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1巻
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しおりを挟む序章
「リューお兄様、朝でございますわよ」
僕の寝室に、耳慣れた少女の声が響く。
あぁ、もうちょっとだけ寝かしといてくれないかい?
「お兄様、明日の朝起こしてくれと仰ったのはお兄様ですわよ?」
起きようとしない僕に、少女は呆れ混じりにそう言った。
確かにお願いしたけどさ、さすがに昨日は疲れたよ……。
高貴な生まれの方々がさ、みんなして僕に頭を下げて挨拶してくるんだ。緊張しっぱなしで、なかなか寝付けなかったんだよ。
「高貴な方々? お兄様以上に高貴な方の来賓はなかったはずですわ」
そりゃ僕の本来の身分からしたらそうだよ、そうなんだけどさ。あんなに大勢からペコペコされるなんて居心地が悪くて、しばらくは慣れそうにないよ……。
「はぁ……せっかくワタクシが〝お兄様〟と呼んで差し上げておりますのに」
そういえばそうだね、最初はあんなに嫌がっていたのに。やっと僕のことを兄だと認めてくれたのかい?
それとも、お披露目が終わったからにはそう呼ばざるを得ないってことなのかな?
「何をムニャムニャと言っているのです? ……分かりました。ワタクシも心を鬼に致しますわ」
ん~、魔力が高まる気配がするな。何の魔法を使う気だ? それにしても魔力操作が上手になったもんだフゴガガガガアッ!
バッ! とベッドから飛び起きて盛大に咽せ込む。
鼻の穴に魔法で作った水を流し込むとか正気か!
さては心の奥底は、悪役令嬢のままなんだな⁉ 生まれ持った性格って訳か⁉
「ごんだごどどだべに魔法をおじえだんじゃありばぜん!」
「おはようございます、お兄様」
少女は花のように微笑みかけてきて、僕――リュドヴィックの鼻から垂れた水を、ハンカチでそっと拭き取ってくれる。
「……あぁ、おはよう、アンヌ」
昨日から僕の妹になった、僕の大好きな悪役令嬢がそこにいた。
◇
――遡ること十一年前。
気付けば僕は、優しい温もりの中でまどろんでいた。寝ぼけたまま、ぼんやりとして目があまりよく見えない。
頬に当たる、大きくて柔らかくて温かい感触。とても心地よく、すごく落ち着く。
長い入院生活の中で、ここまで気持ち良くうたた寝をしたのはどれくらいぶりだろうかと、僕は思った。
僕は生まれつき心臓の病気があり、小学生の頃からほぼ病院生活だった。
普段は、枕元で鳴る警告のピーピーという音、そしてその対応に追われる看護師さんの足音で、熟睡することもままならない。
点滴・採血・問診・検査と日々忙しく、僕自身は病院のベッドでただ寝ているだけなのに、何かに追われているような感覚に襲われていた。
追ってきているものは、僕自身の病気なのだろう。
そう思うと、何かをしなければというどこか焦りに似た気持ちが湧いてくるが、僕に何ができる訳でもない。
いつまでこんな生活が続くのだろうかと思っていた。
僕に適合する臓器を持った誰かが死ぬのを、ただ待ち続けるだけの日々。
その焦りを忘れさせてくれるゲームや読書に没頭し、疲れて寝てしまうという繰り返しだった。
――そんな状況にあった僕が、これほど身体の力を抜いて、リラックスして寝ることができるのは本当に珍しいのだ。
「ほら、あなたにソックリですよ、一生懸命お乳を吸っているわ」
「ああ、雰囲気は私に近くても、涼しげな目元だけはみんなお前に似る。上の子達と同じだ」
「お乳を吸っている姿が、よく似ていると言っているのですわ」
どこからか聞こえる、男女の話し声。
この病室で他人の声が聞こえるとなると、看護師さんか両親くらいだと思うんだけど、聞き覚えがない。誰が来ているんだろう。
「……子供の前でそんなことを言わなくても良かろう」
「ふふふっ。――あなた、私は幸せですわ」
「そうだな、私も幸せだよ。三人も男子に恵まれた。我がノマール士爵家も安泰だな」
テレビを付けっぱなしで寝てしまったのかもしれない。でも、そんな貴族が出てくるアニメなんて、今期にあっただろうか。
チュポン、という音と共に、大きくて柔らかくて温かい感触が離れていく。
と同時に……。
「おぎゃぁ、おぎゃぁ、おぎゃぁ」
赤子のものらしき泣き声が聞こえた。お乳を取り上げられてぐずっているような声だ。
「あらあら、お口が止まったからもうお腹が一杯なのかと思いましたよ?」
すると僕は再び、温かい感触に包まれる。赤子の声は止み、僕の口に乳臭い液体が広がる。
「たくさん飲むのですよ、リュドヴィック。そしてうんと大きくなって、お父様とお兄様達を支えてあげてくださいね?」
これがこの生における、僕の最初の記憶となったのだった。
どうやら僕は転生したらしい。
そう気付いたのは、もうしばらくした後だった。
お腹が空くと聞こえる赤ちゃんの泣き声が自分のものであり、大きくて柔らかくて温かい感触が母親のおっぱいであると理解するのに、少し時間が掛かった。
前世の僕はとても身体が弱かった。高校生にはなれたものの、ほぼ病院のベッドで寝て過ごしていた。
そんな人生も知らぬ間に終わりを告げ、この世界へ転生するに至ったのだろう。
死んでしまったことにすら、僕は気がつかなかったのだ。
最後に両親と会話したのはいつだったろうか。はっきりと覚えていないのが悔やまれる。長い入院生活の中で、両親には甘えてばかりだったような気がする。
今更になってそんなことを思い、先立った不孝を考え胸がチクリと痛んだ。
「あらあら、そんな顔をして……お尻が気持ち悪いのですか?」
いいえ、違いますよお母様。
そうして、神様と面会することもなく、特別なスキルやチートを与えられることもないまま、ノマール士爵家の三男リュドヴィック・ノマールとしての、今世が始まったのだった。
前世において、身体が弱いために外出を制限されていた僕は、多くの時間を読書やゲームに費やしていた。その中でも、神様とか女神様とかからもらったスキルやチートを用いて、異世界を救う物語が大好きだった。
異世界へ召喚されたら、あるいは転生したら、不思議な魔法で健康な身体になれないだろうか。自分の足で異世界を駆け回り、スキルやチートで大活躍できないだろうか……。
そんな空想をしながら、病院のベッドで暮らしていた前世。だというのに。
何故神様との面会がない?
何で転生したのに特別なスキルが与えられない?
チートは⁉
――いや、そんなのなくてもいい! 神様ありがとうございます‼
今のところ元気にハイハイできてます! 健康そのものの身体をお与えいただき、感謝しております‼
そう、これだけでも僕にとっては十分チート級なのだ。
前世の僕は乳児の頃から既に病弱だった。ハイハイやつかまり立ちをするのも非常に遅く、歩けるようになったのも二歳頃からだったらしい。
それが今はどうだろう、まだ生まれて半年少々だというのにハイハイができる。大声で泣き、笑うことができるじゃないか!
何と素晴らしい今世。あぁ、早く大きくなりたい。
前世のお父さん、お母さん。僕はこっちで元気にやっています。どうか、悲しまないでください。
一歳になる前に、僕はよちよちと歩き回れるようになっていた。
僕が生まれた士爵家は正式な貴族ではなく、準貴族という扱いだ。これは前世で読んだ小説の知識通りだったのだが、準貴族でも家の中にメイドや執事がいるのは意外だった。
僕がよちよちと歩いていると、そういう大人達がそっと見守ってくれる。
おかげで安心してよちよちできるというものだ。
「リュー坊ちゃま、こちらでございますよ~」
今日も、メイド服姿の美少女が、床に膝をつき、両手を広げて待ってくれている。
そちらへとよちよち歩いていき、そのまだ膨らみきっていない胸へと飛び込むのだ!
あぁ、何と素晴らしいこの世界。胸に頬擦りしても怒られない。抱き締めたまま頭をよしよししてくれる。
「アハァ~、ケヘヘ~」
「あらあら、ご機嫌がよろしいようで」
この美少女メイド、アンジェルという名前で、どうやら僕専属のベビーシッター的な存在らしい。
僕には兄が二人いるんだけど、主に僕の相手をしてくれるのだ。
家の周りをお散歩したり、お腹をトントンしてお昼寝させてくれたり。そして、僕をお風呂に入れてくれるのも、このアンジェルなのである!
最初の頃、アンジェルは入浴用のエプロンを付けて僕を浴槽に入れてくれていた。だけど、少し大きくなった僕は、わざとお湯をバシャバシャしてメイド服を濡らすという作戦を敢行。
それが功を奏し、今では裸で一緒にお風呂に浸かってくれている。
もう最高でしょ、この生活。準貴族だって? 僕にとっては王様みたいな待遇だよ。
そしてアンジェルは、お風呂のたびにこう言うのだ。
『リュー坊ちゃまは本当にお水遊びがお好きですね。お兄様方はすぐにお風呂を出たがられるというのに』
すぐに出るなんて勿体ないじゃないか! もっと楽しまないと。特にあの絹のように柔らかいお肌とか!
今日のお風呂も楽しみにしつつ頬擦りを続けていると、僕を抱き締めたままアンジェルが言った。
「リュー坊ちゃま、いつまでも私めをおそばに置いてくださいね?」
もちろんですとも‼
第一章:見覚えのある世界
何かがおかしいと感じ始めたのは、二歳になった頃だった。
妙に既視感がある。そして、耳に入ってくる言葉や単語、さらには僕のリュドヴィックという名前すら、どこかで聞いた覚えがあるのだ。
そもそも、言葉も喋れないうちから両親の会話が理解できることを、疑問に思うべきだった。
父親は銀髪で母親は金髪。二人とも欧米人並みに肌が白く、鼻もシャープで高い。
それなのに、家族や美少女メイド、そしてロマンスグレーの執事までもが、何故か僕が理解できる言語、日本語を話しているのだ。
使われている文字も、平仮名・カタカナそして漢字にアルファベットに見える。さらには距離や重さといった単位まで前世と同じ。
そして確信を得たのは、ある日の食事の席で聞こえてきた、両親の会話だった。
「あなたも魔王討伐軍に召集されるのですか……?」
「当然だ、この家はそのために存在するのだから。領主たるトルアゲデス公のため、ひいてはメルヴィング王国のために戦わねば。トルアゲデス公爵領を守護すべく、私達騎士は魔王軍に立ち向かわなければならないのだ」
もぐもぐと幼児食を咀嚼していた僕は、それを聞いて驚きのあまりスプーンを取り落とした。
この世界はあのゲームの中なんだ……。
僕は大好きだったゲーム、『ケイオスワールド』の世界に転生してしまったんだ!
……え? ちょっと待って、やっと思い出した。
リュドヴィック・ノマールって確か、勇者パーティーが魔王討伐へと向かう前に編成された討伐軍で、討ち死にする運命だったような……。
僕、ただの脇役に転生したんですか?
いや、今そのことはどうでもいい! シナリオを知っていれば、この先いくらでも対応ができるだろう。
そんなことよりも、大事なことに気付いた。
悪役令嬢として勇者とヒロインの前に立ちはだかる、アンヌ・ソフィー・リフドゥ=トルアゲデスがこの世界にいるんだ! しかも僕が暮らす、ここトルアゲデス領に!
一番好きなキャラが自分と同じ街に住んでいるなんて、これほど嬉しいことが他にあるだろうか。
いや……確か、僕の記憶が正しければ、いずれ勇者として見出されることになる主人公キャラのマクシム・ブラーバルと、リュドヴィックが同い年だったはず。そしてストーリーでは、悪役令嬢たるアンヌが後輩としてこの街の同じ学園に通っていた。
どれだけ年下なのか詳しい説明はなかったが、二歳下くらいだった気がする。
そして僕はついこの間二歳になったばかりだ。
ということはつまり、アンヌはまだ生まれていないか、ちょうど生まれた頃ということになる。
シミュレーションRPGである『ケイオスワールド』において、アンヌはヒロインとしての攻略ルートがない、純粋な悪役だった。
どのルートでもマクシムとアンヌは敵対してしまい、恋愛どころか仲良くなることすらできなかったのだ。
故に、僕は非常に悔しい思いをした。ゲームの主人公であるマクシムに自分を重ね、魔王を倒しアンヌと結ばれる妄想を何度したことか!
あんなに愛おしい立ち絵のキャラなのに、どうして攻略対象ヒロインにしなかったのか、僕には理解できない。
シナリオでは不遇だったけど、少し、ほんの少しだけ育ち方が違えば、アンヌはきっと立派な正統派ヒロインになっていたはずなんだ!
……ちょっと待てよ。
もしかして僕、アンヌと出会うチャンスもあるんじゃないか?
僕とアンヌは二歳差で、入る学園も同じ。学園に入学するのは十二歳だから、僕が十四歳になる頃に、どこかでアンヌと出会う可能性はあるはずだ。
そこで僕がアンヌに何かしらの影響を与えることができれば、のちに彼女が悪役令嬢として主人公達の前に君臨する展開そのものを、避けられるんじゃないだろうか?
いや、そのタイミングでは遅い気がする。
教育は年齢が低ければ低いほど有効だと、昔テレビで言っていた。
何とかして学園に通う前の、幼き日のアンヌとお近付きにならなくては!
そのためには、僕はどうすればいいのだろうか。
ノマール家は士爵家だが、その身分は通常一代限りだ。今の代で六代目だというが、父も含めて今まで六代も士爵家として続いているのは単に、士爵に叙爵された家人や親戚を、六代続けて当主として立ててきたからに過ぎない。
僕の父であるロミリオ・メディナ=ノマールに至っては、他家からの養子だそうだ。
ちなみに僕は父方と母方、どちらの祖父母とも会ったことがなく、両親の出自についても詳しく聞かされていない。
まぁ二歳の子供にそんな話を聞かせる機会なんてそもそもないだろう。この世界において、実家との繋がりがどこまで密なのかもよく分からないしね。
いずれにせよ、両親の生まれがどうあれ、準貴族の三男坊が公爵領の姫君に出会うなんて、まず起こり得ないことだ。それこそ学園に入学したとしても、アンヌとすれ違う程度が精一杯なんじゃないかな。
それでも、僕にはチャンスがあると思いたい。
何ていったってこの世界には魔法が存在するのだ。かつて読んでいた異世界転生小説の主人公達に倣い、幼いうちから魔力を鍛えて成り上がろう!
そして何とかしてアンヌとお近付きになり、僕が彼女を導いてあげるんだ。
そうすれば、彼女は晴れて勇者であるマクシムの正ヒロインとして幸せになれるだろう。決して、あんな悲惨な最期を遂げずに済む……。
全ては僕のこれからの行いにかかっているんだ!
それ以降僕は、魔法の自主鍛錬を始めた。
前世では感じなかった、お腹辺りのモヤモヤした温かい感覚が魔力の源泉であることに気付き、お腹から全身へと魔力を循環させてみたのだ。
最初は上手くいかなかったが、血管に乗せて全身くまなく魔力を行き渡らせるイメージが良かったのか、すぐに自由に魔力を操れるようになった。
これで強力な魔法が使えるようになるかもしれない!
とはいえ僕は二歳の子供である。できることなど限られているのは分かっていた。
それでも僕は、ゲームで勇者達が使っていたような強力な魔法を使ってみたくて堪らなかった。
そんなある日、兄達とノマール家の庭で遊んでいた時のこと。
いつも通り、僕の子守り役であるアンジェルがそばで見守ってくれていた。
「リュー、兄ちゃん達と鬼ごっこしようぜ!」
「アル兄が鬼ね、よ~いドン!」
長兄で五歳のアルフレッドと、次兄で四歳のベルナール、そして僕の三人で鬼ごっこを始めた。
その時僕はふと、魔力を下半身に集中すれば速く走れるのではないだろうかと思いついた。
前を走っているベル兄の背中に追いつこうと魔力を太ももや膝に集中させて、地面を蹴ってみる。
――ドンッ!
次の瞬間僕は、十メートルは先にいたはずのベル兄の背中にすごい勢いでぶつかり、そのまま気を失ってしまった。
朦朧とする意識の中、両親とアンジェルの話し声が聞こえた。
「にわかには信じられん……。たった二歳の子供が身体強化魔法を使ったというのか⁉」
「はい、旦那様。私はこの目で見ておりました。流水の如く美しい流れで魔力を下半身へ巡らせ、身体強化魔法を掛けて走り出されました。信じがたいでしょうが、魔法を使わなければ、二歳のリュー坊ちゃまが追いつける距離ではありませんでした」
「すごいわあなた! この子はきっと立派な騎士としてこの家を継いでくれますわ‼」
お母様が手を叩いて喜んでいる。表情は見えないが、満面の笑みを浮かべているであろうことは声から窺えた。
それでもお父様の訝しげな声色は変わらない。
「しかし……私が身体強化をできるようになったのは八歳の頃だぞ。それでも当時は神童だなんだと囃し立てられたものだが……」
「そのあなたの血を受け継いでいるのですよ! さすが私達の子供。かつてはこの血を呪ったこともありましたが……この子の将来が楽しみですわね」
「そうだな……」
その日を境に、僕はアンジェルから魔法の手ほどきを受けることになった。
何故ただのメイドであるアンジェルが? と思ったが、教えを受け始めた途端にそんな疑問など吹き飛んでしまった。
アンジェルはとんでもない魔法使いだ。
それもかなり上位の使い手だと、僕は睨んでいる。
というのも彼女は稽古初日から、ゲームでも終盤にならないと習得できなかった魔法障壁を、平然と出してみせたのだ。いわゆるバリアである。
この実力、ゲームに登場した魔王軍で言うところの、四天王にも匹敵するんじゃないだろうか。
何故そんな人がこんなところで一介のメイドをしているのか、疑問である……。
「そんな難しいお顔をされて、どうされました? お手洗いですか?」
「ちがうよ、だいじょうぶだよアンジェル」
数日後には、アンジェルが魔法を教えてくれると聞いた二人の兄達も、嬉々として僕と一緒に稽古を受け始めた。
けれど集中力が続かず、アンジェルの言っていることもさっぱり意味が分からないと、すぐに投げ出してしまった。しまいには二人で遊び出す始末。
結局今となっては、稽古している僕達に近寄りもしなくなっていた。
しかしアンジェルはそんな兄二人をさして気に留めず、熱心に僕に魔法を教えてくれる。
「リュー坊ちゃま、魔力は鍛えれば鍛えるほど保有量が増えていきます。この国においては魔力保有量こそが一番大事であるという風潮がございますが、それは間違いです。もちろん魔力保有量は多いに越したことはありませんが、その魔力を精細に制御する技術こそ、重要視すべきなのです」
このメイド、僕がまだ二歳であるということを忘れてはいないだろうか。
いや、別にこれくらい難しい話でも僕自身は理解できているからいいんだけど、アンジェルが周りから変な目で見られないか少し心配になる。
「リュー坊ちゃまは誰の教えも受けずに、身体強化魔法の制御ができるようになられました。恐らく感覚的に制御方法を理解されていることでしょう。ですから、その制御をより早く、より正確に行えるように訓練致しましょう」
アンジェルの教え方は、この国における魔法の基礎的な概念からは外れているように思える。何となく、アンジェルがこの国の出身ではないのだろうということは窺い知れた。
「体内に魔力を循環させることで身体強化を、そして体外へと排出することで攻撃魔法を、人の体内へ送り込むことで治癒魔法を行使するのです」
この『ケイオスワールド』における魔法の発動は、扱える魔力保有量と、魔力を何に変換するかのイメージによって決まるようだ。そんなに詳しい設定解説はゲーム中にもなかったはずだし、アンジェルの教えで初めて知ることが多かった。
そもそも『ケイオスワールド』は、攻略サイトどころかネット上の口コミすらない、マイナーなゲームだった。
そのため、大好きな作品だったにもかかわらず、詳しい設定や舞台背景は把握しきれなかったのだ。『ケイオスワールド』を僕に買い与えてくれたのは、父だったか母だったか……。
ともあれ属性がどうの、相性がどうの、詠唱を覚えろだの言われなくてホッとしたよ。ふんわりとした設定で助かった。
僕が上手く魔法を操れると、アンジェルは飛びきりの笑顔で抱き締めて、褒めてくれる。
また、上手にできなくても「大丈夫ですよ、ゆっくり練習していきましょうね」と頭を撫でて、そしてやっぱり抱き締めてくれる。
美少女メイドから優しく指導を受けて、そして抱き締められる毎日。
正直堪りません。一日だって稽古したくないと思った日がないです。
「リュー坊ちゃま、明日も頑張りましょうね」
「うん、あしたもがんばろうね!」
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