華間 -カカン-

8ツーらO太!

文字の大きさ
10 / 30

第九話:使蟲間たち

しおりを挟む
夜華やか様、何かお返事なさってくださいませ」

 言われて真宵まよいは声が出ないことを身振り手振りで伝えた。すると網玲もうれいはハッと気づいた様子で部屋を飛び出していき、ほどなく紙束と木炭筆を抱えて戻ってくる。真宵はそれらを受け取り、紙の上に筆先を置いた。黒い点がひとつ生まれる。

 だが――そこから先が動かない。まるで見えない糸で"止め"を掛けられているようだ。
 真宵は眉を寄せ、もう一度、手に力を込める。点は濃くなるが、線にはならない。

 困惑する真宵を見て、網玲が小さく呟いた。

「夜華様は、お話と筆記のお力を七神にお返しになったのですね」

 意味がわからず、真宵は怪訝に首を傾げる。網玲は続けた。

「耳にしたことがあります。華界には、ほかとは違う特別な力を持った華間かかん様がいるけれど、彼らは皆、その力と引き換えに七神に別の力をお返しになったのだと。たとえば物を見る力、音を聞く力。手足や臓器の一部などをお返しになった方もいるそうで」

 真宵ははっきりと首を横に振った。違う。そんな覚えはない。話せず、書けないのは別の理由――立羽が何かしたせいだ。
 そう伝えたくて手を動かすが、その曖昧な動きは幼い少女を困らせるだけだった。やはり言葉で伝えられなければ埒が明かない。早く立羽に、この奇妙な状態を解いてもらわねば。

 真宵は寝台から足を下ろし、朱塗りの靴置きに揃えられていたローファーに足を差し入れる。白いワイシャツにグレーのスラックスという格好はこの世界では明らかに浮いているが、着替えはない。

「や、夜華様、いかがなされました?」

 おろおろする網玲へ、真宵は出入り口の扉を指さした。

「だっ、駄目でございます。この部屋には立羽様の結界が張られておりますので安全ですが、外に出たら夜華様の芳香が……」

 衣桁《いこう》に立羽の赤い羽衣が掛けてあった。気を失う前、真宵が身に着けていたものだ。蟲を寄せつけてしまうという夜華間特有の匂いも、これを着ていれば問題ないのだろう。
 真宵は羽衣を手に取って、とう国でそうしていたように頭から被る。

「あっ、あっ、確かにそれがあれば芳香は抑えられますが、でもっ」

 制止しようとする少女には悪いと思いつつ、それでも真宵は扉に手を掛け、外へ出た。

 赤を基調とした、天井の高い内廊下。朱漆に金の紋様の浮いた太い円柱が等間隔に並び、赤い格子窓からは、ガラス越しの光が淡く桃色に広がる。

 左右どちらへ向かえばよいのか逡巡していると、背後で扉が開き、網玲が飛び出してきた。

「お、お待ちください夜華様っ。わかりました。紅葩宮こうはきゅうは広くて複雑ですので、どこかへ行かれるとのことであれば、網玲がご案内いたします。閑所かんじょ(御手洗)でしょうか。それともお腹が空かれましたか?」

 真宵は首を横に振り、両手の親指を交差させて蝶の形を作った。翅をぱたぱたと動かし、目で訴えかけると、網玲は「ああ」と晴れやかに微笑んだ。

「立羽様をお探しなのですね。かしこまりました」

 少女が歩き出し、真宵はその小さな背に続く。

「立羽様は恐らく、陛下の寝室においでです。並の華間様や蟲間は決して入れませんが、この網玲と一緒なら、きっと大丈夫なはずです」

 振り返った少女が、歩みを緩めずに話す。

「網玲は、立羽様の使蟲間なのですよ。赤女王陛下と主従の契約をされた赤蟲間たる立羽様には、複数の蟲を蟲間化して使役するお力があるのです。他国の“色つき蟲間”も皆同じです。王や女王に仕える色つき蟲間は、何匹かの蟲を蟲間化してしもべとし、共に主を守らせるのです。……夜華様、もうじき第二禁門ですので、守衛にお顔を見られないよう、羽衣を深くお被りください」

 廊下を何度か曲がって歩いた先に、観音開きの扉があった。両脇には一名ずつ、武装した男たちが立っている。真宵は羽衣で髪と肌を覆い、俯いたまま少女に付き従う。

「お疲れさまです」

 網玲の屈託のない声音に、男たちは慣れた調子で挨拶を返す。

「網玲殿、後ろの方は……」
「こちらは立羽様がお連れした、陛下へのお客様です。体調をお悪くされて客室で休んでいらしたのですが、回復されたようなので陛下のもとへご案内するのです」
「承知した。そちらのお方、念のためにお顔を拝見しても?」
「駄目です、駄目です! とんでもない!」

 網玲は両手をぱたぱたと振って大げさに抗議した。

「他国からいらした、とっても高貴なお方なのですよ。網玲やお二方程度の身分でお顔を見せろだなどと、陛下に叱られてしまいます!」
「お、おお、そうでしたか。それはご無礼を……」

 真宵はチラ、と視線を上げる。羽衣の薄布越しに、鎧の男たちが半身を折って立礼する姿が見えた。真宵も会釈で応える。男たちは正面に直ると、観音扉を押し開けた。

「ありがとうございます」

 明るく礼を述べた網玲に続き、真宵も扉を潜る。
 そうして壮麗な廊下を歩いていくと、また守衛のいる扉に突き当たった。今度も先ほどと同じように、網玲の話術で通り抜ける。

「さて、ようやく内殿まで来ましたね。陛下の寝室はもうすぐです」

 内殿、と網玲が呼んだ扉の内側は、一段と華やかだった。壁の赤は深く、柱金具の意匠は彼岸花。天井飾りの金箔は格子窓から入る光に煌めき、靴音の良く響く廊下の石床も、艶やかで高級感がある。

 やや狭くなった廊下を抜けた先、ひときわ重厚な観音扉が鎮座していた。扉の前に立つ影はひとつだけ。鎧姿の衛兵ではなく、赤い薄衣をまとった優男だ。サラサラの赤髪は肩の上で切りそろえられていて、細い目と、ツンと澄ました顔からは感情が読み取れない。男は腕組みをして網玲を見下ろす。

「網玲。あなたまた勝手な真似を」
「だって蜻迅衛せいじんえ、夜華様が立羽様に会いたがっていらっしゃるんだもの」

 網玲はさらりと言ってのけた。この男相手には、真宵の正体を隠そうともしない。

 蜻迅衛と呼ばれた優男の目が、真宵へ移る。羽衣に隠れて顔は見えないはずだが、それでも、薄布を透かして品定めするような視線が肌に触れている気がして、真宵は緊張で息を呑んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

チート魔力を持ったせいで世界を束ねる管理者に目を付けられたが、巻き込まれたくないので金稼ぎします

桜桃-サクランボ-
ファンタジー
金さえあれば人生はどうにでもなる――そう信じている二十八歳の守銭奴、鏡谷知里。 交通事故で意識が朦朧とする中、目を覚ますと見知らぬ異世界で、目の前には見たことがないドラゴン。 そして、なぜか“チート魔力持ち”になっていた。 その莫大な魔力は、もともと自分が持っていた付与魔力に、封印されていた冒険者の魔力が重なってしまった結果らしい。 だが、それが不幸の始まりだった。 世界を恐怖で支配する集団――「世界を束ねる管理者」。 彼らに目をつけられてしまった知里は、巻き込まれたくないのに狙われる羽目になってしまう。 さらに、人を疑うことを知らない純粋すぎる二人と行動を共にすることになり、望んでもいないのに“冒険者”として動くことになってしまった。 金を稼ごうとすれば邪魔が入り、巻き込まれたくないのに事件に引きずられる。 面倒ごとから逃げたい守銭奴と、世界の頂点に立つ管理者。 本来交わらないはずの二つが、過去の冒険者の残した魔力によってぶつかり合う、異世界ファンタジー。 ※小説家になろう・カクヨムでも更新中 ※表紙:あニキさん ※ ※がタイトルにある話に挿絵アリ ※月、水、金、更新予定!

【完結】スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

レベル1の地図士は、世界の裏側を知ってしまった

あめとおと
ファンタジー
異世界に転移した主人公が得たスキルは【地図作成】。 戦闘能力ゼロ、初期レベル1。 冒険者ギルドでは「外れスキル」と笑われ、 新人向けの雑用クエストしか回ってこない。 しかしそのスキルは、 ダンジョンの隠し通路、未踏破エリア、消えた古代文明の痕跡まで“地図に表示する” という、とんでもない能力だった。 生き残るために始めた地味な探索が、 やがて世界の秘密と、国家すら動かす大冒険へ――。 これは、 戦えない主人公が“冒険そのもの”で成り上がる物語。 同作品を「小説家になろう」で先行配信してます。

異世界で魔法が使えない少女は怪力でゴリ押しします!

ninjin
ファンタジー
病弱だった少女は14歳の若さで命を失ってしまった・・・かに思えたが、実は異世界に転移していた。異世界に転移した少女は病弱だった頃になりたかった元気な体を手に入れた。しかし、異世界に転移して手いれた体は想像以上に頑丈で怪力だった。魔法が全ての異世界で、魔法が使えない少女は頑丈な体と超絶な怪力で無双する。

優の異世界ごはん日記

風待 結
ファンタジー
月森優はちょっと料理が得意な普通の高校生。 ある日、帰り道で謎の光に包まれて見知らぬ森に転移してしまう。 未知の世界で飢えと恐怖に直面した優は、弓使いの少女・リナと出会う。 彼女の導きで村へ向かう道中、優は「料理のスキル」がこの世界でも通用すると気づく。 モンスターの肉や珍しい食材を使い、異世界で新たな居場所を作る冒険が始まる。

クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

おっさん冒険者のおいしいダンジョン攻略

神崎あら
ファンタジー
冒険者歴20年以上のおっさんは、若い冒険者達のように地位や権威を得るためにダンジョンには行かない。 そう、おっさんは生活のためにダンジョンに行く。 これはそんなおっさんの冒険者ライフを描いた生活記である。

異世界転生おじさんは最強とハーレムを極める

自ら
ファンタジー
定年を半年後に控えた凡庸なサラリーマン、佐藤健一(50歳)は、不慮の交通事故で人生を終える。目覚めた先で出会ったのは、自分の魂をトラックの前に落としたというミスをした女神リナリア。 その「お詫び」として、健一は剣と魔法の異世界へと30代後半の肉体で転生することになる。チート能力の選択を迫られ、彼はあらゆる経験から無限に成長できる**【無限成長(アンリミテッド・グロース)】**を選び取る。 異世界で早速遭遇したゴブリンを一撃で倒し、チート能力を実感した健一は、くたびれた人生を捨て、最強のセカンドライフを謳歌することを決意する。 定年間際のおじさんが、女神の気まぐれチートで異世界最強への道を歩み始める、転生ファンタジーの開幕。

処理中です...