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面会時間がもうそろそろ終わるってタイミングで、病室のドアがノックされた。
こんこん、というよりごんごんって感じで。
「沙羅!…あれ、建都君?」
「あ、穂乃果さん。お邪魔してます。」
「あら、ありがとう…。よかった。」
汗をかいた穂乃果さん。
スーツのまま、走ってきたんだろうな。
膝をわななかせつつ、穂乃果さんが驚いた顔をする。
「今日はずっと建都と話してたよ。だから寂しくなかった。」
「ほんと?よかった…。建都君にはお世話になりっぱなしだわ。」
そう言いつつ、穂乃果さんの視線はずっと沙羅を追っている。
「これね、プリン買ってきたの。二つあるから、沙羅と建都君でひとつずつどうぞ。」
「え、いやいや。俺は急に来させてもらっただけなので。お気になさらず。」
「いいのよ。気持ちだと思って受け取って。」
「じ、じゃあ…。ありがとうございます。」
多分穂乃果さんと沙羅で食べる予定だったプリン。
片っぽをありがたくもらって、二人で味わった。
「じゃあ、俺はそろそろ帰らないと。」
面会が終わる5分前、病院内でアナウンスが流れた。
こんな仕組みなのか。
夕方までいたことがなかったから知らなかった。
でも沙羅たちにとっては日常らしい。
穂乃果さんも後ろ髪をひかれるように立ち上がった。
「あの、俺、明日も来てもいいですか?」
穂乃果さんに言ったのか、沙羅に言ったのか。
自分でもよくわからない。
「うん。また来てほしい。」
呆気にとられる穂乃果さんとは対照的に、静かに、沙羅はそう言った。
相変わらず真っすぐな目で。
「もちろん。いつでも来てちょうだい。」
穂乃果さんも続いた。
「穂乃果から聞いたわよ。今日、お見舞い行ったのね。」
俺が家に帰って、そのあと母さんが帰ってきた。
特に喜ぶでも驚くでもなく、淡々とした声で母さんが言う。
「久しぶりの沙羅ちゃんはどうだった?」
「元気になってた。前の沙羅とはちょっと違うところもあるけど、活発な感じが戻ってきてると思う。」
「そう。」
「でも、穂乃果さんが心配だった。」
「え?」
「あんまりお見舞い行けてないみたい。お仕事なんだと思うけど。」
「あぁ、そうかもしれないわ。」
「沙羅も寂しそうだったし、面会終了時間ぎりぎりになって慌てて走ってきた穂乃果さんみたらちょっと悲しくなった。」
「私ももうちょっとお見舞い行けるようにするわ。」
「うん。」
母さんが夕飯を作ってくれている傍らそんな話をしていると、父さんが帰ってきた。
「あら、おかえり。」
「おかえりなさい。」
「おう、ただいま。」
母さんが帰ってきて父さんが帰ってきて、いつもの家の空気が生まれる。
一人でいると怖いけど、三人でいると安心する。
夕食を食べながら、父さんにも報告した。
「今日、沙羅のお見舞いに行ってきたんだ。」
父さんは母さんと違って驚いた顔をする。
「おお、そうか。どうだったんだ?」
「沙羅、だいぶ前みたいな感じになってたよ。ひらがなを全部覚えたって。」
「おお、すごいな。」
「俺も頑張らなくちゃって、思った。」
「そうか。」
ふと、いつもより饒舌になってる自分に気づく。
最近感じていた喉がつっかえる感覚はなくなっていた。
風呂に入ってるとき、俺は考えた。
自分の進路決定を棚に上げて沙羅の心配をしている時が一番気が楽なんだな。
ふぅ、とため息を吐いたところで、リビングから声がした。
「だから、あんまりよくないんじゃないのか。」
「いや、穂乃果も沙羅もそんなことしないわ。」
「だとしても、今の建都は偏った見方をする可能性があるだろう。」
「もしそうだとしても、建都は自分で軌道修正できるはずよ。」
内容をちゃんとつかむことはできなかったけど、俺について話してるんだろうなってことはわかる。
喧嘩してるわけではなさそう。
だけど、ちょっと風呂から出るのは気まずい。
一人っ子だとこういうときが困るんだよな。
なんとなく怠くて、俺はいつもより長風呂した。
次の日の朝早く、俺は沙羅の病院へと自転車で出発した。
平日の通勤ラッシュにまぎれてると、自分も社会の一員になった気がしてちょっと気が楽になる。
現実逃避でしかないのはわかってるけど、こうでもしないと心が壊れそうだと思った。
鳥の卵を親鳥が抱えるみたいに、ずっと適温にあっためておかないと死んじゃいそうになる。
「あっつ!」
太陽に文句を言いながらひたすら自転車を漕いで、昨日より早く病院に着いた。
まだ影のない駐輪場に自転車を停めて、沙羅の病室まで走った。
こんこん、というよりごんごんって感じで。
「沙羅!…あれ、建都君?」
「あ、穂乃果さん。お邪魔してます。」
「あら、ありがとう…。よかった。」
汗をかいた穂乃果さん。
スーツのまま、走ってきたんだろうな。
膝をわななかせつつ、穂乃果さんが驚いた顔をする。
「今日はずっと建都と話してたよ。だから寂しくなかった。」
「ほんと?よかった…。建都君にはお世話になりっぱなしだわ。」
そう言いつつ、穂乃果さんの視線はずっと沙羅を追っている。
「これね、プリン買ってきたの。二つあるから、沙羅と建都君でひとつずつどうぞ。」
「え、いやいや。俺は急に来させてもらっただけなので。お気になさらず。」
「いいのよ。気持ちだと思って受け取って。」
「じ、じゃあ…。ありがとうございます。」
多分穂乃果さんと沙羅で食べる予定だったプリン。
片っぽをありがたくもらって、二人で味わった。
「じゃあ、俺はそろそろ帰らないと。」
面会が終わる5分前、病院内でアナウンスが流れた。
こんな仕組みなのか。
夕方までいたことがなかったから知らなかった。
でも沙羅たちにとっては日常らしい。
穂乃果さんも後ろ髪をひかれるように立ち上がった。
「あの、俺、明日も来てもいいですか?」
穂乃果さんに言ったのか、沙羅に言ったのか。
自分でもよくわからない。
「うん。また来てほしい。」
呆気にとられる穂乃果さんとは対照的に、静かに、沙羅はそう言った。
相変わらず真っすぐな目で。
「もちろん。いつでも来てちょうだい。」
穂乃果さんも続いた。
「穂乃果から聞いたわよ。今日、お見舞い行ったのね。」
俺が家に帰って、そのあと母さんが帰ってきた。
特に喜ぶでも驚くでもなく、淡々とした声で母さんが言う。
「久しぶりの沙羅ちゃんはどうだった?」
「元気になってた。前の沙羅とはちょっと違うところもあるけど、活発な感じが戻ってきてると思う。」
「そう。」
「でも、穂乃果さんが心配だった。」
「え?」
「あんまりお見舞い行けてないみたい。お仕事なんだと思うけど。」
「あぁ、そうかもしれないわ。」
「沙羅も寂しそうだったし、面会終了時間ぎりぎりになって慌てて走ってきた穂乃果さんみたらちょっと悲しくなった。」
「私ももうちょっとお見舞い行けるようにするわ。」
「うん。」
母さんが夕飯を作ってくれている傍らそんな話をしていると、父さんが帰ってきた。
「あら、おかえり。」
「おかえりなさい。」
「おう、ただいま。」
母さんが帰ってきて父さんが帰ってきて、いつもの家の空気が生まれる。
一人でいると怖いけど、三人でいると安心する。
夕食を食べながら、父さんにも報告した。
「今日、沙羅のお見舞いに行ってきたんだ。」
父さんは母さんと違って驚いた顔をする。
「おお、そうか。どうだったんだ?」
「沙羅、だいぶ前みたいな感じになってたよ。ひらがなを全部覚えたって。」
「おお、すごいな。」
「俺も頑張らなくちゃって、思った。」
「そうか。」
ふと、いつもより饒舌になってる自分に気づく。
最近感じていた喉がつっかえる感覚はなくなっていた。
風呂に入ってるとき、俺は考えた。
自分の進路決定を棚に上げて沙羅の心配をしている時が一番気が楽なんだな。
ふぅ、とため息を吐いたところで、リビングから声がした。
「だから、あんまりよくないんじゃないのか。」
「いや、穂乃果も沙羅もそんなことしないわ。」
「だとしても、今の建都は偏った見方をする可能性があるだろう。」
「もしそうだとしても、建都は自分で軌道修正できるはずよ。」
内容をちゃんとつかむことはできなかったけど、俺について話してるんだろうなってことはわかる。
喧嘩してるわけではなさそう。
だけど、ちょっと風呂から出るのは気まずい。
一人っ子だとこういうときが困るんだよな。
なんとなく怠くて、俺はいつもより長風呂した。
次の日の朝早く、俺は沙羅の病院へと自転車で出発した。
平日の通勤ラッシュにまぎれてると、自分も社会の一員になった気がしてちょっと気が楽になる。
現実逃避でしかないのはわかってるけど、こうでもしないと心が壊れそうだと思った。
鳥の卵を親鳥が抱えるみたいに、ずっと適温にあっためておかないと死んじゃいそうになる。
「あっつ!」
太陽に文句を言いながらひたすら自転車を漕いで、昨日より早く病院に着いた。
まだ影のない駐輪場に自転車を停めて、沙羅の病室まで走った。
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