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第5部 嵐を呼べ オカマ帝国の逆襲!
第7話 トドメの口吸い
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キノコヘアーのオカマさんが、よこたんの写真を取り出した瞬間、芽衣の強化外骨格のような笑顔が一瞬だけ崩れた。
が、すぐさま笑顔を取り繕うのだが、その一瞬があまりにも致命的だったらしい。
オカマさんは、目を細め、うっそりと微笑みながら、確信したかのように唇を動かした。
「どうやら、この娘について何か知っているみたいね? あたしに教えて貰えないかしら?」
「……失礼ですがお客様、コチラの写真のお方とのご関係は?」
「姉よ」
えっ、兄じゃなくて?
と出かかったツッコムを無理やり口内で噛み砕き、素早く芽衣にアイコンタクトを飛ばす。
(なぁ芽衣? よこたんに【姉】……ていういか【兄】なんて居たの?)
(まさかっ! あの娘の上にはアタシしか居ないわ)
(おいおいっ!? じゃあこの自称【姉】のオカマさんは、一体誰なんだよ!? 怖ぇよ!)
(そんなの決まっているでしょ? 森実祭で鷹野くんが言っていたことを、もう忘れたの?)
(鷹野が言っていたこと? ……あっ!)
瞬間、俺の脳裏に鷹野との保健室での1件がフラッシュバックした。
そうだ、思い出したっ!
一体ナニがどうなってそうなったのか、詳細は一切分からないが、よこたんのヤツ【東京卍帝国】とかいうワンパク怪獣ちゃんチームに、賞金を懸けられているんだったわ!
しかもその金額、まさかの100万円っ!
(ということは、このオカマさんの目当ては……)
(十中八九、間違いなく、洋子の身柄ね)
(つまり、お金目当てのチンピラ擬きか)
俺はニコニコ♪ 微笑むオカマさんを視界に入れつつ、芽衣に瞳だけで問いかける。
(どうする芽衣? 蹴り返すか?)
(ダメ。普段ならソレでいいけど、今はお店に迷惑がかかっちゃう)
(なら、よこたんの存在を誤魔化しながら、お引き取り願う方向で?)
芽衣は笑顔を崩さす、小さく首肯した。
俺も「了解」と心の中で首を縦に振ると同時に、オカマさんが「さてっと……」と、どこか俺たちを試すような声を投げかけてきた。
「時間ももったいないし、この娘のこと、教えてくれるかしら?『今、どこに居るのか?』とかね? おそらくアナタ達、この娘の知り合いでしょ?」
「う~ん……? 申し訳ありません、お客様。わたしの友人に似てはいますが、やはり別人でした」
「そうなの? ……って、あら? よく見ればアナタ、この娘によく似ているわね?」
「そうですか? 他人の空似ではないですか?」
う~ん? と、顔をしかめながら、オカマ姉さんが芽衣の胸元に視線を落とす。
芽衣の胸元、そこには『めい』と書かれたお手製のネームプレートが鎮座していた。
オカマさんは、しばし考えるような素振りを見せたが、すぐさま「ふぅ」と柔らかく微笑み。
「まぁ世の中、似たような子は3人ほど居るっていうし、そんなモノかしらね。それじゃ、隣の色男はどう? 知ってる?」
「むむむっ? こんな超絶可愛い女の子、俺の知り合いには居ないなぁ。居たら問答無用で、俺のガールフレンドにしているところだし――痛テテテテテテッ!?」
むぎゅぅぅぅぅぅっ! と万力が如き力で、芽衣に脇腹を抓られる。
ちょっ!? なんで俺、今、おまえに脇腹を抓られてんの!?
意味分かんないんですけど!?
「うわっ!? ビックリしたぁ……どうしたの色男? そんな泣きそう顔をして?」
「お客様があまりにも美しくて、胸が痛いそうですよ?」
「あらヤダッ! もう、お世辞が上手いわね♪」
シレッ! と芽衣の嘘に踊らされたオカマさんが、上機嫌にカラカラと笑う。
いや、笑いゴトじゃねぇよっ!?
というか芽衣ちゃん?
なんでそんな不機嫌なの?
情緒不安定なの?
若年性更年期障害なの?
「じゃあ、あたしの美貌に免じて、この娘を知ってそうな人が居たら、教えてくれないかしら?」
オカマさんが、そんな戯言をほざく。
瞬間、俺の脇腹から手を離した芽衣が、チラッと俺に視線を飛ばす。
――テキトーに受け流しなさい。
――了解。
俺は心の中で小さく首肯しながら、アメリカの通販番組がごときお気楽さで、声を出し――
「あっ、メイちゃん。店長さんがどこにも居ないんだけど、どこに行ったか知らない?」
「おぉぉぉぉ客さまぁぁぁぁっ! ご一緒にポテトの方はいかがでしょうかぁぁぁぁぁっ!?」
「ぽてと? 別に要らないけど……? というか、声大きいわね?」
トテトテと、キッチンから無警戒でコチラにやってきたよこたんの声を打ち消すように、腹の底から声を張り上げる。
オカマさんの視線が俺の釘づけになっている隙に、芽衣が素早くよこたんの身体を反転させ、とっとこハム野郎よろしく、一緒にキッチンへと引き返していく。
「わわっ!? ど、どうしたのメイちゃん?」
「何でもないわよ? 店長なら買い出しに行ったから、しばらく洋子はキッチンの方をお願い。フロアはアタシがやるからっ!」
「う、うん?」
2人のそんなやり取りを聞きながら、屍となって床に転がっている店長へと意識を向けていると、オカマさんが「あら?」と小首をかしげた。
「奥に誰か居るの? ならちょっと呼んできて――」
「お客様っ! ぼくの反復横跳びを見ていてくださいっ!」
「えっ、いやなんで? って、うっそ!? ソレ横跳びっていうか、もはや影分身じゃないの!?」
キッチンの方を覗きこもうとするオカマさんの視界を遮るように、ふんふんディフェンスを多用しながら、レジの前で反復横跳びを敢行するナイスガイ、俺。
俺は……まだ飛べる! と自分を叱責しながら、肉体の限界へと挑みにかかる。
「アナタ、瞬発力が凄いわね? もしかしてスポーツか何か、やってる人なの?」
「いえ運動は得意ですが、とくにスポーツはやってないですね」
「そうなの? 意外ね、そんなに動けるのに。ちなみに、どんな運動が得意なの?」
「ピストン運動です」
「んまっ! 男らしい❤」
ポッ! と頬を染めるオカマさん。
心なしかその瞳がギラッ! と獲物を狙う肉食獣のソレに変わった気がしたが、反復横跳びに集中しているせいで、よく分からないや。
オカマさんは、何故かうっとりしながら俺の躍動する肉体を眺めて、目をアーチ状に歪めると、「ンフッ❤」と鼻息を荒げて、その……なんだ?
すごく気持ちが悪いです……。
「青い果実はどうしてこう……素敵なのかしら❤」
「芽衣ちゃんっ! はやく帰って来て、芽衣ちゃぁぁぁぁぁぁぁんっ!?」
キッチンに引っ込んだ我らが虚乳生徒会長さまの名前を連呼していると、床の方から「テメェ?」と妙に敵意のこもった弱々しい声音が耳朶をくすぐった。
俺とオカマさんの視線が、自然と声のした方向へと引っ張られる。
そこには息も絶え絶えのタケル君が、今にも死にそうな顔をして、俺を睨みあげていた。
タケルくんっ!?
よかった、意識を取り戻したんだねっ!
一時はどうなるコトかと思ったよ!
「さっきから馴れ馴れしいぞ? このお方を、どなたと心得てやがる?」
「どなたでしょうか?」
「聞いて驚け? この方はなぁ、【猫脚】と呼ばれるシックス・ピス――」
瞬間『お黙り?』と言わんばかりに、オカマさんの唇でタケルくんの唇がチャックされる。
た、タケルくぅぅぅぅ~~~んっ!?
先ほどのリプレイでも見ているかのように、タケルくんの身体がどちゃっ! と床にひれ伏した。
その瞳は完全に廃人のソレで……はわわっ!?
「ぷはぁっ! ――あっ、そういえば自己紹介がまだだったわよね? あたしは獅子本レオン、どこにでも居るピチピチの18歳のお姉さんよ。気軽に『レオンお姉さん』って呼んでね?」
「はい、オカマ姉さん」
「オカマじゃねぇ! オネェだゴルァッ!?」
実に男らしい、ドスの効いた声で怒鳴り散らすオカマさん。
どうやらオカマさんに『オカマ』発言は地雷らしい。めんどくせ……。
「えっ? どっちも同じじゃ?」
「失礼ねっ! 全然違うわ、マツタケとシイタケくらい違うわ!」
オカマさんは「いいこと?」と、子どもに説教するように、ピンッ! と人差し指を立てた。
「『オカマ』って言うのはね? 同性愛者じゃないけど、女性的……つまりフェミニンな立ち振る舞いをする男の子のコトを指すの」
「ふむふむ。それは『見た目』や『容姿』も含めてってことで?」
「もちろん。それを踏まえたうえで、どう? 今のあたし、どこか一か所でも、女らしい格好をしているように見える?」
俺は改めてオカマさん(仮)の姿を見つめ直してみる。
黄色い髪のキノコヘアーに、全身が黒のライダースーツで覆われている彼(彼女?)。
そこには女性らしさは一切なく、長身のオカマさん(仮)によく似合っている、実に男らしい服装と言えよう。
「確かに見えない。見た目だけなら普通に男だ」
「でしょ?」
オカマさん(仮)は、ニッコリと微笑みながら続ける。
「じゃあ、ここからが本題ね? ――世の中には『男の子』だけど『男の子』に恋しちゃう『男の子』が居るの。知ってる?」
「よく知ってる」
俺の脳裏に、下半身に獣の……いやケダモノの槍を仕込んだ、1人のハードゲイの姿がフラッシュバックしてきたので、慌てて打ち消す。
「アレだろ? 世間一般的に『ゲイ』って呼ばれている人達だろ?」
「そっ。そのゲイの中には『男の子』のまま『男の子』を愛しちゃう子もいれば、あたしみたいに、心は乙女の『オネェ』を自称する子もいる」
「??? え~と、つまり、見た目は『男』、心は『乙女』な名探偵みたいな人たちを、総じて『オネェ』って呼ぶワケ?」
「ざっくり言ってしまえば、そんな感じね」
正解♪ と微笑むオカマ(仮)さん。
んん~?
ちょっと待てよ?
今、情報を整理するから。
「ということはだよ? オカマさ――オネェさんは、立ち振る舞いだけが女性的なオカマではなく、もっと純粋に、ガチもんのゲイであると? そういうこと?」
「そういうこと♪ ……あら、どこへ行くの色男?」
「ちょっ、ちょっとキッチンへ」
「ダメよ、店員がお客様を残して引っ込むなんて」
「俺、店員じゃないんでっ!」
「じゃあ誰なのアナタッ!?」
おいおいおいおい、冗談じゃねぇよ!?
つまり、今までのあの視線と言動は、そういうコトだろ!?
俺、狙われてるってことだろ!?
ふざけんなっ!?
どうして俺は変態にばっかり好かれるんだ?
神様はそんなに俺のコトが嫌いなのか!?
逃げようにもオネェさ――いやもう『オカマ姉さん』でいいや――に手を掴まれて逃げられないし……助けて芽衣ちゃぁぁぁぁぁんっ!?
「あっ、そうだ! ねぇ色男? ちょっと話は変わるんだけど、色男は『喧嘩狼』っていう男の子を知らないかしら?」
「いや、知らないっすね」
自分でもビックリするぐらい真顔で嘘が飛び出ていった。
何でかは分からないが、誤魔化してしまった。
が、理由は後からやって来た。
「あらそう? 残念……あたしのダーリン27号にしようと思ってたんだけどなぁ」
絶対にバレるワケにはいかなくなった。
絶対にだっ!
「大丈夫、心配しないで? アナタもちゃ~んと、あたしのダーリン28号に加えてあげるから❤」
「助けてっ!? 誰か助けて!? いやぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
「た、隊長……? も、目的が変わってます……」
床に転がり意識を失っていたタケルくんが、ゆっくりと身体を起こす。
た、タケルくんっ!?
よかった、生きてたんだねっ!
でも、目的ってなぁに?
「自分たちに与えられた任務は『喧嘩狼の抹殺』と、古羊洋子の捕縛――んんっ!?」
ぶちゅるるるるるるる~~~~♪ と、再びタケル君の唇にオカマさんの唇がドッキングする。
最後の一撃は、せつない……。
オカマさんからトドメのキスを喰らい、今度こそ完全沈黙するタケルくん。
彼の将来に多大な幸福が訪れることを、願ってやまない。
「お待たせしました、お客さま。コチラ、お持ち帰りの『ホットドック・セット』になります」
「あら、もう出来たの?」
キッチンから袋に包んだホットドックとコーヒーを持って、芽衣が飛んでくる。
た、助かった……っ!
多大な犠牲は払ったが、なんとか俺のファーストキスから始まる、オカマさんとの恋のヒストリーだけは死守することが出来たぞっ!
オカマさんからお代を頂き、ホットドッグ・セットを手渡す芽衣の隣で、人知れず安堵の吐息をこぼす。
「ありがと、仕事が早いわね?」
「それが当店の売りですから」
そう言って、にこやかに微笑み合うオカマさんと芽衣。
そんなオカマさんのすぐ足元で「うぅ……? ここは……?」と目を覚まそうとしている店長。
「それじゃ2人とも、チャオ♪ 機会があったら、また会いましょう?」
パチン☆ とウィンクを飛ばしながら「これはオマケね❤」と言って、目覚めたばかりの店長に再び口吸いをするオカマさん。
ぶちゅるるるるるるる~♪ と、店長とオカマさんの唇の隙間から爆音が奏でられると同時に、セッションでもするかのように店長の身体が小刻みに震えだす。
――緩い人生なんてまっぴらゴメンさ! ハードな生き様こそ俺様の人生さ!
と言わんばかりに、魂と身体が震えている店長。
「ぷはぁっ! ごちそうさま♪ さぁ、行くわよタケル?」
ゴトンッ! と、鈍い音を立てながら再び床にひれ伏す店長と入れ替わるように、タケル君の身体が一瞬だけビクンッ!? と震える。
オカマさんはタケル君の首根っこをむんずっ! と掴むと、ズルズルと彼を引きずって、店の外へと歩いて行く。
「たすけて……おねがい……」
そんなある種、神々しさすら感じる光景の中、タケル君は口が半開きのままヨダレを垂らして、焦点の定まっていない瞳で俺を見つめながら、つぶやいた。
果たして当時16歳の俺に、一体どれだけの選択肢があったのだろうか?
やむなく俺は、泣く泣く……タケル君を見捨てることにした。
「あぁ、あぁあぁぁ……」と弱々しい断末魔をあげながら、引っ張られていくタケル君を、敬礼しながら見守る俺。
当時の俺に、ハードゲイの相手は、あまりにも荷が重すぎた。
……いやまぁ、今でも荷が重いんだけどさ。
「ありがとうございましたぁ~♪」
芽衣の軽やかな声音とともに、カランコロン♪ と扉が閉まり、オカマさんとタケルくんが姿を消す。
2人の気配が遠ざかって行ったのを確認し終え……ようやく俺と芽衣は「はぁ~っ!」と盛大にため息をこぼした。
「なんとか無事にやり過ごせたな」
「いや無事じゃないわよ。どうするのよ店長? 完全に廃人1歩手前状態よ、コレ?」
「店長は尊い犠牲になったのさ……」
俺と芽衣は、床に転がったままピクリともしない店長を見下ろしながら、再び2人同時にため息をこぼした。
「とりあえず、店長を奥へ運びましょうか? ここじゃ他のお客さまの邪魔になるし。士狼、おねがい」
「ガッテン承知の助」
俺は虚ろな瞳の店長に近づきながら、オカマさんが去って行った扉を見て、軽く肩を竦めた。
どうやら、今年の夏も騒がしくなりそうだ。
が、すぐさま笑顔を取り繕うのだが、その一瞬があまりにも致命的だったらしい。
オカマさんは、目を細め、うっそりと微笑みながら、確信したかのように唇を動かした。
「どうやら、この娘について何か知っているみたいね? あたしに教えて貰えないかしら?」
「……失礼ですがお客様、コチラの写真のお方とのご関係は?」
「姉よ」
えっ、兄じゃなくて?
と出かかったツッコムを無理やり口内で噛み砕き、素早く芽衣にアイコンタクトを飛ばす。
(なぁ芽衣? よこたんに【姉】……ていういか【兄】なんて居たの?)
(まさかっ! あの娘の上にはアタシしか居ないわ)
(おいおいっ!? じゃあこの自称【姉】のオカマさんは、一体誰なんだよ!? 怖ぇよ!)
(そんなの決まっているでしょ? 森実祭で鷹野くんが言っていたことを、もう忘れたの?)
(鷹野が言っていたこと? ……あっ!)
瞬間、俺の脳裏に鷹野との保健室での1件がフラッシュバックした。
そうだ、思い出したっ!
一体ナニがどうなってそうなったのか、詳細は一切分からないが、よこたんのヤツ【東京卍帝国】とかいうワンパク怪獣ちゃんチームに、賞金を懸けられているんだったわ!
しかもその金額、まさかの100万円っ!
(ということは、このオカマさんの目当ては……)
(十中八九、間違いなく、洋子の身柄ね)
(つまり、お金目当てのチンピラ擬きか)
俺はニコニコ♪ 微笑むオカマさんを視界に入れつつ、芽衣に瞳だけで問いかける。
(どうする芽衣? 蹴り返すか?)
(ダメ。普段ならソレでいいけど、今はお店に迷惑がかかっちゃう)
(なら、よこたんの存在を誤魔化しながら、お引き取り願う方向で?)
芽衣は笑顔を崩さす、小さく首肯した。
俺も「了解」と心の中で首を縦に振ると同時に、オカマさんが「さてっと……」と、どこか俺たちを試すような声を投げかけてきた。
「時間ももったいないし、この娘のこと、教えてくれるかしら?『今、どこに居るのか?』とかね? おそらくアナタ達、この娘の知り合いでしょ?」
「う~ん……? 申し訳ありません、お客様。わたしの友人に似てはいますが、やはり別人でした」
「そうなの? ……って、あら? よく見ればアナタ、この娘によく似ているわね?」
「そうですか? 他人の空似ではないですか?」
う~ん? と、顔をしかめながら、オカマ姉さんが芽衣の胸元に視線を落とす。
芽衣の胸元、そこには『めい』と書かれたお手製のネームプレートが鎮座していた。
オカマさんは、しばし考えるような素振りを見せたが、すぐさま「ふぅ」と柔らかく微笑み。
「まぁ世の中、似たような子は3人ほど居るっていうし、そんなモノかしらね。それじゃ、隣の色男はどう? 知ってる?」
「むむむっ? こんな超絶可愛い女の子、俺の知り合いには居ないなぁ。居たら問答無用で、俺のガールフレンドにしているところだし――痛テテテテテテッ!?」
むぎゅぅぅぅぅぅっ! と万力が如き力で、芽衣に脇腹を抓られる。
ちょっ!? なんで俺、今、おまえに脇腹を抓られてんの!?
意味分かんないんですけど!?
「うわっ!? ビックリしたぁ……どうしたの色男? そんな泣きそう顔をして?」
「お客様があまりにも美しくて、胸が痛いそうですよ?」
「あらヤダッ! もう、お世辞が上手いわね♪」
シレッ! と芽衣の嘘に踊らされたオカマさんが、上機嫌にカラカラと笑う。
いや、笑いゴトじゃねぇよっ!?
というか芽衣ちゃん?
なんでそんな不機嫌なの?
情緒不安定なの?
若年性更年期障害なの?
「じゃあ、あたしの美貌に免じて、この娘を知ってそうな人が居たら、教えてくれないかしら?」
オカマさんが、そんな戯言をほざく。
瞬間、俺の脇腹から手を離した芽衣が、チラッと俺に視線を飛ばす。
――テキトーに受け流しなさい。
――了解。
俺は心の中で小さく首肯しながら、アメリカの通販番組がごときお気楽さで、声を出し――
「あっ、メイちゃん。店長さんがどこにも居ないんだけど、どこに行ったか知らない?」
「おぉぉぉぉ客さまぁぁぁぁっ! ご一緒にポテトの方はいかがでしょうかぁぁぁぁぁっ!?」
「ぽてと? 別に要らないけど……? というか、声大きいわね?」
トテトテと、キッチンから無警戒でコチラにやってきたよこたんの声を打ち消すように、腹の底から声を張り上げる。
オカマさんの視線が俺の釘づけになっている隙に、芽衣が素早くよこたんの身体を反転させ、とっとこハム野郎よろしく、一緒にキッチンへと引き返していく。
「わわっ!? ど、どうしたのメイちゃん?」
「何でもないわよ? 店長なら買い出しに行ったから、しばらく洋子はキッチンの方をお願い。フロアはアタシがやるからっ!」
「う、うん?」
2人のそんなやり取りを聞きながら、屍となって床に転がっている店長へと意識を向けていると、オカマさんが「あら?」と小首をかしげた。
「奥に誰か居るの? ならちょっと呼んできて――」
「お客様っ! ぼくの反復横跳びを見ていてくださいっ!」
「えっ、いやなんで? って、うっそ!? ソレ横跳びっていうか、もはや影分身じゃないの!?」
キッチンの方を覗きこもうとするオカマさんの視界を遮るように、ふんふんディフェンスを多用しながら、レジの前で反復横跳びを敢行するナイスガイ、俺。
俺は……まだ飛べる! と自分を叱責しながら、肉体の限界へと挑みにかかる。
「アナタ、瞬発力が凄いわね? もしかしてスポーツか何か、やってる人なの?」
「いえ運動は得意ですが、とくにスポーツはやってないですね」
「そうなの? 意外ね、そんなに動けるのに。ちなみに、どんな運動が得意なの?」
「ピストン運動です」
「んまっ! 男らしい❤」
ポッ! と頬を染めるオカマさん。
心なしかその瞳がギラッ! と獲物を狙う肉食獣のソレに変わった気がしたが、反復横跳びに集中しているせいで、よく分からないや。
オカマさんは、何故かうっとりしながら俺の躍動する肉体を眺めて、目をアーチ状に歪めると、「ンフッ❤」と鼻息を荒げて、その……なんだ?
すごく気持ちが悪いです……。
「青い果実はどうしてこう……素敵なのかしら❤」
「芽衣ちゃんっ! はやく帰って来て、芽衣ちゃぁぁぁぁぁぁぁんっ!?」
キッチンに引っ込んだ我らが虚乳生徒会長さまの名前を連呼していると、床の方から「テメェ?」と妙に敵意のこもった弱々しい声音が耳朶をくすぐった。
俺とオカマさんの視線が、自然と声のした方向へと引っ張られる。
そこには息も絶え絶えのタケル君が、今にも死にそうな顔をして、俺を睨みあげていた。
タケルくんっ!?
よかった、意識を取り戻したんだねっ!
一時はどうなるコトかと思ったよ!
「さっきから馴れ馴れしいぞ? このお方を、どなたと心得てやがる?」
「どなたでしょうか?」
「聞いて驚け? この方はなぁ、【猫脚】と呼ばれるシックス・ピス――」
瞬間『お黙り?』と言わんばかりに、オカマさんの唇でタケルくんの唇がチャックされる。
た、タケルくぅぅぅぅ~~~んっ!?
先ほどのリプレイでも見ているかのように、タケルくんの身体がどちゃっ! と床にひれ伏した。
その瞳は完全に廃人のソレで……はわわっ!?
「ぷはぁっ! ――あっ、そういえば自己紹介がまだだったわよね? あたしは獅子本レオン、どこにでも居るピチピチの18歳のお姉さんよ。気軽に『レオンお姉さん』って呼んでね?」
「はい、オカマ姉さん」
「オカマじゃねぇ! オネェだゴルァッ!?」
実に男らしい、ドスの効いた声で怒鳴り散らすオカマさん。
どうやらオカマさんに『オカマ』発言は地雷らしい。めんどくせ……。
「えっ? どっちも同じじゃ?」
「失礼ねっ! 全然違うわ、マツタケとシイタケくらい違うわ!」
オカマさんは「いいこと?」と、子どもに説教するように、ピンッ! と人差し指を立てた。
「『オカマ』って言うのはね? 同性愛者じゃないけど、女性的……つまりフェミニンな立ち振る舞いをする男の子のコトを指すの」
「ふむふむ。それは『見た目』や『容姿』も含めてってことで?」
「もちろん。それを踏まえたうえで、どう? 今のあたし、どこか一か所でも、女らしい格好をしているように見える?」
俺は改めてオカマさん(仮)の姿を見つめ直してみる。
黄色い髪のキノコヘアーに、全身が黒のライダースーツで覆われている彼(彼女?)。
そこには女性らしさは一切なく、長身のオカマさん(仮)によく似合っている、実に男らしい服装と言えよう。
「確かに見えない。見た目だけなら普通に男だ」
「でしょ?」
オカマさん(仮)は、ニッコリと微笑みながら続ける。
「じゃあ、ここからが本題ね? ――世の中には『男の子』だけど『男の子』に恋しちゃう『男の子』が居るの。知ってる?」
「よく知ってる」
俺の脳裏に、下半身に獣の……いやケダモノの槍を仕込んだ、1人のハードゲイの姿がフラッシュバックしてきたので、慌てて打ち消す。
「アレだろ? 世間一般的に『ゲイ』って呼ばれている人達だろ?」
「そっ。そのゲイの中には『男の子』のまま『男の子』を愛しちゃう子もいれば、あたしみたいに、心は乙女の『オネェ』を自称する子もいる」
「??? え~と、つまり、見た目は『男』、心は『乙女』な名探偵みたいな人たちを、総じて『オネェ』って呼ぶワケ?」
「ざっくり言ってしまえば、そんな感じね」
正解♪ と微笑むオカマ(仮)さん。
んん~?
ちょっと待てよ?
今、情報を整理するから。
「ということはだよ? オカマさ――オネェさんは、立ち振る舞いだけが女性的なオカマではなく、もっと純粋に、ガチもんのゲイであると? そういうこと?」
「そういうこと♪ ……あら、どこへ行くの色男?」
「ちょっ、ちょっとキッチンへ」
「ダメよ、店員がお客様を残して引っ込むなんて」
「俺、店員じゃないんでっ!」
「じゃあ誰なのアナタッ!?」
おいおいおいおい、冗談じゃねぇよ!?
つまり、今までのあの視線と言動は、そういうコトだろ!?
俺、狙われてるってことだろ!?
ふざけんなっ!?
どうして俺は変態にばっかり好かれるんだ?
神様はそんなに俺のコトが嫌いなのか!?
逃げようにもオネェさ――いやもう『オカマ姉さん』でいいや――に手を掴まれて逃げられないし……助けて芽衣ちゃぁぁぁぁぁんっ!?
「あっ、そうだ! ねぇ色男? ちょっと話は変わるんだけど、色男は『喧嘩狼』っていう男の子を知らないかしら?」
「いや、知らないっすね」
自分でもビックリするぐらい真顔で嘘が飛び出ていった。
何でかは分からないが、誤魔化してしまった。
が、理由は後からやって来た。
「あらそう? 残念……あたしのダーリン27号にしようと思ってたんだけどなぁ」
絶対にバレるワケにはいかなくなった。
絶対にだっ!
「大丈夫、心配しないで? アナタもちゃ~んと、あたしのダーリン28号に加えてあげるから❤」
「助けてっ!? 誰か助けて!? いやぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
「た、隊長……? も、目的が変わってます……」
床に転がり意識を失っていたタケルくんが、ゆっくりと身体を起こす。
た、タケルくんっ!?
よかった、生きてたんだねっ!
でも、目的ってなぁに?
「自分たちに与えられた任務は『喧嘩狼の抹殺』と、古羊洋子の捕縛――んんっ!?」
ぶちゅるるるるるるる~~~~♪ と、再びタケル君の唇にオカマさんの唇がドッキングする。
最後の一撃は、せつない……。
オカマさんからトドメのキスを喰らい、今度こそ完全沈黙するタケルくん。
彼の将来に多大な幸福が訪れることを、願ってやまない。
「お待たせしました、お客さま。コチラ、お持ち帰りの『ホットドック・セット』になります」
「あら、もう出来たの?」
キッチンから袋に包んだホットドックとコーヒーを持って、芽衣が飛んでくる。
た、助かった……っ!
多大な犠牲は払ったが、なんとか俺のファーストキスから始まる、オカマさんとの恋のヒストリーだけは死守することが出来たぞっ!
オカマさんからお代を頂き、ホットドッグ・セットを手渡す芽衣の隣で、人知れず安堵の吐息をこぼす。
「ありがと、仕事が早いわね?」
「それが当店の売りですから」
そう言って、にこやかに微笑み合うオカマさんと芽衣。
そんなオカマさんのすぐ足元で「うぅ……? ここは……?」と目を覚まそうとしている店長。
「それじゃ2人とも、チャオ♪ 機会があったら、また会いましょう?」
パチン☆ とウィンクを飛ばしながら「これはオマケね❤」と言って、目覚めたばかりの店長に再び口吸いをするオカマさん。
ぶちゅるるるるるるる~♪ と、店長とオカマさんの唇の隙間から爆音が奏でられると同時に、セッションでもするかのように店長の身体が小刻みに震えだす。
――緩い人生なんてまっぴらゴメンさ! ハードな生き様こそ俺様の人生さ!
と言わんばかりに、魂と身体が震えている店長。
「ぷはぁっ! ごちそうさま♪ さぁ、行くわよタケル?」
ゴトンッ! と、鈍い音を立てながら再び床にひれ伏す店長と入れ替わるように、タケル君の身体が一瞬だけビクンッ!? と震える。
オカマさんはタケル君の首根っこをむんずっ! と掴むと、ズルズルと彼を引きずって、店の外へと歩いて行く。
「たすけて……おねがい……」
そんなある種、神々しさすら感じる光景の中、タケル君は口が半開きのままヨダレを垂らして、焦点の定まっていない瞳で俺を見つめながら、つぶやいた。
果たして当時16歳の俺に、一体どれだけの選択肢があったのだろうか?
やむなく俺は、泣く泣く……タケル君を見捨てることにした。
「あぁ、あぁあぁぁ……」と弱々しい断末魔をあげながら、引っ張られていくタケル君を、敬礼しながら見守る俺。
当時の俺に、ハードゲイの相手は、あまりにも荷が重すぎた。
……いやまぁ、今でも荷が重いんだけどさ。
「ありがとうございましたぁ~♪」
芽衣の軽やかな声音とともに、カランコロン♪ と扉が閉まり、オカマさんとタケルくんが姿を消す。
2人の気配が遠ざかって行ったのを確認し終え……ようやく俺と芽衣は「はぁ~っ!」と盛大にため息をこぼした。
「なんとか無事にやり過ごせたな」
「いや無事じゃないわよ。どうするのよ店長? 完全に廃人1歩手前状態よ、コレ?」
「店長は尊い犠牲になったのさ……」
俺と芽衣は、床に転がったままピクリともしない店長を見下ろしながら、再び2人同時にため息をこぼした。
「とりあえず、店長を奥へ運びましょうか? ここじゃ他のお客さまの邪魔になるし。士狼、おねがい」
「ガッテン承知の助」
俺は虚ろな瞳の店長に近づきながら、オカマさんが去って行った扉を見て、軽く肩を竦めた。
どうやら、今年の夏も騒がしくなりそうだ。
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