実験したら体も記憶も名前もなくしたので誰か私の存在を証明してください!

藤間背骨

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第一話

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 赤く輝く薔薇色の石が、男の手の中で煌めいている。

 紐をつけて首から下げられるようにしたそれは細長い形に削った原石のままだったが、それでも目を引くような存在感を放っていた。
 春を目の前に未だ雪を残す山、地を切り開くように流れる川辺。
 全てが赤く染まる夕焼けに紛れるようにそれは行われていた。

「なんだ、これは?」

 薔薇色の石を手に、下卑た笑みを浮かべながら盗賊の頭領は地面に目をやった。
 そこには仲間の手で地面に組み伏せられた青年がいた。
 薄紅色をした癖のある髪、シャツや鮮やかに染められた青いベスト、革の腰巻き、彼の体中が土と雪で汚れている。
 大きい革手袋をした両手は後ろ手に押さえつけられ、背には賊の仲間が膝を乗せてのしかかる。
 唯一自由に動かせる首を精一杯反らして青年は盗賊の頭領を見上げていた。

「返せ! 返せよ!」

 青年が叫ぶと、薄紅色の波打った髪が揺れる。

「返せと言われたってなぁ。お前の持ってるもんの中で一番金になりそうなのがこれだぜ?」

 頭領はしゃがみこんで挑発するように青年の前で石をちらつかせる。
 葉を陽光に透かしたような若緑の瞳が大きく見開かれる。
 青年は一層激しくもがくが、それでも押さえつけている男はびくともしなかった。

「大事なものなんだよ! 他のもの全部持ってってもいい、だからそれだけは……!」

 青年の言葉に、頭領はうんざりだといった顔をして立ち上がった。

「頭の巡りが悪い奴だな。金になりそうなのはこれだけだと言ったんだ。あとはゴミだ、ゴミクズだ」

 言って頭領は青年に向けて唾を吐きかける。それを見て周囲にいた五人ほどの仲間が声を上げて笑い、青年は屈辱のあまり目を伏せた。

「……だが」

 頭領は指を振り、子供に言い含めるように言う。

「俺達だって悪人じゃあない。いや、悪人かもしれねえが、たまにはあれをやろう。善行ってやつだ」

 頭領の言葉に青年は縋るように顔を上げる。
 その目線の先に光るものがあった。
 夕焼けを写し取る鏡のようによく研ぎ澄まされたナイフ。
 それが何であるか理解した青年は息を呑む。

「大事なものを目の前で奪われるなんて、俺にはとてもじゃないが耐えられない。……お前を殺してからこれをもらおう」
「っ……!」

 屈辱と恐怖と絶望が綯い交ぜになったものが染み出してきて、青年の視界を滲ませる。
 最早この場に青年の味方となる者はいなかった。
 賊達は言うまでもなく、周囲の木立は何もしない傍観者のようだし、近くを流れる川のせせらぎや時折響く鳥の声さえ、遠巻きに眺める人々が声を潜めて話しているように聞こえた。

 この場に、青年の味方となる者はいなかった――はずだった。

 肺が押し潰されたような声がして頭領が目を向けた瞬間、その体が黒い影に弾き飛ばされた。手を離れた石とナイフがその場に落ちる。

「何だ!」

 仲間が状況を理解して疑問を口にしたが遅かった。
 頭領を蹴り飛ばした黒い影はすぐさま地面を蹴って高く飛び上がる。
 地を蹴る瞬間に赤く縁取られた黒い光が弾け、黒い影の後を追うように軌跡を描く。
 黒い影が手を払うと黒い光が矢のように走り賊達の頭部に絡みついて昏倒させる。
 そして宙で壁を蹴ったように勢いをつけて体を反転させ、最後の一人、青年を押さえ込んでいた賊めがけて猛禽が獲物を狩るように降下する。
 懐に飛び込むと二人はもつれるようにして地面を転がった。
 
 黒い影は賊の頭を殴りつけて気を失わせるとすっと立ち上がった。
 黒い影は若い男だった。

 背はそれほど高くなく、膝丈の黒い外套に黒鉄の籠手と脛当を身につけている。
 肩ほどまでの灰がかった空色の髪は後ろに撫で付けていて、黒で揃えた衣服と相まって引き締まった印象を受ける。
 唯一肌を露出しているのは顔だった。
 色白で整った顔立ちは可愛げのある男とも凛とした女とも取れるような中性的な作りをしていた。
 その顔は物憂げで先程の立ち回りなどなかったかのようだ。

 薔薇の花びらを閉じ込めたような赤い瞳は夕焼けの茜を受けて更に鮮やかに色づいている。
 全身をインクに浸したような外見の中で、その瞳だけが場違いなほどに強い主張をしていた。
 拘束から解放された青年は未だ地に伏せたまま、状況が受け止められずに呆然としている。
 黒衣の男は青年の元まで歩み寄ると膝をつき、一瞬ためらうようにしてから手を差し出した。

「大丈夫か?」

 少し低めの声で黒衣の男は言う。
 青年の若緑と、黒衣の男の薔薇が交差する。
 差し出された手を青年が掴んで立ち上がると黒衣の男はすぐ手を引っ込めた。
 青年は手の感触に違和感を覚えたが、今は礼を言う方が先だと口を開いた。

「あ、ありがとう、助かったよ。……あんた命の恩人だ」

 青年が言って改めて握手を求めるも黒衣の男は応えず、賊に散らかされた青年の荷物を指した。
 それを見て青年ははっと思い出したように賊に取られた石を探す。

「あった!」

 それはすぐに見つかり、青年は存在を確かめるようにしっかり握りしめて首にかけた。
 それから弓、矢筒、山刀、鞄などを状態を確かめながら身につける。
 青年が黒衣の男に目を向けると、彼の肩越しに再び立ち上がった賊の頭領が立っているのが目に入った。腰だめにナイフを構え、彼めがけて一直線に走り寄る。
 青年が口を開くもすでに遅く、頭領が黒衣の男の背にナイフを突き立てる。

 しかし、青年の予想は裏切られた。
 まるで幕に突っ込んだかのように黒衣の男の外套が翻り、頭領が彼の体を通り抜けた、ように見えた。

「な、なんだ……!」

 予想外のことに頭領は勢いのまま前のめりに倒れ込む。

「てめえ、体が……!」

 言い終わる前に頭に鉄靴が叩きつけられ頭領は意識を失った。それを苦々しいといった顔で黒衣の男は眺めていた。

「あんた、平気か?」

「……平気だ」

 何が起こったのかわからないが、とにかく黒衣の男が無事だったことに青年は安心したように息を吐き、彼に歩み寄った。

「コスティだ。スオミから来た。礼をさせてくれよ。あんた、名前は?」

 コスティと名乗った青年は、黒衣の男に尋ねる。

 黒衣の男はその問いに恥じるかのように俯いたが、やがて口を開く。

「……ルルス、ス……」

 短いその名を言い終える前に、彼は地面にどさりと崩れ落ちた。

「おい、どうし……」

 コスティは途中で言葉をなくす。
 彼の倒れた姿があまりにも奇異だったからだ。
 まるで体が存在しないかのように、脱ぎ捨てられた籠手と脛当、外套が放られてぐしゃぐしゃになっているような有様を見て、傍らに膝をつきながら困惑するしかできない。

「だい、じょうぶ、だ……」

 ルルススと名乗った彼は途切れ途切れに声を出した。
 籠手と脛当がゆっくりと動き、体が起きる。

「お前……。その体は、何なんだ……」

 コスティの問いに、触れられたくないとルルススは悲痛そうに顔を歪める。

「まあ、何でもいいさ。助けてくれたことには変わりねえ。礼をさせてくれないか」

 言ってコスティはルルススに手を差し伸べた。

 ルルススはためらう表情を見せてから、本当に手を取っていいのかと不安がるようにそっとコスティの手に触れる。
 コスティはその手をしっかりと握りしめた。
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