あなたの味を教えてください

藤間背骨

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第十一話

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 寝ていなかったので、シリアルバーを腹に入れてから不貞寝をしていた。
 睡眠不足の頭では何が最適解かわからない。

 ――謝らなければいけないのは、私のほうだったのに。

 誕生日だって別に今日祝わなければいけないということじゃないし、チョコだってちょっと足を延ばせば買いに行ける。
 別に、かけがえのないものを失ったわけではない。
 なのに、クロにあんなことを言ってしまった。

 ――他人の分際で――。

 違う。今更クロを他人とは思えない。
 この家に住む新たな家族のような存在なのに。
 次に顔を合わせたら謝ろうと思っていたのに、その機会を自分から手放してしまった。
 どうすればいい。どうすれば。
 いつしか思考は闇に解け、眠りに落ちていた。
 次に目が覚めたのは、紫水の声が耳に入ったからだった。
 時刻は午後一時。そんなに眠ってしまったのか。
 襖の向こうから紫水が自分のことを呼んでいる。

「何ですか、師父……」

 襖を開けて寝惚け眼で紫水を見やる。

「いないんだよ、クロくんも、一心くんも」
「え……?」
「環くんは知らないって言うし、車もあるんだよ。一心くんの携帯はずっと繋がらないんだ。心当たりある?」

 心当たりと言われても。
 二人が出て行ったのは自分が原因だろう。
 でも、どこに行ったのかは皆目わからない。
 二人揃って長野にでも戻ったのか。
 車があるということは公共交通機関を使ったのだろうが、この辺りは一日数本のバスしかないし、バス停だってここからはそれなりに歩く。
 ――現在の気温は34度。熱中症に警戒してください。水分補給を――。
 居間のテレビからそんな声がする。
 こんな暑さの中でどこに行ったというのだ。

「探しに行ってきます!」
「さ、探すってどこに……?」
「この辺りを歩いている人は少ないでしょう。見慣れない二人がいたら覚えている人もいるはずです。師父はここにいてください。行き違いになると困りますから」

 クロのことをじっと待ってなんかいられない。探しに行きたいのだ。そして、今度こそきちんと謝る。

「でも君、車は……」
「自転車があります!」
「……じゃあ、頼むよ。僕は居間にいるから。那恵真も気を付けるんだよ」

 自分を止められないと悟ったのか、そう言って紫水は居間に向かった。
 慌てて身支度を整えて帽子を被り、冷蔵庫から水のペットボトルを何本か鞄に詰めて家を飛び出した。普段の巡回用に備えてのものだったが、こんな時にあると助かるというものだ。
 まずはバス停に向かう。
 その道の途中にある家々に立ち寄り、クロと一心を見なかったかと尋ねた。しかし、道沿いの畑で農作業をしていても気付かなかったという。

「でも、変な音がしたかなぁ。馬の、パカラッパカラッみたいな音。何だと思って辺りを見たんだけど何もなくて空耳かと思ったんだ。でも畑にいたみんな聞いてるんだよ」
「馬の、蹄の音ですか……」

 それがクロとどう関係あるのかわからない。しかし、馬の蹄のような音は行く先々で聞いた証言があった。

 ――まさか。

 クロが馬で移動したわけではあるまい。そんなもの連れていなかった。考えるのも馬鹿馬鹿しい。
 魔物のほうがまだ現実味がある。しかし、人を狙う魔物が足跡がするほど近距離にいて襲わなかったのも不可解だ。護符のせいで手出しができなかったのか。

「……その音、魔物かもしれませんのでお気をつけてください。外に出るときは必ず護符を身につけるように。クロさんを見かけたら連絡願います」

 それだけ言ってまた自転車を漕ぎだした。
 月並みだが、焼いた鉄板の上を走っているようだ。日差しは実体のない炎のように熱さがくるし、地面からも反射した熱が伝わる。日陰にいようが熱からは逃げられない。
 シャツはとっくのとうに汗でびしゃびしゃになって肌にまとわりついて不快で、体から水分が出ていく一方だ。
ペットボトルの水を勢いよく飲み、残った冷たい水を頭から被る。どうせ汗で全身が濡れているのだ。構わない。

「クロさん……」

 会いたい。会いたい。
 あんなのが最後なんて、嫌だ。
 ごめんなさいと謝りたい。
 そして、もし自分にその資格があるのならば、彼の理解者になりたい。
 違う、そんな生易しいもんじゃない。
 何もかもすぐに忘れてしまう彼。その彼が自分だけ覚えていてくれたらいいと、独占欲が頭をもたげてくる。
 ああ、自分は――。

「っ……」

 雑念を振り払うように一息ついて、また自転車で走り出す。
 バス停に向かう道沿いを回ったが目撃情報はなかった。だったらどこに行ったというのか。
 一旦家に戻り、水の補給をしてバス停とは反対側を調べることにした。

「何も、ですか……」

 一軒目に立ち寄った家で聞いたところ、歩いている者を見なかった上に妙な馬の足音すら聞こえなかったという。

「あんた、そんな汗だくでどうしたのよぉ。少し休んでいきなぁ」
「いえ……」

 そんなことをしている場合ではなかったが、不規則な睡眠でずっと自転車を漕いでいたのでもう立てなくなりそうだった。ずっと冷房の効いた場所にいたい。
 でも、クロはこの暑さの中でどこかにいるかもしれないのだ。

「だったらお茶だけでも持っていきなぁ。倒れるとあぶねえから」
「ありがとう、ございます……」

 冷蔵庫から出したばかりの冷たい麦茶を渡され、有難く受け取った。
 家を後にし、暫し迷う。
 このまま東に行っても山とダムがあるだけだ。そんな場所に何をしに行ったのだろう。
 今は午後三時。自分の体力も限界に近い。クロを探して自分が倒れたらどうしようもない。
 どうするべきか――。
 そう悩んでいたときだった。

「那恵真……!」

 クロの叫び声が確かに聞こえた。
 それと同時に背筋を這うような悪寒。魔物だ。

「クロさん、どこですか!」

 クロの声がしたほうを振り向く。
 それと同時にめきめきと木が倒れる音がする。
 大型の魔物――車ほどもあろう毛虫が毒気を振りまき、その巨体で木を倒しながらこちらに向かってきていた。
 毛虫の外観だが、思った以上の速度で自分めがけて突進してくる。
 護符を――。
 そこで初めて自分の凡ミスに気が付いた。クロのことで頭がいっぱいで魔除けの護符を持っていなかったのである。
 ああ、折角クロに会えたのに、こんなところで――。
 どこからか馬の蹄の音が近付いてくる。

「はぁっ!」

 クロの掛け声がし、それは目の前に着地した。

「赤い、馬……!」

 真紅の毛を持つ馬に鎧を纏ったクロが跨っていた。まるで歴史の中の武将のように。そして引き留める間もなく魔物に向かって行く。

「引け、坊主!」

 後ろから来た一心が護符で結界を張って守ってくれた。

「クロも無理するな! 足止めだけでいい!」

 一心がそう言うがクロは止まらない。
 まさに人馬一体となったクロは突撃槍のように馬ごと魔物に突進したが、それでも魔物は倒せず勢いが止まってしまった。
 真紅の馬は光となって消え去り、鎧姿のクロだけが残る。
 魔物の前に無防備に晒されたクロは光の剣を構えて高らかに叫んだ。

「持って行け、饕餮号!」

 その声に応えるように鎧を赤い光が包み込み、光の剣がまた槍に変わる。
 渾身の突きが魔物を貫き、塵となって消えていった。

「またやっちまったのか、クロ……!」

 一心が焦ったように言う。
 自分より先に一心がクロの元に駆け出していった。自分も慌てて後を追う。

「クロさん! 無事ですか……!」

 力の入らない足に鞭打ってクロの元まで行く。

「どこに行っていたんです、心配したんですよ……!」

 鎧を解いたクロは不思議そうな顔でこちらを見つめていた。

「那恵真……? 俺は、どうしてここに……」

 困惑した表情でクロはこちらを見つめてきた。
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