隠し称号『追放されし者』が欲しい勇者はパーティーみんなに引き留められる(なおそんな称号はない)

なつのさんち

文字の大きさ
18 / 26

18:執務室にて

しおりを挟む
 テーヴァスが執務室へ入ると、レリックが入り口付近の壁に背を向けて立っていた。

「いつも言っているだろう、座って待てと」

 侯爵家当主の執務室ともなれば、来客用のソファーやテーブルも用意してある。主に待たされている客を見れば侍女達も茶の一杯も淹れるだろう。
 レリックは侍女の勧めを断り、立って待機していた。

「いえ、部屋で待たせて頂いただけで十分光栄でございます」

 まるで上官を前にした下士官のような態度。その表情には僅かながら緊張の色が見える。

「楽にしたまえ。堅苦しいのは嫌いだと知っているだろう。
 ほれ、こちらへ来て座れ。このやり取りをしている時間を取らすな」

「はっ! 申し訳なく……」

「いいから座れほら」

 テーヴァスはシオンが勇者として旅立つにあたり、息子を支えてやってほしいと直接レリックへパーティーへの加入を打診した。
 レリックはその要請を受け入れ、所属していた秘密部隊“ヴァイスカー”の副隊長を辞任。そして今に至る。

「報告を聞こう」

 レリックがソファーに座り、侍女がティーカップを配膳して執務室を出た後、テーヴァスが本題を口にする。

「はっ。私が第一王女殿下付き侍女、フルール様よりお聞きした内容について報告致します。
 シオン様が王城にて殿下とご面談された際、お二人の間でスキルについての話になったようです」

 テーヴァスはフルールと面識があり、何度もこの屋敷に遊びに来ている。テーヴァスにとってフルールからもたらされた報告は信頼に値するものである。

「スキルか」

「はっ。今回の王都帰還について、シオン様がお一人でウォータードラゴンを倒せるようになる為のヒントを得るという名目で話を進めました。
 王城の宝物庫にある書物であればそれらしいものが手に入るのではと、殿下とのご面談へ向けて調整した次第です」

「ウォータードラゴン? 私でも一人では厳しい相手だぞ」

 聞かせるつもりで出た言葉ではないその言葉に、レリックが激しく反応を見せる。

「そんな!? 閣下であれば瞬く間に片付けてしまうに違いありません!
 現にご子息であらせられるシオン様は、あと少しという所まで一人で戦っておられました!!」

 身振り手振りを交えて興奮して話すレリック。今にも立ち上がりそうな勢いだ。

「ほう、我が息子ながらなかなか頼もしい話だな。しかしレリック、落ち着け」

「も、申し訳ございません」

 構わん、と手をひらひらと振るテーヴァス。このやり取りは幾度となく行われており、テーヴァスの対応も慣れたものだ。

 レリックは元々行商人の息子として生まれた。家族三人でレオーネ王国内を転々としていたが、旅の途中で魔物の群れに襲われた。
 その際にたまたま通りかかった当時の勇者パーティーに助けられたのだ。
 残念ながら両親は助からなかったが、レリックは勇者テーヴァスの勧めで孤児院へ入る事になった。フォルツァ侯爵家が支援を行っている孤児院で、直接の運営はレリヒー教会が行っている。
 テーヴァスへの憧れから日々身体を動かしたり、魔法を習得すべく鍛錬に勤しんだ結果、秘密部隊という教会の実行部隊への入隊を許された。
 つまり、レリックにとってテーヴァスは命の恩人であり、憧れの英雄なのである。

「ウォータードラゴンに一人で立ち向かい、大きな怪我はなかったという事か。勇敢なのか向こう見ずなのか……」

「シオン様はご立派に勇者の務めを果たそうとされております。しかし、スキルを持っていないという思い込みが負の影響を及ぼす可能性があるのも事実」

「そうだな、それについてはいずれシオンに話さねばならん。しかし、今ではない」

 自ら稽古を付け、複数の家庭教師を使ってマナーから勉強から叩き込んで育てた。
 しかしまだ十歳の子供。疑う事を知らぬ性格も相まって、悪意に対して鈍感であると言わざるを得ない。
 今は勇者パーティーという小さく薄い保護膜を通して世界に触れさせ、慣らしてやる事こそ優先すべきか。

(追放される事によってスキルを得る、か)

 実際にお膳立てしてスキルを得たという状況を作ってやるのも手かもしれないが、すでに手にしているスキルはパーティーの能力を著しく向上させるというもの。
 仲間から追放されたシオンが仲間の能力に働きかけるスキルを手に入れるというのは、皮肉な昔話のようでしっくり来ない。

「ううむ、この件は保留としてしばらく様子を見てくれ」

「はっ、畏まりました」

 テーヴァスは問題を先送りにした。頭よりも身体を使う事の方が多い勇者だったのだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる

街風
ファンタジー
「お前を追放する!」 ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。 しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。

防御力を下げる魔法しか使えなかった俺は勇者パーティから追放されたけど俺の魔法に強制脱衣の追加効果が発現したので世界中で畏怖の対象になりました

かにくくり
ファンタジー
 魔法使いクサナギは国王の命により勇者パーティの一員として魔獣討伐の任務を続けていた。  しかし相手の防御力を下げる魔法しか使う事ができないクサナギは仲間達からお荷物扱いをされてパーティから追放されてしまう。  しかし勇者達は今までクサナギの魔法で魔物の防御力が下がっていたおかげで楽に戦えていたという事実に全く気付いていなかった。  勇者パーティが没落していく中、クサナギは追放された地で彼の本当の力を知る新たな仲間を加えて一大勢力を築いていく。  そして防御力を下げるだけだったクサナギの魔法はいつしか次のステップに進化していた。  相手の身に着けている物を強制的に剥ぎ取るという究極の魔法を習得したクサナギの前に立ち向かえる者は誰ひとりいなかった。 ※小説家になろうにも掲載しています。

召しませ、私の旦那さまっ!〜美醜逆転の世界でイケメン男性を召喚します〜

紗幸
恋愛
「醜い怪物」こそ、私の理想の旦那さま! 聖女ミリアは、魔王を倒す力を持つ「勇者」を召喚する大役を担う。だけど、ミリアの願いはただ一つ。日本基準の超絶イケメンを召喚し、魔王討伐の旅を通して結婚することだった。召喚されたゼインは、この国の美醜の基準では「醜悪な怪物」扱い。しかしミリアの目には、彼は完璧な最強イケメンに映っていた。ミリアは魔王討伐の旅を「イケメン旦那さまゲットのためのアピールタイム」と称し、ゼインの心を掴もうと画策する。しかし、ゼインは冷酷な仮面を崩さないまま、旅が終わる。 イケメン勇者と美少女聖女が織りなす、勘違いと愛が暴走する異世界ラブコメディ。果たして、二人の「愛の旅」は、最高の結末を迎えるのか? ※短編用に書いたのですが、少し長くなったので連載にしています ※この作品は、小説家になろう、カクヨムにも掲載しています

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

処理中です...