3 / 5
3
しおりを挟むあの娘が屋敷にやってきてしばらく経っても、私は娘を受け入れなかった。
一緒に暮らせば暮らすほど、娘の嫌なところばかり目に入る。趣味も好みも私とは合わず、苛立つようなことばかりしてくるのだ。
それにこの娘は夫やテオにはひどく愛想が良いというのに、私に対してはいつもおどおどしている。
腹が立って仕方ないが、その態度が夫とテオにはいじらしく見えるらしい。私が怖がらせているのが悪いのだと、あの娘ばかりを庇い立てる。
そんな私に媚を売りたいのか、ある日娘がリボンのかかった箱を渡してきた。
「あの、これ……今度のパーティにいかがでしょう? お気に召していただけると良いんですけれど……」
娘の隣では、夫とテオが微笑ましそうに見ている。
箱の中身は、宝石が散りばめられたネックレスだった。
デザインは悪くないし、パーティで着るドレスにも似合いそうではある。
でも、トップの石が気に入らない。私の嫌いな青色の、大粒のサファイアがあしらわれているのだ。
「あの……――」
娘はこちらを見ながら、相変わらずおどおどと反応を伺ってくる。それを見てか、夫とテオは二人して娘とネックレスを褒めちぎる。
「センスがいいだろう? 彼女は仕事柄、こういうのが得意だからさ」
「こういう豪奢なデザイン、君好みじゃないか。僕も衣装だけではなくて、新しい剣の装飾の注文を彼女にお願いしたところなんだ。衣装の出来栄えも文句なくてね……――」
ああ腹立たしい。二人とも私の嫌いな色すら覚えていない。それもこれも、全てこの娘が悪いのだ。
私は苛立ち紛れに、目の前のネックレスを床に投げつけた。
「――こんなもの、全く私の好みじゃないわ! パーティになんてつけていけるもんですか!」
しん、とその場が静まり返った後、娘はしくしくと涙を流し始めた。
「酷いじゃないか、母さん!」
「私、青は嫌いなのよ! だからサファイアなんてちっとも嬉しくないの!」
「ごっ、ごめんなさい……――私、存じ上げなくって……――」
娘は私に向かって頭を下げると、涙目で部屋から飛び出していった。
テオは私を睨みつけると、走ってあの娘の後を追っていく。
「君……いくら気に入らないからって、そこまでしなくて良いじゃないか」
「テオどころか、あなたもすっかりあの娘にたぶらかされてっ……!」
「失敬だな、人聞きの悪い」
夫は床に落ちたネックレスを拾いながら、それをしげしげと眺める。
「これはまた、ずいぶん良い石を使ってあるな……君のお気に入りの宝石商に、わざわざ頼んで作ったそうだよ。あそこは値が張るだろうに」
どうせテオにお金を出させたに決まっている。そもそも私の馴染みの宝石商が、あんな小娘などを相手にするわけがない。
「なんと言われようと、私はそんなものいらないわ。それよりも私、新しくダイヤのネックレスが欲しいの。頼んでも良いでしょう?」
「え、いやしかし君、この前も新しくこしらえただろう?」
「この前作ったのはエメラルドのネックレスよ! それにあなただって、新しく剣をお作りになるんでしょう?!」
「いやそれはほら、あの子は顔が広いしつても多いだろ? 一級品の素材を集めてくれるって言うもんだから、つい……」
またあの娘の話かと辟易して睨みつけると、夫は慌てて話を終わらせた。
「ま、まあいいんじゃないか、ダイヤモンドのネックレス。きっと君に似合うさ」
あの娘が来てからというもの、苛立つことばかりだ。
その苛立ちを解消するために、近頃は宝石商を呼びつけてばかりいる。
「ではこちらのペンダントはいかがでしょう? 希少な石が使われております」
「そうねえ……でも、ちょっと地味ね」
「左様でございますか……ではこちらの指輪はいかがでしょう? 品はかなり良いのですが、その代わりお値段も少々……」
宝石商は私の顔色を伺いながら失礼なことを言ってくる。宝石商ごときに懐具合を心配されるなんて。
「いくらでも構わないわよ、これをいただくわ。それから新しくネックレスもあつらえたいの」
苛立ちながら睨みつけると、宝石商はあわてて媚を売り始める。
「このお品をお選びになるとは、さすがお目が高い! かしこまりましてございます。それからネックレスでございますね、ではどのようなデザインにいたしましょうか……」
本当に、苛立つことばかり。
15
あなたにおすすめの小説
どうして別れるのかと聞かれても。お気の毒な旦那さま、まさかとは思いますが、あなたのようなクズが女性に愛されると信じていらっしゃるのですか?
石河 翠
恋愛
主人公のモニカは、既婚者にばかり声をかけるはしたない女性として有名だ。愛人稼業をしているだとか、天然の毒婦だとか、聞こえてくるのは下品な噂ばかり。社交界での評判も地に落ちている。
ある日モニカは、溺愛のあまり茶会や夜会に妻を一切参加させないことで有名な愛妻家の男性に声をかける。おしどり夫婦の愛の巣に押しかけたモニカは、そこで虐げられている女性を発見する。
彼女が愛妻家として評判の男性の奥方だと気がついたモニカは、彼女を毎日お茶に誘うようになり……。
八方塞がりな状況で抵抗する力を失っていた孤独なヒロインと、彼女に手を差し伸べ広い世界に連れ出したしたたかな年下ヒーローのお話。
ハッピーエンドです。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID24694748)をお借りしています。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
お姫様は死に、魔女様は目覚めた
悠十
恋愛
とある大国に、小さいけれど豊かな国の姫君が側妃として嫁いだ。
しかし、離宮に案内されるも、離宮には侍女も衛兵も居ない。ベルを鳴らしても、人を呼んでも誰も来ず、姫君は長旅の疲れから眠り込んでしまう。
そして、深夜、姫君は目覚め、体の不調を感じた。そのまま気を失い、三度目覚め、三度気を失い、そして……
「あ、あれ? えっ、なんで私、前の体に戻ってるわけ?」
姫君だった少女は、前世の魔女の体に魂が戻ってきていた。
「えっ、まさか、あのまま死んだ⁉」
魔女は慌てて遠見の水晶を覗き込む。自分の――姫君の体は、嫁いだ大国はいったいどうなっているのか知るために……
犠牲になるのは、妹である私
木山楽斗
恋愛
男爵家の令嬢であるソフィーナは、父親から冷遇されていた。彼女は溺愛されている双子の姉の陰とみなされており、個人として認められていなかったのだ。
ソフィーナはある時、姉に代わって悪名高きボルガン公爵の元に嫁ぐことになった。
好色家として有名な彼は、離婚を繰り返しており隠し子もいる。そんな彼の元に嫁げば幸せなどないとわかっていつつも、彼女は家のために犠牲になると決めたのだった。
婚約者となってボルガン公爵家の屋敷に赴いたソフィーナだったが、彼女はそこでとある騒ぎに巻き込まれることになった。
ボルガン公爵の子供達は、彼の横暴な振る舞いに耐えかねて、公爵家の改革に取り掛かっていたのである。
結果として、ボルガン公爵はその力を失った。ソフィーナは彼に弄ばれることなく、彼の子供達と良好な関係を築くことに成功したのである。
さらにソフィーナの実家でも、同じように改革が起こっていた。彼女を冷遇する父親が、その力を失っていたのである。
愛しの第一王子殿下
みつまめ つぼみ
恋愛
公爵令嬢アリシアは15歳。三年前に魔王討伐に出かけたゴルテンファル王国の第一王子クラウス一行の帰りを待ちわびていた。
そして帰ってきたクラウス王子は、仲間の訃報を口にし、それと同時に同行していた聖女との婚姻を告げる。
クラウスとの婚約を破棄されたアリシアは、言い寄ってくる第二王子マティアスの手から逃れようと、国外脱出を図るのだった。
そんなアリシアを手助けするフードを目深に被った旅の戦士エドガー。彼とアリシアの逃避行が、今始まる。
私の夫は妹の元婚約者
彼方
恋愛
私の夫ミラーは、かつて妹マリッサの婚約者だった。
そんなミラーとの日々は穏やかで、幸せなもののはずだった。
けれどマリッサは、どこか意味ありげな態度で私に言葉を投げかけてくる。
「ミラーさんには、もっと活発な女性の方が合うんじゃない?」
挑発ともとれるその言動に、心がざわつく。けれど私も負けていられない。
最近、彼女が婚約者以外の男性と一緒にいたことをそっと伝えると、マリッサは少しだけ表情を揺らした。
それでもお互い、最後には笑顔を見せ合った。
まるで何もなかったかのように。
だって悪女ですもの。
とうこ
恋愛
初恋を諦め、十六歳の若さで侯爵の後妻となったルイーズ。
幼馴染にはきつい言葉を投げつけられ、かれを好きな少女たちからは悪女と噂される。
だが四年後、ルイーズの里帰りと共に訪れる大きな転機。
彼女の選択は。
小説家になろう様にも掲載予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる