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第九話
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三人は街を出て西に向かった。
その先には話題に登った修道院の尖塔が見えている。
尖塔を目印にするようにして雪にまみれた道を辿っていく。
心配事の解決の目処が立ったからかジュラーヴリは軽やかな足取りで、時には鼻歌混じりに、雪に足跡を残しながら歩を進めていた。
「それにしても君、寒くないのか?」
腕まくりをしたシャツ一枚で平気そうにしているコスティを見て、ルルススは思わず問いかける。
「まだ平気。動いてりゃ大丈夫だ」
得意気に言うコスティの鼻先はわずかに赤らみ、吐息はもうもうと白く色づく。
それを見たルルススは自分も少しだけ息を吐いてみる。
しかし、それが色づくことはなかった。
結果はわかっていたが、もしかしたらと思ってしまった自分にわずかに苦笑を浮かべる。
歩いていくと修道院は外壁に囲まれていることがわかった。
城壁のような石造りの高い壁で、俗世と関わらない、という意思を体現したかのような面構えだ。
壁の外からは聖堂の屋根と尖塔くらいしか窺うことができなかった。
木製の扉を設けた門を通り過ぎると、外壁に沿うようにしてジュラーヴリは道を折れる。
修道院の裏手は森を挟んですぐ山になっていた。
茂みに隠れて一見わかりにくいが山に向かうように細い道が通っている。
曲がりくねっていて奥は見えない。
木が遮ったからか道にはそれほど雪は積もっておらず、踏み固められた土の上に落ち葉が何層にも折り重なっていた。
「この先です」
一言告げてから、ジュラーヴリは奥へと進んだ。
道はゆるやかな上り道で、近くに川が流れているのか微かに水の音が聞こえる。
山を回り込むようにしてしばらく進むと右側の木がぱったりと途絶え、視界が開けた。
知らない間に結構な高さを登っていたようで眼下には谷が広がっている。
その底には蛇行しながら大きめの川が流れ、更に先では滝となって一段と低い場所へと流れ込み小さな湖を作っていた。
見晴らしのいい景色に、ルルススとコスティは思わず足を止める。
丁度その瞬間に雲間から陽光が差したのか、わずかに周囲が明るくなった。
つられて空を仰ぎ見ると、二人は驚きに目を見開く。
「あれは……」
曇天を背に、黄金に輝く光の鳥がそこにいた。
太陽のように眩しく大まかな形しかわからないが、それは確かに鳥だった。
翼を広げ、時折羽ばたいて勢いをつけて思うままに空を舞っている。
その軌跡はほうき星のように尾を引き、さながら空に筆を滑らせて絵でも描いているかのようだった。
「これが、光の鳥……」
ルルススが呟いた刹那、地上から光の鳥めがけて飛ぶものがあった。
何者かが鳥を落とすべく放った矢だ。
「父上!」
ジュラーヴリが短い悲鳴のような声を上げる。
矢は光の鳥には届かず山なりの軌道を描いて森のなかに落ちていく。
もう一度矢が放たれるも同じ結果に終わった。
「あそこだ、宿屋にいた黒服。弓を持ってる」
コスティがある一点を指差して言う。その先には岩盤がむき出しになり、木が生えていない一角があった。
ルルススには黒い塊にしか見えなかったが、コスティにははっきりと人の形が見えているようだ。
「本当に捕まえる気なのか……?」
「冗談で矢を射掛けるもんかよ」
二人はまた空に視線を向け光の鳥を探す。視界に捉えた光の鳥は更に高く舞い、西を目指して飛び去るところだった。遠ざかるそれを三人は見送った。
「父上……」
彼方にいる者の身を案じるかのように、ジュラーヴリは小さく呟いた。
「あのような者から光の鳥を守れということか?」
ルルススが確認するように問うとジュラーヴリは頷く。
「……はい。ひと月前からあの人達が山に入って光の鳥を探しています。お願いします、どうか光の鳥を守ってください」
そう言ってジュラーヴリは二人に頭を下げた。
光の鳥を見て以来、ジュラーヴリは焦燥と悲しみが混じったような様子で気の急くままに歩調を早めた。
事情を知らない二人はなんと声をかけていいのかわからず、黙ってその後に着いていく。
少しすると開けた小さい丘のような場所に出て、周囲の高い木立に隠れるようにして大きな丸太小屋が建っていた。
「こ、ここです! 準備がありますから、先に行っています」
空元気を出してジュラーヴリが言うと、小屋に向かって小走りで駆けていった。
小屋は高低差のあるところに跨るように建っていて、石を積み上げた土台は高く作られている。
一番高いところでは一階分ほどの空間があった。
全体的に黒ずんでいて昔からずっとここに建っているようだ。
平屋のように思えたが、傾斜のある切妻屋根の破風にはベランダが作りつけられており、二階建てのようだった。
厳密に言えば、土台の部分を含めて三階建てと呼ぶべきなのかもしれない。
二人は短い坂道を登り玄関に着く。
玄関脇の大きなガラス窓にはカーテンが引かれ中の様子はわからなかった。
「きゃああああ!」
コスティがノックをしようとした矢先、ジュラーヴリの悲鳴が中から響いた。二人は顔を見合わせると戸を開け、中に踏み込んだ。
小さい玄関ホールを抜けると目の前には廊下があり、右手には居間が、左手には二階へと続く階段があった。廊下の奥のドアが開け放たれている。
「ジュラーヴリ!」
ルルススがジュラーヴリを呼ぶと、ドアの開いている部屋から返事が聞こえた。
二人はその部屋に入る。
細長い部屋は書斎のようで壁が全て本棚で埋められていた。
奥には大きな書斎机と作業台が、床にはつる草模様の絨毯が敷かれている。
本棚のうち一つが倒れて本が床に散らばり、目に見えるほどの埃が舞っている。
そのそばにジュラーヴリが床に膝をついていた。
「何があった!」
「ど、どうしましょう、マスターが本棚の下敷きに……!」
ルルススが聞くと、ジュラーヴリが倒れた本棚を指す。倒れた本棚と床の隙間から人間の左手が覗いていた。
「ルルスス、早く持ち上げるぞ」
二人が本を避けながら本棚に近付き持ち上げようとすると、その下から男の声が聞こえてきた。
「だ、駄目だ駄目だ! よそ者は帰れ!」
「言ってる場合ですかマスター! 私一人じゃどうしようもないですよ!」
「それでもだ! 他人と関わるくらいならこのままでいい!」
本棚の下から覗く手がばたばたと暴れるも、肝心の本棚はびくともしない。
「だ、大丈夫かよ」
「さ、さあ……」
ルルススとコスティが顔を見合わせていると、ジュラーヴリが本棚と床の隙間に顔を近づけて強気に言う。
「このままじゃ二度とプリンが食べられませんよ!」
「それは困る!」
ジュラーヴリはその言葉を聞くと二人に向き直った。
「本人が困ると言っているので、お願いします」
「チクショウ! いつの間に言質という概念を覚えやがった!」
男は叫ぶがジュラーヴリは反応しない。
「よくわからないが、助けていいんだな?」
ルルススが確認を取ると、ジュラーヴリはうんうんと頷いた。
「プリンと天秤にかけられたのかよ、俺達」
コスティが呆れるように言うと本棚に手をかけた。ルルススとジュラーヴリもそれに続く。
「やめろやめろ、この家には誰も入れねえ! 今のは言葉の……あ、や……」
本棚の下の手が一層大きく暴れていたが、言葉の勢いが消えると共に動かなくなった。
「ま、マスター!」
「ジュラーヴリ、手を離すな!」
「早くしろ! 窒息するぞ!」
三人が慌てて本棚を元に戻すと、気を失った金髪の男の姿があった。
「いやいや助かった、礼を言うぜ。だが帰れ」
居間のソファにふんぞり返った男はにこやかな笑顔で言った。
居間は広く取られており、廊下からは大きな両開きの扉で繋がっていた。
居間の奥は小上がりになっていて、食卓と椅子が四脚揃えられている。壁際の大きな暖炉のそばに背の低い卓がある。
四人はそこに向かい合って座っていた。
ルルススの前に座る男は先程の笑顔を消し、今は不機嫌そうに顔を顰めている。
黒で縁取った紫紺の詰襟の服は上下揃いになっており、ひと目見て上等なものだとわかる。
形こそ神父服のそれではなかったが、聖職者と言われても納得できるような服装だった。
左右に分けた波打った金髪を後ろに結い、顎には短めの髭を生やしている。
樅の葉のような深緑の瞳は今はそっぽを向いている。
身なりは小綺麗だが軽薄で、それでいてねっとりとした雰囲気のある男だった。
気絶していた男を居間に移し、棚から落ちた本の整理を終わらせ、目が覚めるまで待った挙げ句に帰れと言われ、ルルススとコスティは面食らったように動きを止める。
男の横に座っているジュラーヴリも同じだった。
「ま、待ってくださいマスター。この方々は父上を守ってくれると言ってくれたんですよ、詳しくお話してもいいでしょう?」
食い下がるジュラーヴリに、男は駄目だとにべもなく断った。
「で、でも、顔も同じですし……。私と何か関係があるのでは……」
「顔?」
そこで男は初めて二人をまじまじと見た。
ルルススの顔を見て一瞬動きを止めたが、何もなかったように平静を装った。
「どんな事情であれ、よそ者に話すことは何もない。顔が瓜二つだろうと何だろうとだ。お前は何も言っちゃいないんだろうな?」
男が聞くと、ジュラーヴリは目を伏せて頷いた。
「お前が突然外の奴らを連れてくるなんて言うのが聞こえてきたから、踏み台から足滑らせてあんなことに……。せめて俺に話をだな……」
「聞こえた?」
ルルススが呟くと、男はまずいことを聞かれたかのように苦い顔をした。その隙を突くようにコスティが口を開く。
「待てよ、おっさんがジュラーヴリの何なのかはよく知らねえけど、こいつが困ってるんだぞ? それを知っておきながら何もしねえってのかよ?」
責めるような言葉に男は一瞬だけ顔を顰めたが、それをすぐに無表情とすり替えてみせた。
「とにかくだ。下敷きになってたのを助けてくれたことには本当に感謝してる。だが、それとこれとは話が別だ。ここで起きたことは全部忘れて帰ってくれ」
男はぴしゃりと言い放つと今度こそ席を立ち、居間から出ていこうとする。
「待ってください」
ルルススが静かに、しかしはっきりとした声で男を引き止めた。
「あの光の鳥は、熱鳥――ジャール・プチーツァではないのですか?」
男は足を止め、ゆっくりと振り返る。黙ったままなのは続きを話せと促しているようだ。
ルルススはソファから立ち上がり、男と相対する。
「我々はここに来る途中、件の光の鳥を目にしました。黄金に光り輝く鳥。まさに光の鳥としか言いようがありません。これは人々の間に広く知られる火の鳥の外見とは明らかに異なるものです」
男は怪訝な目でルルススを見ながらも、ルルススの言葉を遮ることはしなかった。
「一方で、光の鳥を見たジュラーヴリは、真意はわかりませんがあれを父上と呼びました。ところで、ジュラーヴリ・ギアツィントヴァという名前は北の帝国ルーシのものですね。そのルーシに伝わるのが熱鳥、黄金に光り輝く鳥です。とはいえ、ここはスヴェリアです。ルーシに伝わる生き物が、本場から遠く離れたこの地に存在するとは信じがたい。あれが光の鳥といった曖昧な言葉によって呼ばれているのは、あれが熱鳥で、それを認めると存在できなくなるから。だから別の名前を与えているのではないのですか」
ルルススはそこまで言い終えると最後に付け足した。
「貴方がたにも事情があるように、こちら側にも事情があります。互いに話をしようではありませんか」
脅しめいた言葉で話を結ぶと、ルルススは男を見据える。
男は眉をひそめて悩んでいる様子だったが、やがてルルススの方に歩み寄ると握手をするように手を差し出した。
「アカート・ヒペリツムスキーだ。いいぜ、話をしようじゃないか」
アカートと名乗った男はにやついた笑顔で言う。
ルルススはその手を握り返し名乗り返した。
その先には話題に登った修道院の尖塔が見えている。
尖塔を目印にするようにして雪にまみれた道を辿っていく。
心配事の解決の目処が立ったからかジュラーヴリは軽やかな足取りで、時には鼻歌混じりに、雪に足跡を残しながら歩を進めていた。
「それにしても君、寒くないのか?」
腕まくりをしたシャツ一枚で平気そうにしているコスティを見て、ルルススは思わず問いかける。
「まだ平気。動いてりゃ大丈夫だ」
得意気に言うコスティの鼻先はわずかに赤らみ、吐息はもうもうと白く色づく。
それを見たルルススは自分も少しだけ息を吐いてみる。
しかし、それが色づくことはなかった。
結果はわかっていたが、もしかしたらと思ってしまった自分にわずかに苦笑を浮かべる。
歩いていくと修道院は外壁に囲まれていることがわかった。
城壁のような石造りの高い壁で、俗世と関わらない、という意思を体現したかのような面構えだ。
壁の外からは聖堂の屋根と尖塔くらいしか窺うことができなかった。
木製の扉を設けた門を通り過ぎると、外壁に沿うようにしてジュラーヴリは道を折れる。
修道院の裏手は森を挟んですぐ山になっていた。
茂みに隠れて一見わかりにくいが山に向かうように細い道が通っている。
曲がりくねっていて奥は見えない。
木が遮ったからか道にはそれほど雪は積もっておらず、踏み固められた土の上に落ち葉が何層にも折り重なっていた。
「この先です」
一言告げてから、ジュラーヴリは奥へと進んだ。
道はゆるやかな上り道で、近くに川が流れているのか微かに水の音が聞こえる。
山を回り込むようにしてしばらく進むと右側の木がぱったりと途絶え、視界が開けた。
知らない間に結構な高さを登っていたようで眼下には谷が広がっている。
その底には蛇行しながら大きめの川が流れ、更に先では滝となって一段と低い場所へと流れ込み小さな湖を作っていた。
見晴らしのいい景色に、ルルススとコスティは思わず足を止める。
丁度その瞬間に雲間から陽光が差したのか、わずかに周囲が明るくなった。
つられて空を仰ぎ見ると、二人は驚きに目を見開く。
「あれは……」
曇天を背に、黄金に輝く光の鳥がそこにいた。
太陽のように眩しく大まかな形しかわからないが、それは確かに鳥だった。
翼を広げ、時折羽ばたいて勢いをつけて思うままに空を舞っている。
その軌跡はほうき星のように尾を引き、さながら空に筆を滑らせて絵でも描いているかのようだった。
「これが、光の鳥……」
ルルススが呟いた刹那、地上から光の鳥めがけて飛ぶものがあった。
何者かが鳥を落とすべく放った矢だ。
「父上!」
ジュラーヴリが短い悲鳴のような声を上げる。
矢は光の鳥には届かず山なりの軌道を描いて森のなかに落ちていく。
もう一度矢が放たれるも同じ結果に終わった。
「あそこだ、宿屋にいた黒服。弓を持ってる」
コスティがある一点を指差して言う。その先には岩盤がむき出しになり、木が生えていない一角があった。
ルルススには黒い塊にしか見えなかったが、コスティにははっきりと人の形が見えているようだ。
「本当に捕まえる気なのか……?」
「冗談で矢を射掛けるもんかよ」
二人はまた空に視線を向け光の鳥を探す。視界に捉えた光の鳥は更に高く舞い、西を目指して飛び去るところだった。遠ざかるそれを三人は見送った。
「父上……」
彼方にいる者の身を案じるかのように、ジュラーヴリは小さく呟いた。
「あのような者から光の鳥を守れということか?」
ルルススが確認するように問うとジュラーヴリは頷く。
「……はい。ひと月前からあの人達が山に入って光の鳥を探しています。お願いします、どうか光の鳥を守ってください」
そう言ってジュラーヴリは二人に頭を下げた。
光の鳥を見て以来、ジュラーヴリは焦燥と悲しみが混じったような様子で気の急くままに歩調を早めた。
事情を知らない二人はなんと声をかけていいのかわからず、黙ってその後に着いていく。
少しすると開けた小さい丘のような場所に出て、周囲の高い木立に隠れるようにして大きな丸太小屋が建っていた。
「こ、ここです! 準備がありますから、先に行っています」
空元気を出してジュラーヴリが言うと、小屋に向かって小走りで駆けていった。
小屋は高低差のあるところに跨るように建っていて、石を積み上げた土台は高く作られている。
一番高いところでは一階分ほどの空間があった。
全体的に黒ずんでいて昔からずっとここに建っているようだ。
平屋のように思えたが、傾斜のある切妻屋根の破風にはベランダが作りつけられており、二階建てのようだった。
厳密に言えば、土台の部分を含めて三階建てと呼ぶべきなのかもしれない。
二人は短い坂道を登り玄関に着く。
玄関脇の大きなガラス窓にはカーテンが引かれ中の様子はわからなかった。
「きゃああああ!」
コスティがノックをしようとした矢先、ジュラーヴリの悲鳴が中から響いた。二人は顔を見合わせると戸を開け、中に踏み込んだ。
小さい玄関ホールを抜けると目の前には廊下があり、右手には居間が、左手には二階へと続く階段があった。廊下の奥のドアが開け放たれている。
「ジュラーヴリ!」
ルルススがジュラーヴリを呼ぶと、ドアの開いている部屋から返事が聞こえた。
二人はその部屋に入る。
細長い部屋は書斎のようで壁が全て本棚で埋められていた。
奥には大きな書斎机と作業台が、床にはつる草模様の絨毯が敷かれている。
本棚のうち一つが倒れて本が床に散らばり、目に見えるほどの埃が舞っている。
そのそばにジュラーヴリが床に膝をついていた。
「何があった!」
「ど、どうしましょう、マスターが本棚の下敷きに……!」
ルルススが聞くと、ジュラーヴリが倒れた本棚を指す。倒れた本棚と床の隙間から人間の左手が覗いていた。
「ルルスス、早く持ち上げるぞ」
二人が本を避けながら本棚に近付き持ち上げようとすると、その下から男の声が聞こえてきた。
「だ、駄目だ駄目だ! よそ者は帰れ!」
「言ってる場合ですかマスター! 私一人じゃどうしようもないですよ!」
「それでもだ! 他人と関わるくらいならこのままでいい!」
本棚の下から覗く手がばたばたと暴れるも、肝心の本棚はびくともしない。
「だ、大丈夫かよ」
「さ、さあ……」
ルルススとコスティが顔を見合わせていると、ジュラーヴリが本棚と床の隙間に顔を近づけて強気に言う。
「このままじゃ二度とプリンが食べられませんよ!」
「それは困る!」
ジュラーヴリはその言葉を聞くと二人に向き直った。
「本人が困ると言っているので、お願いします」
「チクショウ! いつの間に言質という概念を覚えやがった!」
男は叫ぶがジュラーヴリは反応しない。
「よくわからないが、助けていいんだな?」
ルルススが確認を取ると、ジュラーヴリはうんうんと頷いた。
「プリンと天秤にかけられたのかよ、俺達」
コスティが呆れるように言うと本棚に手をかけた。ルルススとジュラーヴリもそれに続く。
「やめろやめろ、この家には誰も入れねえ! 今のは言葉の……あ、や……」
本棚の下の手が一層大きく暴れていたが、言葉の勢いが消えると共に動かなくなった。
「ま、マスター!」
「ジュラーヴリ、手を離すな!」
「早くしろ! 窒息するぞ!」
三人が慌てて本棚を元に戻すと、気を失った金髪の男の姿があった。
「いやいや助かった、礼を言うぜ。だが帰れ」
居間のソファにふんぞり返った男はにこやかな笑顔で言った。
居間は広く取られており、廊下からは大きな両開きの扉で繋がっていた。
居間の奥は小上がりになっていて、食卓と椅子が四脚揃えられている。壁際の大きな暖炉のそばに背の低い卓がある。
四人はそこに向かい合って座っていた。
ルルススの前に座る男は先程の笑顔を消し、今は不機嫌そうに顔を顰めている。
黒で縁取った紫紺の詰襟の服は上下揃いになっており、ひと目見て上等なものだとわかる。
形こそ神父服のそれではなかったが、聖職者と言われても納得できるような服装だった。
左右に分けた波打った金髪を後ろに結い、顎には短めの髭を生やしている。
樅の葉のような深緑の瞳は今はそっぽを向いている。
身なりは小綺麗だが軽薄で、それでいてねっとりとした雰囲気のある男だった。
気絶していた男を居間に移し、棚から落ちた本の整理を終わらせ、目が覚めるまで待った挙げ句に帰れと言われ、ルルススとコスティは面食らったように動きを止める。
男の横に座っているジュラーヴリも同じだった。
「ま、待ってくださいマスター。この方々は父上を守ってくれると言ってくれたんですよ、詳しくお話してもいいでしょう?」
食い下がるジュラーヴリに、男は駄目だとにべもなく断った。
「で、でも、顔も同じですし……。私と何か関係があるのでは……」
「顔?」
そこで男は初めて二人をまじまじと見た。
ルルススの顔を見て一瞬動きを止めたが、何もなかったように平静を装った。
「どんな事情であれ、よそ者に話すことは何もない。顔が瓜二つだろうと何だろうとだ。お前は何も言っちゃいないんだろうな?」
男が聞くと、ジュラーヴリは目を伏せて頷いた。
「お前が突然外の奴らを連れてくるなんて言うのが聞こえてきたから、踏み台から足滑らせてあんなことに……。せめて俺に話をだな……」
「聞こえた?」
ルルススが呟くと、男はまずいことを聞かれたかのように苦い顔をした。その隙を突くようにコスティが口を開く。
「待てよ、おっさんがジュラーヴリの何なのかはよく知らねえけど、こいつが困ってるんだぞ? それを知っておきながら何もしねえってのかよ?」
責めるような言葉に男は一瞬だけ顔を顰めたが、それをすぐに無表情とすり替えてみせた。
「とにかくだ。下敷きになってたのを助けてくれたことには本当に感謝してる。だが、それとこれとは話が別だ。ここで起きたことは全部忘れて帰ってくれ」
男はぴしゃりと言い放つと今度こそ席を立ち、居間から出ていこうとする。
「待ってください」
ルルススが静かに、しかしはっきりとした声で男を引き止めた。
「あの光の鳥は、熱鳥――ジャール・プチーツァではないのですか?」
男は足を止め、ゆっくりと振り返る。黙ったままなのは続きを話せと促しているようだ。
ルルススはソファから立ち上がり、男と相対する。
「我々はここに来る途中、件の光の鳥を目にしました。黄金に光り輝く鳥。まさに光の鳥としか言いようがありません。これは人々の間に広く知られる火の鳥の外見とは明らかに異なるものです」
男は怪訝な目でルルススを見ながらも、ルルススの言葉を遮ることはしなかった。
「一方で、光の鳥を見たジュラーヴリは、真意はわかりませんがあれを父上と呼びました。ところで、ジュラーヴリ・ギアツィントヴァという名前は北の帝国ルーシのものですね。そのルーシに伝わるのが熱鳥、黄金に光り輝く鳥です。とはいえ、ここはスヴェリアです。ルーシに伝わる生き物が、本場から遠く離れたこの地に存在するとは信じがたい。あれが光の鳥といった曖昧な言葉によって呼ばれているのは、あれが熱鳥で、それを認めると存在できなくなるから。だから別の名前を与えているのではないのですか」
ルルススはそこまで言い終えると最後に付け足した。
「貴方がたにも事情があるように、こちら側にも事情があります。互いに話をしようではありませんか」
脅しめいた言葉で話を結ぶと、ルルススは男を見据える。
男は眉をひそめて悩んでいる様子だったが、やがてルルススの方に歩み寄ると握手をするように手を差し出した。
「アカート・ヒペリツムスキーだ。いいぜ、話をしようじゃないか」
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