みんなの女神サマは最強ヤンキーに甘く壊される

けるたん

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第5部 嵐を呼べ オカマ帝国の逆襲!

第28話 猫脚 VS 喧嘩狼 ~浜辺の決戦編~

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「――まったく。夏だからと言って、ハメを外し過ぎるなよ未成年ども?」

「「はい、申し訳ありませんでした……」」



 ハァ……と、これみよがしに溜息ためいきをこぼすポリスメンが、俺たちを乗せてきたパトカーへと再び乗り込んだ。

 俺とオカマ姉さんは、去っていくパトカーを無言で見つめながら、大きく息を吐き捨てた。



「つ、疲れたぁ~……」
「同じく……」



 俺の言葉に同意したオカマ姉さんが、空をあおぐ。

 そこには、ピカピカ輝く金メダルのように、大きな満月が浮かんでいた。

 時刻は草木も眠る丑三つ時。

 俺とオカマ姉さんは、手押し車400メートル走をまったくの同着でゴールするな否や、大会運営テントで控えていた警察官に『公然わいせつ罪』の現行犯として、2人一緒に仲良く署へと連行させられていた。

 こういうとき頼りになる芽衣ちゃんは、何故か俺に向かって笑顔で中指を勃起させるだけだし、メバチ先輩はオロオロするばかりで役に立たない。

 よこたんに至っては、地に伏したまま、自分のお股を押さえて、恨めしそうな、それでいて恥ずかしそうな表情で、俺を見上げてきていて……ちょっと興奮した。

 ちなみにタケル君は、そんなよこたんの隣で、仰向あおむけで倒れながら、死んだ魚のような目で、青空をずっと眺めていた。

 彼の目尻から流れた一筋の涙は、引き分けへの悔恨かいこんか、それとも凌辱された悲しみだったのかは……あのときの俺には分からなかった。

 そんな事があり、急遽、警察署でお世話になること約9時間。

 ようやく誤解が解け、釈放された俺たちは、夜とは言え、天下の往来を水着1枚で踏破とうはするのは風紀的によろしくない! ということで、宿泊予定の民宿の前までパトカーで送ってもらい、現在に至るのであった。



「結局、どっちが優勝したことになるのかしら?」

「引き分けだし、ノーカンじゃねぇの? あっ! もちろんノーカンだから、あの約束はナシな!?」

「まぁ、そうなるわよねぇ~」



 オカマ姉さんは「んん~っ!」と大きく1度背伸びをすると、どこか晴々はればれとした表情で浜辺の方を指さした。



「このまま帰るのは味気が無いし、ちょっとそこまで気晴らしに散歩でもしない、ダーリン?」
「身の危険を感じるから、嫌だ」
「大丈夫よ、何もしないからっ! ……たぶん」



 何とも不安の残る語尾を残しながら、先を歩いて行くオカマ姉さん。

 流石にこのまま姉さんを残して民宿へと戻るのは、気が引けるワケで……ハァ。



「しょうがねぇなぁ」



 俺はポリポリと後頭部を指先でかきながら、大人しくオカマ姉さんの後ろを付いて行った。

 どうやらビーチへ向かっているらしく、潮騒しおさいの匂いが濃くなる。

 砂浜へと足を踏み入れると、淡い月の光が海面に反射して、なんとも言えない幻想的な光景が視界いっぱいに広がった。



「さて……っと。ここでいいかしらね」



 オカマ姉さんは歩みを止めると、俺の方へと振り返り。



「ねぇダーリン? あたしの目的、覚えてる?」
「よこたんの捕縛と、俺の討伐だろ?」

「そっ。あたしの目的は『古羊洋子の捕縛』と『喧嘩狼の討伐』。でも、ダーリンがあたしのダーリンになってくれるなら『古羊洋子の捕縛』の件は、あたしが何とかしてあげる。――と、あたしはそう言った」



 でも、とオカマ姉さんは続ける。



「ちょっと気が変わったわ」
「気が変わった?」



 オカマ姉さんは「えぇっ」と微笑を浮かべながら、



「ねぇダーリン、東京卍帝国に入らない?」



 と言った。



「総長には、あたしの方から言ってあげるわ。もちろん、帝国に入ってくれるなら『古羊洋子の捕縛』も『喧嘩狼の討伐』も『ダーリンお婿さん計画』も、全部無かったことにしてあげる。どう?」

「これはまた……どういう風の吹き回しで?」
「純粋にダーリンの事が気に入っちゃったのよ。恋人にするよりも、ソッチの方が楽しそうだしね♪」



 そう言って、オカマ姉さんはコロコロと笑った。

 一体何がオカマさんの琴線きんせんに触れたのかは分からないが、俺の言うべき言葉は決まっている。



「ワリィな、姉さん。俺は東京卍帝国には入らねぇし、姉さんの恋人にもならねぇ」
「……そっか。それが答えて、いいのね?」



 あぁ、と小さく首肯する。

 オカマ姉さんは「しょうがない」と言わんばかりに、苦笑を顔に張り付けた。



「じゃあ悪いけどダーリン――ううん、喧嘩狼。アナタを倒して、古羊洋子を連れて帰ることにするわ」

「させねぇよ。たとえ神様仏様が相手だろうと、アイツは誰にも渡さねぇ」
「あぁ~、いいわねぇソレ。女なら1度は言われてみたいセリフだわ♪」



 もうっ、妬けちゃうわねぇ~っ!

 と、ワザとらしく『きゃっぴるんるん☆』し始めるオカマ姉さん(♂)。

 でもその瞳は闇夜でもハッキリと分かるほど、闘争心に満ち溢れていた。

 まるで獲物を狙うネコ科の動物を彷彿とさせる瞳。

 捕食者の目だ。

 ……どうやら、覚悟はとうの昔に出来ていたらしい。



「一応言っておくぜ、姉さん。――勝っても負けても、恨みっこナシな?」
「もちろん」



 笑顔で頷くオカマ姉さんを視界に収めながら、俺は己の行動を定めた。

 心のスイッチを無理やり切り替え、『眠たい……』と軟弱な言葉を吐く己の細胞にかつを入れる。

 途端に身体の最奥から熱いエネルギーが迸り、細胞がソレを貪り喰らい活性化。

 あふれ出る力に後押しされて、自然と口元に笑みが宿る。

 分かる、今、俺はバカみたいに元気だ。

 頭も、身体も、心も軽い。

 絶好調!



「――ッ!」



 先に動いたのは、オカマ姉さんだった。

 静寂しじまを破るように、真っ直ぐコチラに向かって突進してくる。

 俺の間合いの半歩外側から、オカマ姉さんの右足が緩やかに可動し、加速する。

 俺の顎を蹴りぬくつもりの、右の上段回し蹴りだ。

 俺は左腕を軽く上げ、ソレを受け止め――



「しなれ、猫足っ!」



 空気を切り裂く右の上段回し蹴り。

 ソレがまるで大蛇ように、ぬるりと方向を変えると、勢いそのままに、俺の左足をパァンッ! と激しく打ち抜いた。

 毛穴に針を詰められたかのような、鋭い痛みが左足を襲う。

 傾く俺の巨体。

 そこへ追撃の足刀が目の前へと迫る。

 狙いは顔。



「にゃろうっ!?」
「あらっ?」



 間一髪、両手でオカマ姉さんの足刀を受け止める。

 途端に両腕を起点に、甘い痺れが全身を駆け抜けた。



「今のは入ったと思ったのに。アレに反応するなんて、流石は喧嘩狼ね♪」



 後ろに跳躍しながら、俺の間合いから逃げるオカマ姉さん。



「おいおい、姉さん? もしかして、ご先祖様にタコでも居た? ちゃんと足に骨、入ってる?」
「失礼ねっ! 骨密度には自信があるわよ」



 ぷんぷんっ! と頬を膨らませていきどおるオカマ姉さん。

 可愛くない……。

 俺がちょっとゲンナリしていると、姉さんは、今度はどこか自慢気に「ふふんっ!」と鼻を鳴らした。



「あたしはね、トップスピードに乗ったまま、蹴り筋を自由に変えることが出来るの。それが、あたしが【猫足】って呼ばれている理由」

「蹴り筋を変える?」

「そっ。アナタの『消える右足』とは逆。見えているからこそ、反応できない。反応しても、後から手を変えられる。後出しジャンケンのようなモノね」

「な~る」



 子どものように無邪気に笑うオカマ姉さんを尻目に、俺は1人納得した。

 なるほどなぁ。

 そりゃ鷹野も手こずるワケだわ。

 コッチの手を見てから行動を変えることが出来るとか、なんですか?

 親戚に無冠の五将でも居るんですか?



「この【猫足】のおかげで、あたしは東京卍帝国の大幹部【シックス・ピストルズ】にまで上りつめる事が出来たワケ。――っと、お喋りはここまでにしておきましょうか?」



 オカマ姉さんの瞳が、ネコ科の動物のように鋭くなる。

 あとは拳で語り合いましょうってか?

 まったく、母ちゃんといい、双子姫さまといい、どうして俺の周りの人間たちは、みんな肉体言語で会話したがるのだろうか?

 アマゾネスさんなのだろうか?



「あたしの【猫足】と、アナタの【悪魔の右足】……どっちの足技が上か、決着をつけましょうか?」



 そう言って、オカマ姉さんは再び突撃の体勢に入った。

 もう言葉は必要ないらしい。

 なら今、俺がやるべきことは単純明快だ。

 相手よりもはやく、己の渾身の1撃を叩きこむ。

 それだけだ。



うなれ、猫あ――ッ!?」



 オカマ姉さんが流れるように、俺の間合いに踏み込んできた。

 瞬間、俺の意識と無関係に、右足が跳ね上がる。

 すさまじい勢いで跳ね上がるソレは、空気を切り裂き、吸い込まれるように姉さんの顎へと伸びていく。

 自分でも見切れないほどの速さで繰り出された前蹴まえげり。

 いや、前蹴りに似たナニか。

 ソレを長年の経験によるモノか、それとも野生の直感によるモノなのかは分からないが、咄嗟とっさに腕で防御するオカマ姉さん。

 でも、そんな行為に意味はない。

 俺の右足は本人の意思を無視して、肉を潰し、骨を叩き、それでもまだ威力は衰えず、オカマ姉さんの2メートル近い身体を蹴り上げ、5メートルほど後方へ弾き飛ばした。

 ふわっ! と夜間飛行する姉さんの身体。

 闇夜のビーチを悠然ゆうぜんと滑空しながら、ただ慣性によって進み、重力に引かれて落ちていく。

 ドサァ! と、受け身すら取ることなく、地面へと墜落するオカマ姉さんの口から「ゲハッ!?」と苦悶に満ちたあえぎ声が耳朶を叩いた。



「い、痛ぁ~っ!? ちょっ!? ここまでだなんて、聞いてないんだけど?」
「喋り過ぎだぜ、姉さん?」



 オカマ姉さんは、鼻と唇の端から血を流しながらも、立ち上がる。

 その瞳の中に宿る闘志は衰えるどころか、ますます燃え盛る。



「なるほど、これが【悪魔の右足】ね。上等じゃない、相手にとって不足なし!」



 面白くなってきたわね! と、前のめりで地獄に行く気満々の笑みで、再び俺に襲い掛かってくる。



「しなれ、猫足っ!」



 俺の腹部を狙うように放たれた、オカマ姉さんの左中段の前蹴りが、またしても軌道を変え、俺の側頭部めがけて飛んでくる。


 ソレを紙一重で躱すなり、流れるようにオカマ姉さんの右上段うしろ回し蹴りが俺を襲う。

 鼻先を掠めながらも、ギリギリのところで回避するや否や、息をする暇すらなく、右の足刀が俺の腹部をえぐるように放たれる。

 まるで嵐の如き蹴り技のコンビネーション。

 右に左にと、軌道をかえる蹴り筋。

 これは確かに……厄介だな。



「オラオラッ!? もっとあたしを楽しませなさいっ!」



 オカマ姉さんの右の上段回し蹴りが、中段へと軌道を変える。

 そのまま、俺の腹部へ突き刺さる――



「ッ!?」
「行くぜ、三下。格の違いを見せてやる」



 ――ことなく、姉さんの放たれた中段の回し蹴りは、俺の繰り出した右の回し蹴りにより相殺……いや、吹き飛んでいった。

 大きく体勢を崩す、オカマ姉さん。

 俺はそんなオカマ姉さんの無防備な左側頭部めがけて、俺の持てる最大火力の一撃右の上段回し蹴りを叩きこんだ。

 瞬間、悲鳴すらあげることなく、明後日の方へ吹き飛んで行くオカマ姉さん。

 ゴロゴロと慣性の法則に引っ張られながら、砂浜を転げて行き……止まった。

 そして静寂と潮騒の匂いだけが、場を支配した。

 頭が揺れて起き上がれないのか、仰向けで倒れたままピクリとも動こうとしない、オカマ姉さん。

 俺はそんな姉さんに近づきながら、短く吐息を吐いた。



「どうする? まだやるかい?」
「……やりたくても、身体が動かないわよ。なによ、その右足? 規格外すぎない?」
「じゃあ、勝負アリだな」
「あぁ~、クソ。負けちゃったかぁ~……イケると思ったんだけどなぁ」



 苦笑を浮かべる姉さんの顔は、満点の星空へと向かう。

 自然と俺の意識も倒れている姉さんから、夜空を彩る天然のイルミネーションの方へと移った。

 そこには長かった1日を締めくくるように、お月さまが俺たちに向けて笑いかけていた。
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