、帰る人数が減るんよ」
それきり、男は校歌を口ずさまなくなった。
後日、私は件の場所を探した。
航空写真にも、古地図にも、学校は見つからない。
ただ、住宅地の一角に、不自然に広い空き地があった。
そこでは、子どもの声がしない。
だが、風が吹くと、二番の終わりまでの旋律だけが聞こえる気がした。
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