没落貴族か修道女、どちらか選べというのなら

藤田菜

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 今日は、かねてより準備していたパーティの日。
 テオはこの機会にと、あの娘を婚約者として披露するらしい。どれだけ反対しても否定しても、とうとうテオは折れなかった。今では夫もすっかりあの娘を嫁として受け入れている。

 本当に憎たらしい小娘。
 ノース家をはじめ名門貴族を招待しているのだから、あの娘が恥を晒さないか心配でならない。

「……あら?」

 支度を終え部屋の外に出ようとすると、いつのまにかカードの添えられた小箱が置かれている。

 "愛しい人へ――"

 誰からだろうか、心当たりはいくつかある。

 小箱を開けると、輝くルビーのネックレスが入っていた。細かなダイヤもふんだんに使われていて、私好みの豪華なデザインだ。先日宝石商から買った指輪にもよく似合う。

「誰だか知らないけど、なかなか良い趣味をしてるじゃない」

 あの娘にもこのくらいのセンスがあったら良かったものを。
 それにしても、なんて立派で美しいルビーだろう。

 私はいったん部屋に戻り、そのネックレスをつけてパーティ会場へと向かう。

 ちょうどクロウリー夫人とバーンズ夫人が到着したようだ。さっそくネックレスを自慢しなければ。
 けれど二人に近づき挨拶をしようとしたところで、テオが慌てた様子でやってきた。

「ああ母さん、ここにいたのか」

「あらテオ。どうしたのよ、そんなに慌てて」

「いや、ちょっとしたトラブルがあって――……母さん、そのルビーのネックレスは……――」

 テオは私のネックレスに目を止めると、ふと真顔になった。

「ああこれ? 良いデザインでしょう?」

 自慢げに見せると、テオは無言で私の手を引き、会場から連れ出した。

「ちょっとテオ、一体どうしたの?」

「……どうしたじゃないよ、母さん」

 連れて行かれた先には、夫とあの娘がいた。
 娘は青い顔をしている。

「あら、あなたまで。それにしても酷い顔ね、そんな顔でパーティに出るつもりなの?」

「……母さん!」

「なによテオ、そんな大きな声を出して。はしたないわよ」

 諫める私を見て、夫はため息をついた。

「はしたないのは君のほうだ。一体何をしてるんだ」

「何って……な、何を言っているの?」

「この子が持っていたネックレスが無くなって、使用人たちとみなで探していたところだったんだ。メイドがお前の部屋に掃除に入ったら、リボンやカードが捨てられていたと言うからまさかと思えば……」

「なっ……?!」

「イザベラ、君の部屋から無くなったのはあのネックレスだね?」

 テオは私の胸元を指差した。
 娘は涙目になりながら、かすかにうなずく。

「なっ、なんですって……――?!」

 このネックレスが? 違うわ、これは私の部屋の前に置いてあったんですもの。

「な、何を言っているのよ! そもそもあなたみたいな娘が、こんな大きなルビーのネックレスを持ってるわけないじゃない!」

「……いいえ、それは私のものではなくって……ノースさまからご注文いただいていたお品だったのです。今日パーティでお渡しする予定で……――」

 娘の言葉を聞き、今度は私が青くなった。

「……ノースさまの……? う、嘘よ、なんであなたがノースさまに……――」

「前にも言っただろう、母さん。ノース家はイザベラを重用しているって」

「嘘だわ、こんな小娘をっ……!」

「この子はデザイナーとして一流だよ。宝飾類だけでなく、衣装や剣のデザインもすばらしい。だからあのブラウン商会でも一目置かれているんだと、そう話したじゃないか」

 ブラウン商会? そういえばあの娘が下働きをしているのは、そんな名前の店だった気がする。

「ブラウン商会といえば、ここ最近手広くやっているだろう? それもこれもイザベラの手腕だと、みなが噂しているよ。僕も最初は下働きだと誤解していたが、大変申し訳なかった」

「母さんはイザベラを否定してばかりで、僕の話をちっとも聞いていなかったんだね……それどころか、彼女の部屋に盗みに入るなんて……――」

「ぬ、盗みですって?!」

 何を言っているのだ、このネックレスは私の部屋の前に置いてあったのに。

「違うわっ……! これは私の部屋の前に置いてあってっ……これは罠だわ! 私を陥れるために、あなたが仕組んだんでしょうっ!」

 娘を睨みつけるも、しくしくと泣くばかりで何も言わない。
 夫もテオもそんな娘を慰めながら、まるで私の話を信じていない。

「母さん……ネックレスだけじゃない、イザベラが持っていた指輪も無くなっているんだ」

「し、知らない! 知らないわよ指輪なんて!」

「――君の部屋を、見せてもらうよ」

 何を言っているのだ、指輪なんて知らない。
 探せるものなら探してみればいい。そんなものあるわけが――……。

「ええ、その指輪です……私の部屋から無くなったのは」

「うっ、嘘よ!」

 私の宝石箱に入っていたサファイアの指輪を指して、あの娘はそう言った。
 違う、そんなはずはない。だってその指輪は……。

「母さん、認めてくれ。この指輪はイザベラが昔から持っているイヤリングと、同じデザインだよ」

「それに君は言っていたじゃないか、青いサファイアは嫌いなんだと。この指輪のデザインは、全く君の好みじゃないだろう」

 私の顔はどんどん青くなる。

「その指輪とイヤリングは、母の形見なんです……どうかお返しくださいませ」

 娘は泣きながら、私のほうを見てそう言った。

「早く返してあげたまえ、それから君がつけているネックレスもだ。これ以上お客さま達をお待たせするわけにはいかないが、君はここで頭を冷やしたまえ。パーティにはもう顔を出さなくてけっこうだ」

「あの……――私も失礼してよろしいでしょうか? ノースさまへのネックレスを準備し直さなければなりませんし……」

「ああもちろんだよイザベラ。母さんが本当にすまなかった……一人で大丈夫かい?」

「ええ……いらっしゃっているお客さまに申し訳ありませんし、どうぞ私に構わず会場へ行ってくださいまし」

 呆然とする私をよそに、みなは部屋から出ていった。
 私から指輪とネックレスを取り上げて。
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