末代までも、××ます。

藤田菜

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「……え?」

 夫は、私の言葉をうまく飲み込めていない。

 私は抱き寄せられる代わりに、渡された花束を押し返した。
 テーブルの上の、小ぶりの花瓶にまた触れる。

「……この花瓶、昔あなたが私に贈ってくれたものなの。覚えていて?」
「え? あ、ああ……」

 無理やり渡した花束を受け取りながら、夫は怪訝な顔をして答えた。

「これだけじゃなくて、他にもたくさんくれたわ。もっと小さい一輪挿しに、大きな水盆。ガラス細工の素敵なものや、うすはりの華奢なもの。この花束にぴったりだった、口が広くて丸い花瓶……──」

 夫がくれたもの、一つ一つを私は覚えている。

「だけどもう、みんな割れてしまった……──ううん、割ってしまったの。残ったのはこの花瓶だけ」
「え、いや……そんなこと、僕は気にしちゃいないよ。花瓶ならまた贈るさ! 割ってしまったことを気に病んでいるなら……──」

 違う。私は夫がくれたものを、割ったりなんてしない。

「──……花瓶を割ったのは、あなたのよ」

 ばさりと音がして、夫は抱えていた花束を床に落とした。

「いや……え? いや、何言って……」
「あなたの恋人がね、以前ご挨拶にいらっしゃったの。あなたと別れて欲しいって、私に直接言いに来たのよ。その時に、色んなことを教えてくれたわ。あなたとの馴れ初めや逢瀬についても、あなたが仕事と偽って何をしているのかも……」
「え? まさかそんな、あいつが……いや、そんな……そんなのは……全部、嘘だっ……! 信じちゃ駄目だ、でまかせだ!」

 私だって、信じたくなどなかった。
 けれどあの人が来てから、私なりに色々調べたのだ。そしてその結果──あの人の言うことは、全て本当だった。
 夫は、私を裏切っていた。

「二人にとって私は邪魔者でしかないと、そう言っていたわ。私があなたと別れることを拒んだら、彼女は酷く怒ってしまって……部屋がめちゃくちゃになっちゃったの。この家があなたからの贈り物で溢れていたことが、よほど気に触ったみたい」

 花瓶は投げ落とされて粉々になってしまったし、吊るしておいたドライフラワーも壁に飾ってあった押し花の額縁も、みんな無惨な姿にされてしまった。
 私が守ることができたのは、この花瓶一つだけ。

「──……っ」

 夫は青い顔をしながら、何も言わない。
 あの日夫は帰宅せず、あれから部屋が殺風景になってしまったことにも気がつかなかった。

「永遠の愛を誓った仲なんですって? それなのに、私とやり直したいというの?」
「あ……いや……いや違うんだよ、本当に……あいつとは何にもなくて……いや、うん……」

 もつ取り繕ったところで意味がないと思ったのか、夫は急に膝をついてうなだれた。

「いやあの……本当に、本当にすまなかったっ……! あいつとはほんの、ほんの気まぐれで……僕が愛しているのは君だけなんだよ……本当だ、信じてくれ……」
  
 落ちた花束から、何枚か花弁が散っている。

「どうか僕を許してくれ……っ! もう一度、もう一度やり直させてくれ! 君と僕とで、愛しい子を迎えて……幸せな家庭を築こう……」

 夫はまた、先ほどと同じようなことを言う。だから私ももう一度、言い聞かせるように夫に言った。

「……──それは無理よ……──できないの。だってあなたはもう、子供を持つことができない身体なんですもの」
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