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第四章:勇者選定

33:勇者選定の巫女

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 300名弱がそれぞれ魔石を握りしめて魔力を注ぎ込む光景。うん、面白くも何ともない。

 視察という名目でこの高いテラスから見下ろしているが、正直何を見ればいいのか分からない。
 僕がここに座らされている理由としては、王家に連なる者としての自覚を促す為と、側仕えに相応しい同い年の人物を探す為。正直側仕え、もとい側室候補選びは乗り気じゃないんだよな。
 公爵家嫡男なんだから側室や妾の1人や2人、と周りがやいやい言って来るが、いやそもそも実の父親も公爵家当主も正妻1人のみじゃないか。何でそんなに僕にだけ女の人を押し付けようとするのか。

 だいたいアンジェルだって専属メイドから婚約者にランクアップしたけどさ、女性としてとても魅力的だし、気心知れてるし、僕の事を好意的に見てくれているのを感じるし、僕としても恋愛うんぬんは別として大事な人だと思っているから納得している訳であって、ほらこの女の子どう? って全く知らない人を連れて来られても、分からないよね。

 あまりに視察が退屈で、ボーッと考え事をしている間に試験は終了していたようだ。

「マクシムという男の子はリューの友達であったな? あれはなかなかいい魔力量のようだわい」

 国王陛下こと、おじいちゃんがマクシムの名を口にする。僕と共に、アンジェルとフィルマンの教えを受けたマクシムは、他の受験者とは比較にならないほどの魔力量を保有している。
 実際、ケイオスワールドの主人公マクシムの初期パラメータを遥かに凌駕するポテンシャルを持っているはずだ。ステータスが見えないからはっきりとは判断出来ないけど。

「マクシムには及びませぬが、女児の中にも素質のある子がおりましたな」

 シャルパンティエ侯爵こと、お爺様は女児を眺めていたと。いやはや、いいご趣味をお持ちのようで。
 ギロリと睨まれた。ゴメンナサイ……、ちょっとした冗談です。

「ほれ、ここに名前を書いておいたからお前から声を掛けて来なさい」

 お爺様から手渡された羊皮紙には、複数の女の子の名前が書き込まれていた。これは?

「お前の側仕えに相応しかろう女児の名を挙げておいた。後はお前が判断しなさい」

 お爺様が薦める女児をナンパして来い、と。はぁ……、何か生理的に嫌だ。何が嫌って女児って言い方が嫌。すっごい嫌。

「早く行かんか!」


 魔石を使った入学試験の合格ラインは、魔石に一定量の魔力を注ぐ事が出来るかどうかというもの。全ての人間が魔力を持っていると言っても過言ではないこの世界において、試験で見られるのは魔力の保有量、魔力を魔石へと注ぐ流量、そして魔力の操作精度だ。
 人間の身体をヤカン、魔石をコップに例えると、ヤカンの中に入っている水が保有量。ヤカンの注ぎ口の大きさが流量。そして、ヤカンの水を零さずにコップへと注ぐ事が出来るかどうかが操作精度だ。
 ヤカンの水が少なければコップは一杯にならないし、注ぎ口が小さく細ければ一杯にするのに時間が掛かる。ヤカンの中に水がたっぷり入っていたとしても、コップに対して正確に水を注ぐ能力がなければコップを満たす事は出来ない。
 全て兼ね備えられている事が望ましいが、いずれも学園入学後の訓練で多少は伸ばす事が可能なので問題ない。多少では何ともならんであろうと判断された受験者は、学園に通う事が出来ない。

「まだこんなところでグダグダしておるのか! 早く側室候補を選んで来い!! 3人でも4人でもよいぞ、もう学園の会議室に集めておいたからな」

 お爺様ったらせっかち。どうやら会議室にお爺様のお眼鏡にかなった人達がいるそうな。
 侯爵が選ぶ、孫の嫁に欲しい女児特集!! はぁ、本当に嫌だわ。

 会議室に向かう途中、念話でアンジェルを呼び出す。すでに妻になる予定の婚約者であるアンジェルが隣にいれば、側仕え候補の子達も過度な売り込みをして来る事はないだろう。

「ワタクシもお兄様の為に、一緒に側仕えの方をお選び致しますわ」

 アンジェルを呼んだらアンヌも付いて来た。本当に仲が良いのか悪いのか。アンヌの傍らには先日アンヌの側仕えを任命されたイレーヌが控えている。
 あの紅炎こうえんの魔女が悪役令嬢アンヌの側仕えとは、今でも信じられない。めちゃくちゃ仲が悪かった、というか最終的に殺し合いになる2人なのに、今は主と従者じゅうしゃの関係とは。
 今さら運命シナリオがどうのこうの言っている場合ではないのかもなぁ。

「リュー様は女性に、何をお求めになられますか?」

 アンジェルが会議室への道すがら、僕に女性のタイプを聞いて来る。僕の左腕を取り、その柔らか温かい感触を押し付けながらこんな事を聞いて来る婚約者は嫌だ。

「あらアンジェルお姉様、どうして今お兄様に好みの女性をお聞きになるのかしら?」

 アンヌが首を傾げてアンジェルに尋ねる。あぁそうか、アンヌは僕の側仕えイコール側室候補という発想がないのだろう。

「アンヌ、リュドヴィック様の側でお仕えをするという事は、将来的に妾や側室として迎えてもらえる可能性があるという事ですのよ。
 ちなみに私も、お父様から機会があれば……、そう言い含まれておりますの」

 そう告げて、僕の目を見つめてほほ笑むイレーヌ。慌てて僕とイレーヌの間に割り込むアンヌ。

「だ、ダメですわ! イレーヌ様はワタクシの側仕えですのよ、お役目をお忘れにならぬように!!」

「もちろんですわ、アンヌ。私の使命はあなたをお守りする事ですもの」

 イレーヌですらコレだもの。僕に近付く女性は貴族家当主の命を受けている可能性が高い。そう思っていては好きも好みも何もないよ。
 あぁ、別に僕の事を好きでしている訳じゃないんだろうなぁって考えるだけで、どこか空しくなってしまいそうだ。
 僕個人を見ている訳じゃなく、公爵家嫡男としての立場を見ているんだろう? なんて身構えていれば、本当に好意を寄せてくれている女性がいても、僕には見分けが付かないよ。
 はぁ……、何て童貞的な考えだろうか。前世の僕にある程度の女性経験があれば、ヤッホーハーレム万歳三唱をしていたかも知れないけれど。

 僕は別にハーレムなんて望んでないんだよ。周りが公爵家当主としての血筋を残してほしいと思っているだけで、僕個人としてはアンヌが幸せになってくれればそれでいいんだ。

「それでリュー様、どのような女性がお好みですか?」

 アンジェル、もういいから。


 会議室の扉を開け、中に入る。と、複数の女性がいるだろうと思っていた室内には、1人の女性が椅子に掛けているのみ。その女性は身なりからして貴族の子女と思われるが、どこか特別な雰囲気を感じる。涼し気というか、儚げというか、神秘的というか……、可愛いよりも美人という表現が似合う女の子だ。この子も12歳なんだろうか。

「初めまして、リュドヴィック様。私はコンスタンタン伯爵家次期当主、キトリーと申します」

 また出たよ、次はキトリーかよ。勇者選定の儀の要、選定の巫女じゃないか。もう驚く事さえ出来ないよ。早くも女伯爵家の登場かよ。シナリオを何年分前倒しするつもりだ。
 ケイオスワールドにて勇者選定の巫女として登場するキトリーは、腰まで伸びたプラチナブロンドの髪の毛が特徴的なヒロインだ。そうか、まだ勇者選定の儀まで年数があるから、そこまで伸びきっていないのか。
 クイクイッ、と左腕を引っ張られる。あ、挨拶してもらったのに無言でいたからか。

「初めまして、リュドヴィック・ドゥ・トルアゲデスと申します。……、それで、勇者選定を任されているコンスタンタン家が僕にどのような御用でしょうか?」

 場がシーンと静まる。そして、キトリーの口元が妖しくニヤリと歪む。

「へぇ~、うちの家が選定の巫女を輩出する家系だと、よく知ってるね? さすがはリューちゃん。次期公爵なだけあるね。
 じゃあ聞かなくてもボクの目的は知っているんじゃないの。もう、わざわざ女の子の口から聞きたいって事? やらし~」

 口に手を当て、ニヤニヤ笑いながら僕を指さすキトリー。
 いやいやちょっと待ってくれ、キトリーはこんなキャラじゃない! もっと神秘的で、もっと中性的で、もっと近寄りがたい雰囲気なキャラだったはずだ!!

「や、やらし~とはどういう事ですの!? そもそもワタクシ達はお兄様の側仕えを決める為にこの会議室へとやって来たのですわ、何故あなたしかおられないのですか? おかしいですわ!!」

 アンヌがキトリーに噛み付いている。僕の言いたい事を代弁してくれているので、たまには悪役令嬢っぽいアンヌも役に立つようだ。

「あら、君は公爵家ご令嬢のアンヌちゃんね? 何も君からお兄様を盗ろうっていうんじゃないんだから、落ち着いてね。
 それで、側仕えを決めるんだよね? 何故か、この場にはボクしかいないんだけど、仕方ないしもうボクに決めちゃえば?」

 そうだね、この場には君しかいないし、君に決めたっ!! ってなるか!!!
 イレーヌが必死でアンヌを羽交い絞めにしているが、そもそもイレーヌよりもアンヌの方が戦闘力が高い為、いつまで止めていられるか分からない。早くこの場を収めなくては。

「え~っと、事情は分からないけど、とりあえず落ち着こう。僕はシャルパンティエ侯爵閣下から、この部屋に側仕え候補の者達がいるから会って来なさいとのお言葉を頂戴してここにいる。
 で、キトリーはどうして学園都市へ? コンスタンタン伯爵家は王都での神事を司るお家だよね? 王立スタニスラス学園は国防を主にした教育機関だ、神事を行う為の魔法教育には適さないと思うんだけど」

「そう、一般的には代々王都で行われる神事を取り仕切る家系だと認識されるハズなんだよ、うちの家は。でもリューちゃんは勇者選定の儀、一般的には知られていないうちの役割を言い当てた。
 ちなみに、リューちゃん以外でうちが勇者選定の巫女の家だって知ってた人は手ぇ挙げて~、シ~ン」

 アンジェル、アンヌ、イレーヌは手を挙げず、僕の方を見ている。キトリーはそれを確認するまでもなく、この3人がその事実を知るはずがないと分かっていたようだ。
 ゲームでプレイしているから、僕は知っていた。その知るはずのない知識を、不用意に口にしてしまった。マズいな、何とかして誤魔化した方がいいんだろうか……。

「ま、知ってるなら知ってるでいいよ。知らないのなら説明しよう。うちの家系はね、女系なんだ。巫女の家だからね。勇者選定の儀での神事を任されている巫女、分かる?
 で、女伯爵たるボクの母上が言うに、スタニスラス様の血を継ぐ者とちぎれ、との事。アンヌちゃん、契るって分かる?」

 おい、セクハラすんな!

千切ちぎる? わ、ワタクシは千切られてしまうのですか!?」

 あ、そっか。アンヌにもスタニスラスの血は流れているもんな。って怯えさせるな!

「アンヌ、契るってのは子供を作るって事なのですわよ」

 イレーヌが側仕えとしてアンヌに説明をしている。おい、変に仕事すんな!

「ボクもちょうど12歳だしね、ここの学園の試験を受けたんだよ。コンスタンタン家に生まれた女子の使命は1つ。勇者選定の儀を巫女として取り仕切る事。
 そしてもう1つ、勇者選定の巫女は勇者の血筋を引いている必要がある。
 という事で、ボクはリューちゃんとの子供を産んで育てます!!」

 こら! 勝手に話を進めるな!! 巫女のそんな細かい裏設定知らないよ!?

「リュー様、あのような子がタイプですか?」

 アンジェルちょっと黙ってて!!!!

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