72 / 414
第3部 恋するウサギはくじけないっ!
プロローグ ケダモノとバケモノ
しおりを挟むそれは鷹野翼にとって、あまりにも衝撃的すぎる出会いであった。
忘れもしない中学2年の夏。
まだ彼がその蛮勇を馳せる前、地元でもかなり名の知れたカラーギャングの下っ端として働いていたときのことだ。
集会場となった寂れた神社で、いつものように仲間たちと何をするでもなく、ただたむろっていたそのとき、不意にその男は現れた。
「常坂ってヤツは居るか?」
赤く染めた髪をリーゼントにし、学ランを身に着けたその男。
歳の頃は自分とそう変わらない14、5歳だろうか。
明らかに時代錯誤のクソダセェ格好をした男子中学生を前に、翼を含めた全員の好奇の視線が、鳥居の前に立っている彼の身体を貫いた。
その数、ざっと20はあろうか。
赤髪の少年は、そんな視線の嵐なんぞ、どこ吹く風と言わんばかりに、もう1度だけハッキリと口をひらいた。
「聞こえなかったか? 常坂ってヤツはどこに居るかって聞いてんだよ」
そのあまりの不躾な態度に、もともと血の気が多く、力も有り余っていた連中の瞳に暗い炎が灯る。
鳥居の近くで見張りをしていた1人が、鋭い視線を赤髪に向けながらドスを利かせた声で。
「おい、おまえ。なんだ、その態度は? オレらが誰だか分かって――」
そこから先は言えなかった。
いや、言うことができなかった。
なんせ見張りをしていた男の腹部に、目には見えないほどの素早い蹴りがめり込んでいたからだ。
みっともない声をあげながら、点火されたロケット花火のような勢いで背後の茂みに突っ込む男。
そのあまりにも規格外すぎる蹴りを前に、暫しの間、誰も口を開くことが出来なかった。
な、なんだ今のは……?
背中に冷や汗を流す野郎共を、赤髪の少年はゆっくりと見渡し、傲岸不遜にも「ふんっ!」と鼻を鳴らして。
「知るか。いいから常坂って野郎をだせ」
「て、テメェ……っ! こんなことして、五体満足でここから帰れると思うなよっ!?」
それが合図となり、次々と血気盛んな仲間たちが、赤髪の少年へと殴りかかっていく。
そこから先の光景は、まるで魔法でも見ているかのような気分であった。
円舞のような綺麗な弧を描いた蹴り。
それだけで仲間たちの意識が刈り取られていく。
仲間の1人が赤髪の少年の顔めがけて拳を振るが、もうそこには少年の姿はない。
目標を失った拳は、意図せず他の仲間たちの顔に命中してしまう。
それがさらに場を混沌とさせる。
瞬きする暇もない。
まるで台風によってなぎ倒された大木のように、自分の仲間たちが、なす術もなく地面へと伏していく。
気がつくと、20人は居たであろう仲間たちは全員地面に倒れこんでいた。
――バケモノだ。
20人。
20人である。
20人の仲間たちが、たった1人の、それも自分と同い年の男に、手も足も出ず壊滅させられたのだ。
男達の屍の上で、返り血と月光の光を浴びて、悠然とその場に立ち尽くす赤髪の少年。
その現実離れした光景に、自分は今、夢を見ているんじゃないか? と翼は錯覚しそうになった。
だが、体に走る痛みが「これは現実だ」と、自分に訴えかけてくる。
翼は1つの生命体として本能的な恐怖を覚えた。
だがそれと同時に、
(う、美しい……)
圧倒的なまでの強さ。
文字通り、流れた血が大地を染め上げ、神社が血と汗の匂いで充満する。
うめき声すらあがらない、不気味なまでの静寂。
何人たりとも入ることが許されない、彼だけの世界。
そこには善も悪も越えた、純粋な美しさがあった。
――欲しい。あの人が……欲しい。
鷹野翼は生まれて初めて、心の底から渇望するものを見つけた。
後日この1件を境に彼――大神士狼は「喧嘩狼」というあだ名で、不良たちから恐れられる存在となった。
そして翼は風の噂で知ることになる。
なぜ喧嘩狼が自分たちのチームを潰したのか。
喧嘩狼が自分たちを狙った理由。
それは、
――友達が怪我させられたから。
であった。
それはあまりにも幼稚で、他人からすれば信じられない理由ではあったが、あの現場を見ていた翼は、その理由を聞いて妙に納得してしまった。
それと同時に、鷹野翼に目標が出来た。
喧嘩狼に勝ちたい。
喧嘩狼の横に並びたい。
彼に――認めてもらいたいっ!
そのちっぽけな願いを叶えるために、翼は死にもの狂いで喧嘩の腕を磨き続けた。
腕に覚えのある奴には片っ端から喧嘩を売って、自分の財産に変えていった。
そして自分を磨き続けて2年。
気がつくと、翼は高校1年生にして、あの極悪非道の九頭竜高校の頭を張っていた。
準備は整った、あとは再戦するのみ。
だが、その頃にはもう、喧嘩狼の姿はどこにもなかった。
翼は自分の持てる力をすべて注ぎ込んで、喧嘩狼の行方を追った。
しかし、いくら探そうと、オオカミのシッポは掴めない。
喧嘩狼の行方を捜して1年が経過し、翼は高校2年に進級した。
この頃にはもう翼の心も折れかけ、絶望が心と身体を覆い始めていた。
そんなときだった。
喧嘩狼の情報を手に入れたのは。
「ようやくや……。ようやくまた、アンタと会えるで……喧嘩狼。いや、大神士狼っ!」
翼は下っ端に盗撮させた森実高校の制服に身を包む士狼の写真を取り出し、不敵な笑みを浮かべた。
その瞳はオオカミを狩るタカのように鋭く、危ない光を宿していた。
0
あなたにおすすめの小説
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。
たかなしポン太
青春
僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。
助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。
でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。
「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」
「ちょっと、確認しなくていいですから!」
「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」
「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」
天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。
異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー!
※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
