実験したら体も記憶も名前もなくしたので誰か私の存在を証明してください!

藤間背骨

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第六話

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 宿屋の一階部分は食堂になっていた。
 冬で畑仕事がないこともあってか、正午にはまだ早いが賑わっている。
 一際暖かい暖炉の前には常連客が集まって酒を飲みながら談笑している。

 ルルスス達は人気のない壁際の席に向かい合って座る。部屋がよく暖められているため、寒さはあまり気にならなかった。
 コスティは女将に料理を頼むとルルススに向き直る。

「話、まとまった?」
「ああ」

 ルルススは軽く咳払いをして話を始めた。

「光の鳥がなぜ不思議か、という話だったな。コスティ、君も読んだり聞いたりしたことがあるだろう。ベスティアリ――教会の動物寓意譚だ」
「読んだことがない」

 即答したコスティに、ルルススは何とも言えない曖昧な声を出して咳き込んだ。
 それを見て、違うんだとコスティは反論する。

「人の集まるところには便所だって教会が建つとは言うけどさ、俺の村にはなかったんだ。田舎すぎるのかやる気がねえのか知らねえけど。とにかく空き家に神父が住んでただけだ。その神父だって説法もろくにしねえで熊を倒すとか言って体鍛えてたけど、三年前に病気で死んでそれっきりだ。教会のことなんて全然知らねえよ」
「熊……?」
「本当なんだって! それこそ神に誓ったっていいぜ」

 皮肉を言うコスティに、悩ましげな様子でルルススは答える。

「ううん、君が嘘をつかないことはわかるが、随分と、その、革新的な」
「無理に褒めなくていい」
「新手の印象戦略だろうか。親しみやすさを演出するというか、肩肘張らないというか……?」

 言いながらも信じられないという思考が拭えないルルススだったが、咳払いをして話を戻した。

「まあ、地元に教会がなかったというなら、君に教会関連の知識がないのも無理からぬことだ。ああいうのは小さい頃から触れさせるものだからな」

 話を戻す区切りとして一呼吸置き、ルルススは再び話しだした。

「先の動物寓意譚だが、あれは動物、植物、鉱物などの習性を教会の教えに結びつけた教本だ。この中に火の鳥、フェニックスが書かれている」
「フェニックス?」

 鸚鵡返しに尋ねるコスティに、ルルススは頷いて答える。

「そうだ。不死鳥とも呼ばれている。語源はヘレス語の紫と言われているな。姿は鷲に似て、頭や首は金色、体は紫色で、尾は青い。宝石や装身具で飾られているとも書かれる。大きな特徴は死から復活することだ。伝承は大まかに二通りある。寿命が近づくと香料や没薬を準備して棺の中で死に至る。その亡骸から虫が生まれて亡骸を食べ、その虫に羽毛が生えて飛んでいく。あるいは香料や没薬を燃やしてその炎の中に入り、炎や燃え尽きた灰の中から再び生まれるというものだ。この死からの復活というのが重要で、教会ではこの伝承を救世主の復活、教会の約束する救済に結びつけている」

 ルルススの語った内容にコスティはぴんとこない様子だった。

「その火の鳥ってのと光の鳥が関係あるのか?」
「ないからこその問題だ。地域差はあるものの、教会の教えは人々に広く信仰されている。その信仰のきっかけとなる動物寓意譚に火の鳥が載っているわけだ。ならば、人々が光り輝く鳥が空に飛んでいるのを見たとしたら、まず頭に浮かぶのは光の鳥という言葉ではなく、火の鳥ではないだろうか。そこが不思議というか……」
「なるほど。そこを疑問に思ってたわけだ」

 コスティの言葉にルルススは頷いた。

「たとえば鷲ではなく、鶏みたいで空を飛ばないとか、伝承とは一線を画するような特徴が見受けられるならば納得のいく話だが……。あるいは単に、火の鳥では都合が悪いのかもしれないな」
「都合が悪い?」
「まったく関係のない鳥が火の鳥として捕まえられて、死んでも復活しないのでは教会が困るだろう。光の鳥という言葉を先に広めてしまえばそれを防げるというわけだ」
「なるほどな」

 言いながらコスティが頷く。

「まあ、確認しようと思って確認できる話ではなさそうだし、ここであれこれ言っても仕方がない。話半分に聞いてくれ」

 そう締めてルルススは話を終わらせた。

「ルルススは火の鳥とか、光の鳥がいるって思うか?」

 コスティが頬杖をついて問う。

「いるさ。私達が及ばぬだけだ」

 ルルススは当たり前だ、と言わんばかりに言い切った。

「見えないものを信じること。魔法使いに一番大事な心構えだ。実在するしないではなく存在そのものを信じること。それができなくては、見えないものなど扱えない」
「じゃあ俺には無理だな」

 茶化すようにコスティが言った瞬間、いつの間にかそばに来ていた女将によって、どん、と皿が次々に置かれる。

「お待ちどうさま」

 焼き目の付いた豚肉の腸詰め、温かい野菜と豆のスープ、酸味の効いた付け合わせの野菜とエール。
 木皿から溢れそうなほどに多く盛られた料理に、コスティは待ってましたと目を輝かせた。

「二人で旅なんて仲がいいね、うちの息子達を思い出すよ。今は出稼ぎで他所に行ってるんだけど。若いんだからいっぱい食べな」

 女将はそれだけ言うと厨房に戻っていった。

「……コスティ、その、私は食べられない……」
「……あ」

 一人分なら魅力的な料理だが、二人分となるとそうとは言い切れない。覚悟を決めてコスティは食前の礼をした。



「だ、大丈夫か」
「……なんとか。夕飯はなくていいな」

 大盛り二人分を平らげたコスティはぐだりとした様子で椅子に体を委ねていた。

「宿屋にいるんだからこのまま部屋取りてえけど、腹ごなしに歩きてえな……」
「だったら、私が部屋を取っておくから君の好きにするといい」
「でも、それじゃお前が留守番に……」

 言いかけたとき、乱暴な様子で戸が空けられ、街の入口にいた黒ずくめの三人の男が入ってきた。
 その後ろから滑り込むようにして臙脂のフードを被った人物が慌てた様子で入る。
 フードの人物は顔も体もゆったりとした外套に包まれてよくわらないが、背の高さからすると男に見えた。
 臙脂色の外套は、遠くからでも厚手のしっかりとした上等なものだと見て取れる。

「全員が飯だけ食いに来たように見えるか?」

 コスティが小さな声でルルススに問うが、ルルススは何とも言えないと黙り込む。

「頼む、俺の寝床を確保してくれ。前払いだ、多めに払ってもいい」
「わかった」

 ルルススは力尽きたように崩折れるコスティから財布を預かると、すぐにカウンターへと向かった。

「何突っ立ってんだ、ドア閉めろ! 冷えちまうだろうが!」

 酔っ払った常連が入り口に向かって怒鳴りつける。
 声につられてルルススが入り口に目を向けると、フードの男が慌てて扉を閉めたところだった。
 その男は初めて使いに来た子供のように、おろおろと忙しなく辺りを見回している。
 ルルスス含め店内の客はフードの男の動向をしばらく見ていたが、常連達が再び話に戻ると他の客も興味をなくしたようで自分達も話を再開した。
 怒鳴り声を聞いたのか慌てて表に出てきた女将は怪訝な顔をしてフードの男を見ていたが、ルルススが話しかけると気さくに応じた。
 部屋の空きがあるか尋ねると、狭い部屋だが一部屋空いていると言う。
 代金を前払いすると女将は喜んで受け取った。
 気が付くとルルススのそばにフードの男が立っており、何やら女将に話があるような素振りを見せた。
 それを見てルルススは自分の話を手早く終わらせ、男の番だと促すと踵を返した。
 男は軽く頭を下げて礼をすると一歩前に出てフードを取り、おずおずと女将に話しかける。

「すみません、人を雇いたいのですが……」
「おや、なんだ双子かい?」

 女将の言葉を聞き、ルルススは振り返って男の顔を見る。
 透き通るような淡い金髪に、空色の瞳。色白で整った顔立ちは可愛げのある男とも、凛とした女とも取れるような中性的な作りをしていた。
 髪や目の色こそ違っているが、その顔はルルススと寸分違わず同じ顔をしていた。
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