華間 -カカン-

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第二十六話:微笑みの裏側

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夜華やかさん、お名前は?」

 問われて真宵まよいは顔を上げる。

「真宵、です」
「マヨイさんですか。いいお名前です。どういう字を書くんです?」

 真宵はテーブルの中央に指で漢字を書いて見せた。緑女王は楽しげにうんうんと頷く。

「本当の夜のはじまり? いつわりのない夜の入口でしょうか」

 彼女の口にした言葉に真宵は小さく息を呑む。

翠鎌すいれんと、同じことをおっしゃるんですね」
「何がでしょう?」
「いつわりなき夜の入口。彼も僕の名前をそう言ったので」
「ふふ。翠鎌はわたくしの蟲間ですからね。共に育つうちに感性が似たのかもしれません」
「共に育つ?」
「ええ。華間かかんは大抵、六歳の年に蟲と契約して蟲間を得るのです。わたくしが翠鎌と契約したのも六歳のときでした。大きくて綺麗な蟷螂かまきりがわたくしの前に飛んできて、目が合った瞬間、運命だと感じたのです。懐かしいですね。もう百年も前のことです」
「百年……ですか。そんなに」
「思ったより年上で驚きましたか?」
「い、いえ、すみません。僕あまり知らなくて」

 真宵は慌てて首を振る。緑女王はくすくすと笑った。

「謝らなくてもいいのですよ。人界じんかいにいたのであれば、華間のことを知らずとも無理はありません。少し、そのあたりのことをお教えしましょう。華間の赤子は華界の花畑の中に、ある朝、不意に生まれるのです。不意に現れる、というのが近いかもしれません。そして、人間の赤子と同じ速度で、乳児期、幼児期、学童期、青年期と育っていくのです」
「じゃあ、大人になると成長が止まるってことですか」
「正確には、その華間自身の全盛期で肉体の成長は止まります。それがわたくしは二十六、七あたりでした。赤国の女王はもう少しお若く見えたでしょう?」
「はい」

 けれど、赤女王は齢三百を超えていると話していた。そして華間の寿命は三百歳程度なのだということも。

「彼女――珠沙じゅしゃさんは確か、二十歳ほどで止まったと以前におっしゃっていました。本当に華間は不思議ですね。わたくしよりもお若い見た目の方が、本当は二百年も年長でいらっしゃる」
「変なことを聞いてもいいでしょうか」
「まあ、どんなことでしょう」
「華間は亡くなったあと、どうなるのかなって」
「どうなると思いますか」

 聞き返されるとは思っておらず、真宵は黙った。少し考えて、「人間と同じ、でしょうか」と答える。

「つまりは心臓が止まって眠ったように動かなくなり、死体はそのままにしておけばいずれ腐り果てるという意味です?」
「そう……ですね」

 露骨な表現をされて、肯定するのがためらわれた。

「正解か不正解かでいえばまったくの不正解です。華間と人間じんかんは根本が違いますから」
「では正解は?」
「華間は死ぬと、一輪の花になります。そして花として枯れ落ちたとき、華間の一生は本当の意味で終わりとなるのです。だから覚えておいてください。華界に咲く花々はどれも、かつては華間だったかもしれない可能性を秘めているのです。路傍の花が美しいからといって、安易に手折ってはいけませんよ?」
「そんなことはしません」
「良い子です。でも、どうして死んだあとのことを知りたいと?」
「それは、えっと」

 真宵は返答に詰まって視線を逸らす。華間の死について知ることは、他者を輪廻転生させる力を使えるようになることと通じている気がしたのだ。でもそれをそのまま口にしていいものかと迷っていた。真宵が輪廻転生を与える力を秘めていることを緑女王が知れば、その力を使わせるために真宵をそばに置きたがるのではと思った。そうなると、せっかく緑国まで来たというのに、人界へ帰れなくなってしまう。

「真宵さんの輪廻転生の力と関係していますか」

 笑顔で言い当てられて真宵はぎょっとした。

「ど、どうしてそれを知ってるんです」
「あれ? 言い伝えのお話、赤国では聞いていないのですか」

 言い伝え。そのワードでピンときた。溶岩洞ようがんどうの中、立羽たてはに手を引かれながら聞いた話がよみがえる。

『華界では先人が実際に受けた啓示、将来現実に起こり得ることとして語り継がれています。華界が七国に分かたれて争い合うとき、その戦いに勝利するのは、幻の夜華間を手に入れた賢王である。賢王は夜華間から輪廻転生を与えられ、何度も生まれ変わりながら、その国を永久に繁栄させ続ける、と』

「言い伝えって、華界の民はみんな知ってるんですか」
「そうですね、一般的な教育を受けて育った華間や蟲間であれば。だからこそ、真宵さんはそうして赤国の華間に擬態させられているのでしょう。蟲や蟲間を惹きつけてしまう芳香を防ぐだけならば、容姿まで誤魔化す必要はありませんから。ああ……わたくしも早く、あなたの本当の姿を見てみたいものです。やみ色の髪、象牙色の肌、落栗おちぐり色の瞳。いずれも華界にはないものです」

 その時だった。真宵の隣に黙って座っていた椿毅つばきが、閉じられた掃き出し窓を振り向いた。

「帰ってきましたね、わたくしの蟲間が」

 緑女王は席を立ち、掃き出し窓を薄く開ける。するとその隙間から、一匹の蟷螂がするりと飛んで入ってきた。蟷螂は緑色の光を放ったかと思うと、たちまち蟲間の姿に変わり、床に膝をついた。

「ただいま戻りました、彩胡あやこ様」
「おかえりなさい、翠鎌。いつもながら、あなたには感心させられます」
「身に余るお言葉です。すべては彩胡様のお力あってのこと」
「相変わらず謙虚ですね。たまには誉め言葉も素直に受け取ってほしいのですが」
「はい。それではありがたく」

 翠鎌の返答に、緑女王は苦笑した。はたから見ている真宵からも、暖簾に腕押し感がわかるのだから無理もない。

 そんなことを考えていると、不意に緑女王が真宵を振り向いた。バッチリ目が合ってしまい、緑女王はそのまま近づいてくる。

「さて、帰国早々にすみませんが、ひとつお仕事をお願いします」

 緑女王の目は真宵を見ていたけれど、言葉は翠鎌に向けたものだった。

「何なりと」

 立ち上がった翠鎌が緑女王の背後に控える。緑女王は椅子に座った真宵を見下ろしながら言った。

「真宵さんを地下牢へお連れしてくださいな」
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