『ダーク』押し入れの子供達は勇者と魔王どちらを選ぶ

歌龍吟伶

文字の大きさ
5 / 6

鍵の子供が選ぶ道

しおりを挟む
目の前で人間二人を焼かれたエリックは、怒りに震えている。


「なんてことを…!魔王め、どこまで非道な!」

「鍵の子供が望んだことだ」

「何故だ!?何故君たちはそんな酷いことを願ったんだ!」


怒鳴られ殴られ殺されそうになったところを見ていたはずなのに、まだそんなことを言うエリック。

エルは表情を消し、淡々と答える。


「あの人たちは親じゃない、化け物だ。ずっと俺たちを殴って蹴って、押し入れに閉じ込めて…何人の兄弟が死んだと思う?最後になんて言ってたか知ってる?」


ママ、お腹すいた、喉乾いた、痛い…全ての兄弟達の最後の言葉を聞いてきたエルは、涙を流す。


「勇者は正義の味方…だったらどうして皆んなは助からなかったの。助けてって言ったよ?何度もお願いしたよ?だけど誰も来てくれなかった!!」

「そ、それは…世界が違うから仕方ないではないか!門を開けられるのは鍵を持つ者だけ…君が開けたんだ!」


エルは、そんなもの知らない。

何故今回に限って異世界同士が繋がったのか…それは神にしか分からないこと。


「でも勇者さん、俺たちがあの二人に殺してやるって言われてたの聞いたよね。あの女に髪の毛掴まれるのも、アイがあの男に殺されそうになるのも見てたよね。それでも仲直りしろなんて言ってたよね?」


今までの大人達もそうだった…大人は大人しか信じない。

母親が反省を口にすれば許し、弱々しく支援を求めれば物資だけ送る。

子供達の悲鳴は聞き流されてきたのだ。


「子供を嘘つきって言う大人のほうが嘘つきだ…大嫌い。みんな死ねばいいのに」


エルの憎しみは〝大人〟へと向き、溢れ出した狂気が膨らんでいく。


「みんなみんな死んじゃえ…たくさん苦しんで、助けてって言っても助けてもらえずに死ね!!」


エルは泣いていた。

涙を流しながら、しかし笑っている。


「素晴らしい…お前には素質がある」


魔王は心が震えるのを感じていた。

人間の世界で生まれた少年が、自分達と並ぶほどの狂気を抱えている事に。

歓喜した魔王は、エルの頭に手を乗せて囁く。


「エル、と言ったか。お前を気に入った、二つの道を選ばせてやろう」

「二つの、道?」

「そうだ。今死ぬか。それとも共にこの世界を滅ぼすか」


エルは周囲を見渡す。

街の人々は逃げ惑い近くにはいないが、爆発音などは聞こえて来る…もうこの街全体が火の海になるのも時間の問題だ。

勇者エリック達も魔王軍に敵わず、捕らえられている。

アイは戸惑い怯えているが、ハルは状況を飲み込めずにキョロキョロするばかり。

マイは騒ぎに驚き泣いていたが、疲れ果て眠りそうになっていた。


「…この子達を助けたい。最後の兄妹なんだ、今度こそ守りたい」

「お前が我らと共に歩むならば、お前の兄妹も保護してやろう」

「助けてくれるの?ご飯、食べられる?」

「無論だ」

「マイ…赤ちゃんはミルクが欲しいんだ」

「みるく…母乳でよかろう、城勤の女が最近出産したばかりだ。分けて貰えば良い」

「おっぱい貰えるの?」

「魔族は身内に優しい。我が命じればしっかり育ててくれるぞ」


優しいお母さん代わりがいるらしいと聞き、エルは喜んだ。

そして、


「じゃあ、俺も世界を滅ぼす!」


何の未練も愛着もない生まれ故郷に死を。

エルが決意すると、空の割れ目がさらに広がり巨大な魔物が現れた。


「我が臣下、邪龍モージス。さあ、世界を焼き尽くせ」


魔王の名を受け部下達も動く。

勇者の仲間達を次々と殺し、勇者の首は魔王が刎ねた。

こうして人間の世界は数日後には滅び、文明の残骸を遺すだけの廃墟が広がる。

そんな世界を見下ろしながら、エルは笑った。


「すごくスッキリした…」

「楽しいか」

「うん!楽しかった!」

「また、やりたいか?」


首を傾げるエルに、魔王は言う。


「世界は他にもある。そのうちまた門が開く時が来る、その時にはお前も来るか」

「…悪い人いっぱいいるのかな?」

「良い人ばかりの世界などないさ」

「そうだよね。うん、またたくさん殺しに行く!」


無邪気に笑う少年に迷いはない。

自分達のような存在を増やさないためなら、無関係な世界を滅ぼす事にも罪悪感などないから。

魔族の女からお乳を貰い満たされた様子のマイを見て、エルは自分の判断が正しかったのだと確信する。

アイは少し怯えていたけれど、たくさんの食べ物や新しい服を前に並べられてすぐに笑顔になった。

ハルも好きなだけ飲み食いできることを喜び、初めておもちゃで遊ばせてもらい大はしゃぎだ。


「あいつらが死んでよかった…世界が滅んでよかった」


心からの笑みを浮かべるエルの側にいるのは、黒い毛並みの犬達。

死んだ兄弟達の塊を使い、魔王が作り出してくれた魔獣だ。


「これからもずーっと一緒だよ。兄ちゃんがいるからね」





押し入れの子供達は、やっと幸せになれました。

めでたしめでたし。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

英雄一家は国を去る【一話完結】

青緑 ネトロア
ファンタジー
婚約者との舞踏会中、火急の知らせにより領地へ帰り、3年かけて魔物大発生を収めたテレジア。3年振りに王都へ戻ったが、国の一大事から護った一家へ言い渡されたのは、テレジアの婚約破棄だった。 - - - - - - - - - - - - - ただいま後日談の加筆を計画中です。 2025/06/22

女神様、もっと早く祝福が欲しかった。

しゃーりん
ファンタジー
アルーサル王国には、女神様からの祝福を授かる者がいる。…ごくたまに。 今回、授かったのは6歳の王女であり、血縁の判定ができる魔力だった。 女神様は国に役立つ魔力を授けてくれる。ということは、血縁が乱れてるってことか? 一人の倫理観が異常な男によって、国中の貴族が混乱するお話です。ご注意下さい。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

【完結】転生したら悪役継母でした

入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。 その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。 しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。 絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。 記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。 夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。 ◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆ *旧題:転生したら悪妻でした

処理中です...