169 / 414
第5部 嵐を呼べ オカマ帝国の逆襲!
第28話 猫脚 VS 喧嘩狼 ~浜辺の決戦編~
しおりを挟む
「――まったく。夏だからと言って、ハメを外し過ぎるなよ未成年ども?」
「「はい、申し訳ありませんでした……」」
ハァ……と、これみよがしに溜息をこぼすポリスメンが、俺たちを乗せてきたパトカーへと再び乗り込んだ。
俺とオカマ姉さんは、去っていくパトカーを無言で見つめながら、大きく息を吐き捨てた。
「つ、疲れたぁ~……」
「同じく……」
俺の言葉に同意したオカマ姉さんが、空を仰ぐ。
そこには、ピカピカ輝く金メダルのように、大きな満月が浮かんでいた。
時刻は草木も眠る丑三つ時。
俺とオカマ姉さんは、手押し車400メートル走をまったくの同着でゴールするな否や、大会運営テントで控えていた警察官に『公然わいせつ罪』の現行犯として、2人一緒に仲良く署へと連行させられていた。
こういうとき頼りになる芽衣ちゃんは、何故か俺に向かって笑顔で中指を勃起させるだけだし、メバチ先輩はオロオロするばかりで役に立たない。
よこたんに至っては、地に伏したまま、自分のお股を押さえて、恨めしそうな、それでいて恥ずかしそうな表情で、俺を見上げてきていて……ちょっと興奮した。
ちなみにタケル君は、そんなよこたんの隣で、仰向けで倒れながら、死んだ魚のような目で、青空をずっと眺めていた。
彼の目尻から流れた一筋の涙は、引き分けへの悔恨か、それとも凌辱された悲しみだったのかは……あのときの俺には分からなかった。
そんな事があり、急遽、警察署でお世話になること約9時間。
ようやく誤解が解け、釈放された俺たちは、夜とは言え、天下の往来を水着1枚で踏破するのは風紀的によろしくない! ということで、宿泊予定の民宿の前までパトカーで送ってもらい、現在に至るのであった。
「結局、どっちが優勝したことになるのかしら?」
「引き分けだし、ノーカンじゃねぇの? あっ! もちろんノーカンだから、あの約束はナシな!?」
「まぁ、そうなるわよねぇ~」
オカマ姉さんは「んん~っ!」と大きく1度背伸びをすると、どこか晴々とした表情で浜辺の方を指さした。
「このまま帰るのは味気が無いし、ちょっとそこまで気晴らしに散歩でもしない、ダーリン?」
「身の危険を感じるから、嫌だ」
「大丈夫よ、何もしないからっ! ……たぶん」
何とも不安の残る語尾を残しながら、先を歩いて行くオカマ姉さん。
流石にこのまま姉さんを残して民宿へと戻るのは、気が引けるワケで……ハァ。
「しょうがねぇなぁ」
俺はポリポリと後頭部を指先でかきながら、大人しくオカマ姉さんの後ろを付いて行った。
どうやらビーチへ向かっているらしく、潮騒の匂いが濃くなる。
砂浜へと足を踏み入れると、淡い月の光が海面に反射して、なんとも言えない幻想的な光景が視界いっぱいに広がった。
「さて……っと。ここでいいかしらね」
オカマ姉さんは歩みを止めると、俺の方へと振り返り。
「ねぇダーリン? あたしの目的、覚えてる?」
「よこたんの捕縛と、俺の討伐だろ?」
「そっ。あたしの目的は『古羊洋子の捕縛』と『喧嘩狼の討伐』。でも、ダーリンがあたしのダーリンになってくれるなら『古羊洋子の捕縛』の件は、あたしが何とかしてあげる。――と、あたしはそう言った」
でも、とオカマ姉さんは続ける。
「ちょっと気が変わったわ」
「気が変わった?」
オカマ姉さんは「えぇっ」と微笑を浮かべながら、
「ねぇダーリン、東京卍帝国に入らない?」
と言った。
「総長には、あたしの方から言ってあげるわ。もちろん、帝国に入ってくれるなら『古羊洋子の捕縛』も『喧嘩狼の討伐』も『ダーリンお婿さん計画』も、全部無かったことにしてあげる。どう?」
「これはまた……どういう風の吹き回しで?」
「純粋にダーリンの事が気に入っちゃったのよ。恋人にするよりも、ソッチの方が楽しそうだしね♪」
そう言って、オカマ姉さんはコロコロと笑った。
一体何がオカマさんの琴線に触れたのかは分からないが、俺の言うべき言葉は決まっている。
「ワリィな、姉さん。俺は東京卍帝国には入らねぇし、姉さんの恋人にもならねぇ」
「……そっか。それが答えて、いいのね?」
あぁ、と小さく首肯する。
オカマ姉さんは「しょうがない」と言わんばかりに、苦笑を顔に張り付けた。
「じゃあ悪いけどダーリン――ううん、喧嘩狼。アナタを倒して、古羊洋子を連れて帰ることにするわ」
「させねぇよ。たとえ神様仏様が相手だろうと、アイツは誰にも渡さねぇ」
「あぁ~、いいわねぇソレ。女なら1度は言われてみたいセリフだわ♪」
もうっ、妬けちゃうわねぇ~っ!
と、ワザとらしく『きゃっぴるんるん☆』し始めるオカマ姉さん(♂)。
でもその瞳は闇夜でもハッキリと分かるほど、闘争心に満ち溢れていた。
まるで獲物を狙うネコ科の動物を彷彿とさせる瞳。
捕食者の目だ。
……どうやら、覚悟はとうの昔に出来ていたらしい。
「一応言っておくぜ、姉さん。――勝っても負けても、恨みっこナシな?」
「もちろん」
笑顔で頷くオカマ姉さんを視界に収めながら、俺は己の行動を定めた。
心のスイッチを無理やり切り替え、『眠たい……』と軟弱な言葉を吐く己の細胞に喝を入れる。
途端に身体の最奥から熱いエネルギーが迸り、細胞がソレを貪り喰らい活性化。
あふれ出る力に後押しされて、自然と口元に笑みが宿る。
分かる、今、俺はバカみたいに元気だ。
頭も、身体も、心も軽い。
絶好調!
「――ッ!」
先に動いたのは、オカマ姉さんだった。
静寂を破るように、真っ直ぐコチラに向かって突進してくる。
俺の間合いの半歩外側から、オカマ姉さんの右足が緩やかに可動し、加速する。
俺の顎を蹴りぬくつもりの、右の上段回し蹴りだ。
俺は左腕を軽く上げ、ソレを受け止め――
「しなれ、猫足っ!」
空気を切り裂く右の上段回し蹴り。
ソレがまるで大蛇ように、ぬるりと方向を変えると、勢いそのままに、俺の左足をパァンッ! と激しく打ち抜いた。
毛穴に針を詰められたかのような、鋭い痛みが左足を襲う。
傾く俺の巨体。
そこへ追撃の足刀が目の前へと迫る。
狙いは顔。
「にゃろうっ!?」
「あらっ?」
間一髪、両手でオカマ姉さんの足刀を受け止める。
途端に両腕を起点に、甘い痺れが全身を駆け抜けた。
「今のは入ったと思ったのに。アレに反応するなんて、流石は喧嘩狼ね♪」
後ろに跳躍しながら、俺の間合いから逃げるオカマ姉さん。
「おいおい、姉さん? もしかして、ご先祖様にタコでも居た? ちゃんと足に骨、入ってる?」
「失礼ねっ! 骨密度には自信があるわよ」
ぷんぷんっ! と頬を膨らませて憤るオカマ姉さん。
可愛くない……。
俺がちょっとゲンナリしていると、姉さんは、今度はどこか自慢気に「ふふんっ!」と鼻を鳴らした。
「あたしはね、トップスピードに乗ったまま、蹴り筋を自由に変えることが出来るの。それが、あたしが【猫足】って呼ばれている理由」
「蹴り筋を変える?」
「そっ。アナタの『消える右足』とは逆。見えているからこそ、反応できない。反応しても、後から手を変えられる。後出しジャンケンのようなモノね」
「な~る」
子どものように無邪気に笑うオカマ姉さんを尻目に、俺は1人納得した。
なるほどなぁ。
そりゃ鷹野も手こずるワケだわ。
コッチの手を見てから行動を変えることが出来るとか、なんですか?
親戚に無冠の五将でも居るんですか?
「この【猫足】のおかげで、あたしは東京卍帝国の大幹部【シックス・ピストルズ】にまで上りつめる事が出来たワケ。――っと、お喋りはここまでにしておきましょうか?」
オカマ姉さんの瞳が、ネコ科の動物のように鋭くなる。
あとは拳で語り合いましょうってか?
まったく、母ちゃんといい、双子姫さまといい、どうして俺の周りの人間たちは、みんな肉体言語で会話したがるのだろうか?
アマゾネスさんなのだろうか?
「あたしの【猫足】と、アナタの【悪魔の右足】……どっちの足技が上か、決着をつけましょうか?」
そう言って、オカマ姉さんは再び突撃の体勢に入った。
もう言葉は必要ないらしい。
なら今、俺がやるべきことは単純明快だ。
相手よりも疾く、己の渾身の1撃を叩きこむ。
それだけだ。
「唸れ、猫あ――ッ!?」
オカマ姉さんが流れるように、俺の間合いに踏み込んできた。
瞬間、俺の意識と無関係に、右足が跳ね上がる。
すさまじい勢いで跳ね上がるソレは、空気を切り裂き、吸い込まれるように姉さんの顎へと伸びていく。
自分でも見切れないほどの速さで繰り出された前蹴り。
いや、前蹴りに似たナニか。
ソレを長年の経験によるモノか、それとも野生の直感によるモノなのかは分からないが、咄嗟に腕で防御するオカマ姉さん。
でも、そんな行為に意味はない。
俺の右足は本人の意思を無視して、肉を潰し、骨を叩き、それでもまだ威力は衰えず、オカマ姉さんの2メートル近い身体を蹴り上げ、5メートルほど後方へ弾き飛ばした。
ふわっ! と夜間飛行する姉さんの身体。
闇夜のビーチを悠然と滑空しながら、ただ慣性によって進み、重力に引かれて落ちていく。
ドサァ! と、受け身すら取ることなく、地面へと墜落するオカマ姉さんの口から「ゲハッ!?」と苦悶に満ちた喘ぎ声が耳朶を叩いた。
「い、痛ぁ~っ!? ちょっ!? ここまでだなんて、聞いてないんだけど?」
「喋り過ぎだぜ、姉さん?」
オカマ姉さんは、鼻と唇の端から血を流しながらも、立ち上がる。
その瞳の中に宿る闘志は衰えるどころか、ますます燃え盛る。
「なるほど、これが【悪魔の右足】ね。上等じゃない、相手にとって不足なし!」
面白くなってきたわね! と、前のめりで地獄に行く気満々の笑みで、再び俺に襲い掛かってくる。
「しなれ、猫足っ!」
俺の腹部を狙うように放たれた、オカマ姉さんの左中段の前蹴りが、またしても軌道を変え、俺の側頭部めがけて飛んでくる。
ソレを紙一重で躱すなり、流れるようにオカマ姉さんの右上段うしろ回し蹴りが俺を襲う。
鼻先を掠めながらも、ギリギリのところで回避するや否や、息をする暇すらなく、右の足刀が俺の腹部をえぐるように放たれる。
まるで嵐の如き蹴り技のコンビネーション。
右に左にと、軌道をかえる蹴り筋。
これは確かに……厄介だな。
「オラオラッ!? もっとあたしを楽しませなさいっ!」
オカマ姉さんの右の上段回し蹴りが、中段へと軌道を変える。
そのまま、俺の腹部へ突き刺さる――
「ッ!?」
「行くぜ、三下。格の違いを見せてやる」
――ことなく、姉さんの放たれた中段の回し蹴りは、俺の繰り出した右の回し蹴りにより相殺……いや、吹き飛んでいった。
大きく体勢を崩す、オカマ姉さん。
俺はそんなオカマ姉さんの無防備な左側頭部めがけて、俺の持てる最大火力の一撃を叩きこんだ。
瞬間、悲鳴すらあげることなく、明後日の方へ吹き飛んで行くオカマ姉さん。
ゴロゴロと慣性の法則に引っ張られながら、砂浜を転げて行き……止まった。
そして静寂と潮騒の匂いだけが、場を支配した。
頭が揺れて起き上がれないのか、仰向けで倒れたままピクリとも動こうとしない、オカマ姉さん。
俺はそんな姉さんに近づきながら、短く吐息を吐いた。
「どうする? まだやるかい?」
「……やりたくても、身体が動かないわよ。なによ、その右足? 規格外すぎない?」
「じゃあ、勝負アリだな」
「あぁ~、クソ。負けちゃったかぁ~……イケると思ったんだけどなぁ」
苦笑を浮かべる姉さんの顔は、満点の星空へと向かう。
自然と俺の意識も倒れている姉さんから、夜空を彩る天然のイルミネーションの方へと移った。
そこには長かった1日を締め括るように、お月さまが俺たちに向けて笑いかけていた。
「「はい、申し訳ありませんでした……」」
ハァ……と、これみよがしに溜息をこぼすポリスメンが、俺たちを乗せてきたパトカーへと再び乗り込んだ。
俺とオカマ姉さんは、去っていくパトカーを無言で見つめながら、大きく息を吐き捨てた。
「つ、疲れたぁ~……」
「同じく……」
俺の言葉に同意したオカマ姉さんが、空を仰ぐ。
そこには、ピカピカ輝く金メダルのように、大きな満月が浮かんでいた。
時刻は草木も眠る丑三つ時。
俺とオカマ姉さんは、手押し車400メートル走をまったくの同着でゴールするな否や、大会運営テントで控えていた警察官に『公然わいせつ罪』の現行犯として、2人一緒に仲良く署へと連行させられていた。
こういうとき頼りになる芽衣ちゃんは、何故か俺に向かって笑顔で中指を勃起させるだけだし、メバチ先輩はオロオロするばかりで役に立たない。
よこたんに至っては、地に伏したまま、自分のお股を押さえて、恨めしそうな、それでいて恥ずかしそうな表情で、俺を見上げてきていて……ちょっと興奮した。
ちなみにタケル君は、そんなよこたんの隣で、仰向けで倒れながら、死んだ魚のような目で、青空をずっと眺めていた。
彼の目尻から流れた一筋の涙は、引き分けへの悔恨か、それとも凌辱された悲しみだったのかは……あのときの俺には分からなかった。
そんな事があり、急遽、警察署でお世話になること約9時間。
ようやく誤解が解け、釈放された俺たちは、夜とは言え、天下の往来を水着1枚で踏破するのは風紀的によろしくない! ということで、宿泊予定の民宿の前までパトカーで送ってもらい、現在に至るのであった。
「結局、どっちが優勝したことになるのかしら?」
「引き分けだし、ノーカンじゃねぇの? あっ! もちろんノーカンだから、あの約束はナシな!?」
「まぁ、そうなるわよねぇ~」
オカマ姉さんは「んん~っ!」と大きく1度背伸びをすると、どこか晴々とした表情で浜辺の方を指さした。
「このまま帰るのは味気が無いし、ちょっとそこまで気晴らしに散歩でもしない、ダーリン?」
「身の危険を感じるから、嫌だ」
「大丈夫よ、何もしないからっ! ……たぶん」
何とも不安の残る語尾を残しながら、先を歩いて行くオカマ姉さん。
流石にこのまま姉さんを残して民宿へと戻るのは、気が引けるワケで……ハァ。
「しょうがねぇなぁ」
俺はポリポリと後頭部を指先でかきながら、大人しくオカマ姉さんの後ろを付いて行った。
どうやらビーチへ向かっているらしく、潮騒の匂いが濃くなる。
砂浜へと足を踏み入れると、淡い月の光が海面に反射して、なんとも言えない幻想的な光景が視界いっぱいに広がった。
「さて……っと。ここでいいかしらね」
オカマ姉さんは歩みを止めると、俺の方へと振り返り。
「ねぇダーリン? あたしの目的、覚えてる?」
「よこたんの捕縛と、俺の討伐だろ?」
「そっ。あたしの目的は『古羊洋子の捕縛』と『喧嘩狼の討伐』。でも、ダーリンがあたしのダーリンになってくれるなら『古羊洋子の捕縛』の件は、あたしが何とかしてあげる。――と、あたしはそう言った」
でも、とオカマ姉さんは続ける。
「ちょっと気が変わったわ」
「気が変わった?」
オカマ姉さんは「えぇっ」と微笑を浮かべながら、
「ねぇダーリン、東京卍帝国に入らない?」
と言った。
「総長には、あたしの方から言ってあげるわ。もちろん、帝国に入ってくれるなら『古羊洋子の捕縛』も『喧嘩狼の討伐』も『ダーリンお婿さん計画』も、全部無かったことにしてあげる。どう?」
「これはまた……どういう風の吹き回しで?」
「純粋にダーリンの事が気に入っちゃったのよ。恋人にするよりも、ソッチの方が楽しそうだしね♪」
そう言って、オカマ姉さんはコロコロと笑った。
一体何がオカマさんの琴線に触れたのかは分からないが、俺の言うべき言葉は決まっている。
「ワリィな、姉さん。俺は東京卍帝国には入らねぇし、姉さんの恋人にもならねぇ」
「……そっか。それが答えて、いいのね?」
あぁ、と小さく首肯する。
オカマ姉さんは「しょうがない」と言わんばかりに、苦笑を顔に張り付けた。
「じゃあ悪いけどダーリン――ううん、喧嘩狼。アナタを倒して、古羊洋子を連れて帰ることにするわ」
「させねぇよ。たとえ神様仏様が相手だろうと、アイツは誰にも渡さねぇ」
「あぁ~、いいわねぇソレ。女なら1度は言われてみたいセリフだわ♪」
もうっ、妬けちゃうわねぇ~っ!
と、ワザとらしく『きゃっぴるんるん☆』し始めるオカマ姉さん(♂)。
でもその瞳は闇夜でもハッキリと分かるほど、闘争心に満ち溢れていた。
まるで獲物を狙うネコ科の動物を彷彿とさせる瞳。
捕食者の目だ。
……どうやら、覚悟はとうの昔に出来ていたらしい。
「一応言っておくぜ、姉さん。――勝っても負けても、恨みっこナシな?」
「もちろん」
笑顔で頷くオカマ姉さんを視界に収めながら、俺は己の行動を定めた。
心のスイッチを無理やり切り替え、『眠たい……』と軟弱な言葉を吐く己の細胞に喝を入れる。
途端に身体の最奥から熱いエネルギーが迸り、細胞がソレを貪り喰らい活性化。
あふれ出る力に後押しされて、自然と口元に笑みが宿る。
分かる、今、俺はバカみたいに元気だ。
頭も、身体も、心も軽い。
絶好調!
「――ッ!」
先に動いたのは、オカマ姉さんだった。
静寂を破るように、真っ直ぐコチラに向かって突進してくる。
俺の間合いの半歩外側から、オカマ姉さんの右足が緩やかに可動し、加速する。
俺の顎を蹴りぬくつもりの、右の上段回し蹴りだ。
俺は左腕を軽く上げ、ソレを受け止め――
「しなれ、猫足っ!」
空気を切り裂く右の上段回し蹴り。
ソレがまるで大蛇ように、ぬるりと方向を変えると、勢いそのままに、俺の左足をパァンッ! と激しく打ち抜いた。
毛穴に針を詰められたかのような、鋭い痛みが左足を襲う。
傾く俺の巨体。
そこへ追撃の足刀が目の前へと迫る。
狙いは顔。
「にゃろうっ!?」
「あらっ?」
間一髪、両手でオカマ姉さんの足刀を受け止める。
途端に両腕を起点に、甘い痺れが全身を駆け抜けた。
「今のは入ったと思ったのに。アレに反応するなんて、流石は喧嘩狼ね♪」
後ろに跳躍しながら、俺の間合いから逃げるオカマ姉さん。
「おいおい、姉さん? もしかして、ご先祖様にタコでも居た? ちゃんと足に骨、入ってる?」
「失礼ねっ! 骨密度には自信があるわよ」
ぷんぷんっ! と頬を膨らませて憤るオカマ姉さん。
可愛くない……。
俺がちょっとゲンナリしていると、姉さんは、今度はどこか自慢気に「ふふんっ!」と鼻を鳴らした。
「あたしはね、トップスピードに乗ったまま、蹴り筋を自由に変えることが出来るの。それが、あたしが【猫足】って呼ばれている理由」
「蹴り筋を変える?」
「そっ。アナタの『消える右足』とは逆。見えているからこそ、反応できない。反応しても、後から手を変えられる。後出しジャンケンのようなモノね」
「な~る」
子どものように無邪気に笑うオカマ姉さんを尻目に、俺は1人納得した。
なるほどなぁ。
そりゃ鷹野も手こずるワケだわ。
コッチの手を見てから行動を変えることが出来るとか、なんですか?
親戚に無冠の五将でも居るんですか?
「この【猫足】のおかげで、あたしは東京卍帝国の大幹部【シックス・ピストルズ】にまで上りつめる事が出来たワケ。――っと、お喋りはここまでにしておきましょうか?」
オカマ姉さんの瞳が、ネコ科の動物のように鋭くなる。
あとは拳で語り合いましょうってか?
まったく、母ちゃんといい、双子姫さまといい、どうして俺の周りの人間たちは、みんな肉体言語で会話したがるのだろうか?
アマゾネスさんなのだろうか?
「あたしの【猫足】と、アナタの【悪魔の右足】……どっちの足技が上か、決着をつけましょうか?」
そう言って、オカマ姉さんは再び突撃の体勢に入った。
もう言葉は必要ないらしい。
なら今、俺がやるべきことは単純明快だ。
相手よりも疾く、己の渾身の1撃を叩きこむ。
それだけだ。
「唸れ、猫あ――ッ!?」
オカマ姉さんが流れるように、俺の間合いに踏み込んできた。
瞬間、俺の意識と無関係に、右足が跳ね上がる。
すさまじい勢いで跳ね上がるソレは、空気を切り裂き、吸い込まれるように姉さんの顎へと伸びていく。
自分でも見切れないほどの速さで繰り出された前蹴り。
いや、前蹴りに似たナニか。
ソレを長年の経験によるモノか、それとも野生の直感によるモノなのかは分からないが、咄嗟に腕で防御するオカマ姉さん。
でも、そんな行為に意味はない。
俺の右足は本人の意思を無視して、肉を潰し、骨を叩き、それでもまだ威力は衰えず、オカマ姉さんの2メートル近い身体を蹴り上げ、5メートルほど後方へ弾き飛ばした。
ふわっ! と夜間飛行する姉さんの身体。
闇夜のビーチを悠然と滑空しながら、ただ慣性によって進み、重力に引かれて落ちていく。
ドサァ! と、受け身すら取ることなく、地面へと墜落するオカマ姉さんの口から「ゲハッ!?」と苦悶に満ちた喘ぎ声が耳朶を叩いた。
「い、痛ぁ~っ!? ちょっ!? ここまでだなんて、聞いてないんだけど?」
「喋り過ぎだぜ、姉さん?」
オカマ姉さんは、鼻と唇の端から血を流しながらも、立ち上がる。
その瞳の中に宿る闘志は衰えるどころか、ますます燃え盛る。
「なるほど、これが【悪魔の右足】ね。上等じゃない、相手にとって不足なし!」
面白くなってきたわね! と、前のめりで地獄に行く気満々の笑みで、再び俺に襲い掛かってくる。
「しなれ、猫足っ!」
俺の腹部を狙うように放たれた、オカマ姉さんの左中段の前蹴りが、またしても軌道を変え、俺の側頭部めがけて飛んでくる。
ソレを紙一重で躱すなり、流れるようにオカマ姉さんの右上段うしろ回し蹴りが俺を襲う。
鼻先を掠めながらも、ギリギリのところで回避するや否や、息をする暇すらなく、右の足刀が俺の腹部をえぐるように放たれる。
まるで嵐の如き蹴り技のコンビネーション。
右に左にと、軌道をかえる蹴り筋。
これは確かに……厄介だな。
「オラオラッ!? もっとあたしを楽しませなさいっ!」
オカマ姉さんの右の上段回し蹴りが、中段へと軌道を変える。
そのまま、俺の腹部へ突き刺さる――
「ッ!?」
「行くぜ、三下。格の違いを見せてやる」
――ことなく、姉さんの放たれた中段の回し蹴りは、俺の繰り出した右の回し蹴りにより相殺……いや、吹き飛んでいった。
大きく体勢を崩す、オカマ姉さん。
俺はそんなオカマ姉さんの無防備な左側頭部めがけて、俺の持てる最大火力の一撃を叩きこんだ。
瞬間、悲鳴すらあげることなく、明後日の方へ吹き飛んで行くオカマ姉さん。
ゴロゴロと慣性の法則に引っ張られながら、砂浜を転げて行き……止まった。
そして静寂と潮騒の匂いだけが、場を支配した。
頭が揺れて起き上がれないのか、仰向けで倒れたままピクリとも動こうとしない、オカマ姉さん。
俺はそんな姉さんに近づきながら、短く吐息を吐いた。
「どうする? まだやるかい?」
「……やりたくても、身体が動かないわよ。なによ、その右足? 規格外すぎない?」
「じゃあ、勝負アリだな」
「あぁ~、クソ。負けちゃったかぁ~……イケると思ったんだけどなぁ」
苦笑を浮かべる姉さんの顔は、満点の星空へと向かう。
自然と俺の意識も倒れている姉さんから、夜空を彩る天然のイルミネーションの方へと移った。
そこには長かった1日を締め括るように、お月さまが俺たちに向けて笑いかけていた。
0
あなたにおすすめの小説
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。
たかなしポン太
青春
僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。
助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。
でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。
「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」
「ちょっと、確認しなくていいですから!」
「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」
「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」
天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。
異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー!
※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる