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第二十三話:赤と緑の攻防
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立羽の羽衣のひと振りで空へと解き放たれた赤い鱗粉は、瞬く間に何十条もの赤透明の糸となった。糸は断崖の風を裂き、一本一本が生きた触手のように翠鎌へと襲い掛かる。
翠鎌は初撃をよけて空中へと飛び上がった。人のかたちのまま背に蟷螂の翅が現れたかと思うと、踊るように身をひるがえして二撃、三撃をかわしていく。
なおも糸の追撃はやまない。一本、二本、三本――避ける。
しかし次の瞬間、十が百へと増え、翠鎌の頭上を覆うように赤透明の格子が出来上がる。格子は重力に従って下降し、捕獲網となって翠鎌に覆い被さろうとする。
翡翠色の目が不敵に細められた。
「甘いですよ」
挑発的な一声とともに、翠鎌の両腕が緑色に光って蟷螂の鎌へと形を変える。
シュパパパパッ
網はたちまち断ち切られて霧散した。
「蟲間も歳を取ると、あれこれ甘くなるものですかね。夜華の扱いにしたって、傷をつけずに意のままに操る方法くらい、あなたなら幾手もお持ちでしょうに」
「無駄口を叩く余裕があるか――」
四方八方から糸が翠鎌へ向かっていく。今度の糸は、複数本がより合わさって強化されたものだ。
翠鎌は鎌を振るうが、刃が入らずに叩き弾くようなかたちになる。弾かれた糸はすぐさま再び襲い掛かり、翠鎌の身体に巻きつこうとする。
「――その油断が命取りだぞ」
一本がついに、翠鎌の左足首に巻きついた。次の瞬間、糸は鞭のようなしなりで翠鎌を地面に叩きつける。
ドゴォッ!
「ぐっ……」
受け身を取ってはいるものの、翠鎌の顔は苦痛に歪む。背に蝶の翅を生やした立羽は、空中からそれを悠然と見下ろす。
「これでも甘いか、若造」
「……そうですね。殺意までは感じないところが、とても――鎌鳴」
キィィン
細く甲高い音が響き渡る。微細な振動を帯びた翠鎌の鎌が、次の瞬間には足首を捕える立羽の糸を両断していた。
地面を蹴って飛び上がる。鎌を構えて一直線に向かった先は、赤き蝶の眼前。
立羽は鱗粉で赤い剣を錬成して迎え撃つ。
ガキィィィン!
刃と刃がかち合い、ぎり、とせめぎ合う。
「立羽殿、あなたは夜華を使って何をしようというのです。赤女王の輪廻転生ですか? それは誰の望みです?」
「私だ。そして民の望みでもある」
「民のことを思うなら、現女王は次代へ席を譲るべきでは?」
立羽に一瞬の動揺が走る。その隙を翠鎌は見逃さない。鎌に力を込めて、剣ごと立羽を薙ぎ払う。
「っ……」
立羽は地面に激突する寸前で何とか体勢を立て直した。空にとどまる翠鎌をきつく睨み上げる。
「いくら能書きを垂れようと、貴様がここで捕虜となる事実は変わらんぞ」
「捕まえられると本気でお思いなのですか。蟲間の力の源たる契約主が死に瀕し、衰えたあなたなどに」
「はっ、見くびるなよ。たかだか百年やそこら生きた程度の青二才が」
「百年も三百年も大した違いではありますまい」
二人の距離が開き、中距離戦となったことで再び立羽の糸が飛ぶ。狙う者と狙われる者。赤が追いつき、緑が裁ち落とす。
その攻防の背後でさらさらと、赤い鱗粉は動いていた。気づけば翠鎌を覆うように周囲に満ち満ちている。
立羽の手指が組み合わされて、包の印を結ぶ。
「六面禁粉」
応じて、翠鎌の周囲に待機していた鱗粉が、四角い薄い板の形に集まっていく。それが上下左右前後の六枚。板は翠鎌を中心に遠巻きに展開し、空間に浮いていた。
翠鎌はその不気味な領域から脱出すべく板と板との隙間へ飛ぶが、見えない壁が行く手を阻む。鎌を振るっても刃は通らない。
立羽の開いた手のひらが、クッと拳に変わるのと同時、六枚の板は中心に飛び集まり、内部に翠鎌を監禁する一.一間(二メートル)角の正六面体となった。
空間が静寂に包まれる。
立羽は腕を下ろし、息を細く吐く。これでひとまず危険はなくなった。六面禁粉の内部は高圧空間になっていて、何者であろうとろくに身動きは取れない。弱い蟲や蟲間であれば気を失うほどだ。
網玲を呼び寄せてこれの後処理を任せよう。首都・朱赫に連れていき緑女王の思惑を吐かせなければ。
立羽が六面体を地面に下ろしたその時だった。
「鎌鼬」
六面体に亀裂が入り、爆散して砕けると同時に中から緑色の刃の風が四陣、飛び出してくる。そのうちの一陣が、立羽の横髪をひと束、切り落とした。
「女性に切り掛かるのは、嫌なのですがね、本当は」
現れた翠鎌は切なげな笑みを浮かべた。しかしそんな表情とは裏腹に、明確な闘志をまとって、翠鎌は立羽へと飛び掛かる。
剣の生成が一瞬遅れた。立羽は即時の判断で回避に切り替えて横へ飛ぶ。避けきれなかった切っ先が立羽の耳介を小さく切り割き、赤い血がそこから流れる。
だがその程度で怯みはしない。飛び退った体勢から生成を終えた剣を振るい、初撃から二撃へ移ろうとする翠鎌の横っ面にひと太刀見舞う。
しかしこちらもすんでのところで避けられて、僅かに剣先がかすった程度。頬に走ったひと筋から、緑の血がツウウと垂れた。
互いに刃を構えて距離を取る。
「なるほど、捕虜にするのは厳しいな」
「諦めて逃がしていただけますか?」
立羽は口の端でふっと笑う。
「勘違いするな、生かして捕えるのが難しいという意味だ。殺すほうがよほど容易い」
剣技を得意とする赤女王のもとにあって、立羽が剣技に疎いわけがない。鱗粉で戦う蝶が近距離戦に弱いことは、三百年昔からわかっていたことだ。
共に鍛錬を重ねた三百年だった。
「貴様の太刀など、珠沙のそれと比べれば赤子が玩具を振り回しているようなものだ」
「……言ってくれますね」
短い睨み合いののち、両者の刃が再び交わった。
翠鎌は初撃をよけて空中へと飛び上がった。人のかたちのまま背に蟷螂の翅が現れたかと思うと、踊るように身をひるがえして二撃、三撃をかわしていく。
なおも糸の追撃はやまない。一本、二本、三本――避ける。
しかし次の瞬間、十が百へと増え、翠鎌の頭上を覆うように赤透明の格子が出来上がる。格子は重力に従って下降し、捕獲網となって翠鎌に覆い被さろうとする。
翡翠色の目が不敵に細められた。
「甘いですよ」
挑発的な一声とともに、翠鎌の両腕が緑色に光って蟷螂の鎌へと形を変える。
シュパパパパッ
網はたちまち断ち切られて霧散した。
「蟲間も歳を取ると、あれこれ甘くなるものですかね。夜華の扱いにしたって、傷をつけずに意のままに操る方法くらい、あなたなら幾手もお持ちでしょうに」
「無駄口を叩く余裕があるか――」
四方八方から糸が翠鎌へ向かっていく。今度の糸は、複数本がより合わさって強化されたものだ。
翠鎌は鎌を振るうが、刃が入らずに叩き弾くようなかたちになる。弾かれた糸はすぐさま再び襲い掛かり、翠鎌の身体に巻きつこうとする。
「――その油断が命取りだぞ」
一本がついに、翠鎌の左足首に巻きついた。次の瞬間、糸は鞭のようなしなりで翠鎌を地面に叩きつける。
ドゴォッ!
「ぐっ……」
受け身を取ってはいるものの、翠鎌の顔は苦痛に歪む。背に蝶の翅を生やした立羽は、空中からそれを悠然と見下ろす。
「これでも甘いか、若造」
「……そうですね。殺意までは感じないところが、とても――鎌鳴」
キィィン
細く甲高い音が響き渡る。微細な振動を帯びた翠鎌の鎌が、次の瞬間には足首を捕える立羽の糸を両断していた。
地面を蹴って飛び上がる。鎌を構えて一直線に向かった先は、赤き蝶の眼前。
立羽は鱗粉で赤い剣を錬成して迎え撃つ。
ガキィィィン!
刃と刃がかち合い、ぎり、とせめぎ合う。
「立羽殿、あなたは夜華を使って何をしようというのです。赤女王の輪廻転生ですか? それは誰の望みです?」
「私だ。そして民の望みでもある」
「民のことを思うなら、現女王は次代へ席を譲るべきでは?」
立羽に一瞬の動揺が走る。その隙を翠鎌は見逃さない。鎌に力を込めて、剣ごと立羽を薙ぎ払う。
「っ……」
立羽は地面に激突する寸前で何とか体勢を立て直した。空にとどまる翠鎌をきつく睨み上げる。
「いくら能書きを垂れようと、貴様がここで捕虜となる事実は変わらんぞ」
「捕まえられると本気でお思いなのですか。蟲間の力の源たる契約主が死に瀕し、衰えたあなたなどに」
「はっ、見くびるなよ。たかだか百年やそこら生きた程度の青二才が」
「百年も三百年も大した違いではありますまい」
二人の距離が開き、中距離戦となったことで再び立羽の糸が飛ぶ。狙う者と狙われる者。赤が追いつき、緑が裁ち落とす。
その攻防の背後でさらさらと、赤い鱗粉は動いていた。気づけば翠鎌を覆うように周囲に満ち満ちている。
立羽の手指が組み合わされて、包の印を結ぶ。
「六面禁粉」
応じて、翠鎌の周囲に待機していた鱗粉が、四角い薄い板の形に集まっていく。それが上下左右前後の六枚。板は翠鎌を中心に遠巻きに展開し、空間に浮いていた。
翠鎌はその不気味な領域から脱出すべく板と板との隙間へ飛ぶが、見えない壁が行く手を阻む。鎌を振るっても刃は通らない。
立羽の開いた手のひらが、クッと拳に変わるのと同時、六枚の板は中心に飛び集まり、内部に翠鎌を監禁する一.一間(二メートル)角の正六面体となった。
空間が静寂に包まれる。
立羽は腕を下ろし、息を細く吐く。これでひとまず危険はなくなった。六面禁粉の内部は高圧空間になっていて、何者であろうとろくに身動きは取れない。弱い蟲や蟲間であれば気を失うほどだ。
網玲を呼び寄せてこれの後処理を任せよう。首都・朱赫に連れていき緑女王の思惑を吐かせなければ。
立羽が六面体を地面に下ろしたその時だった。
「鎌鼬」
六面体に亀裂が入り、爆散して砕けると同時に中から緑色の刃の風が四陣、飛び出してくる。そのうちの一陣が、立羽の横髪をひと束、切り落とした。
「女性に切り掛かるのは、嫌なのですがね、本当は」
現れた翠鎌は切なげな笑みを浮かべた。しかしそんな表情とは裏腹に、明確な闘志をまとって、翠鎌は立羽へと飛び掛かる。
剣の生成が一瞬遅れた。立羽は即時の判断で回避に切り替えて横へ飛ぶ。避けきれなかった切っ先が立羽の耳介を小さく切り割き、赤い血がそこから流れる。
だがその程度で怯みはしない。飛び退った体勢から生成を終えた剣を振るい、初撃から二撃へ移ろうとする翠鎌の横っ面にひと太刀見舞う。
しかしこちらもすんでのところで避けられて、僅かに剣先がかすった程度。頬に走ったひと筋から、緑の血がツウウと垂れた。
互いに刃を構えて距離を取る。
「なるほど、捕虜にするのは厳しいな」
「諦めて逃がしていただけますか?」
立羽は口の端でふっと笑う。
「勘違いするな、生かして捕えるのが難しいという意味だ。殺すほうがよほど容易い」
剣技を得意とする赤女王のもとにあって、立羽が剣技に疎いわけがない。鱗粉で戦う蝶が近距離戦に弱いことは、三百年昔からわかっていたことだ。
共に鍛錬を重ねた三百年だった。
「貴様の太刀など、珠沙のそれと比べれば赤子が玩具を振り回しているようなものだ」
「……言ってくれますね」
短い睨み合いののち、両者の刃が再び交わった。
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