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顔を隠している時の安心感は異常

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「あっ、」
男はGを丁寧に外に逃してから気がついた。目元のサングラスが無い。ついに顔を見られてしまったかもしれない。
一応、誘拐をした犯人として顔を見られるのは痛手だろう。男はキッチンに向かう。もう男は最終手段に出ることにした。

先程は荒ぶりすぎたと希望は反省していた。後で男に謝ろうと思っていたその矢先だった。ドアを開ける音が聞こえる。
「さっきはありがとうございま、」
男は白い大きめのビニール袋に目の部分の穴だけ開けて被っている。子供がやっていたら完全にお化けごっこである。
「もう、やめませんそれ?」
「あっ、あー。」
「さっきはサングラス外してたし、もう良いんじゃないんですか?」
「そ、そうなんですかね……?」
「なんか色々やりにくそうだし、あと見た目が面白ダサ、」

「ダサい」という単語を聞くと男の心はひび割れるため、ついにビニール袋を取った。多少、髪はボサついているが、目元に関してはイケメンに見える。ただし、黒マスクを付けているため、本当にイケメンなのかは謎である。
「結構イケメンですね?」
「いや、そんな俺が、いやいやいや。」
そんなことを言いながら男は自分の席に着く。
「本題に入ろう。」
ある意味、久々の人工音声が流れる。
「もう、人工音声の意味ないと思うんですけど。」
冷静に希望はツッコむ。
「お、俺もです。でも、折角作ったし……。」
「そういうのって、どうやって作るんですか?」
「あ、えっと。」
そんなことを話していると、男は席を立つ。
「す、少し待っててもらってもよろしいですか、すみません。」
「はい、大丈夫ですー。」
誘拐犯とその被害者のはずなのにノリが既にただのお客様とそれをもてなす人状態である。
男は戻ってくると大きめの袋を持っていた。中にはまさかのピザと飲み物が入っていた。
「ピザ注文してたの忘れてて……。大分、冷えてるんですけど、食べます?俺だけ食べるの申し訳ないというか食欲、無いし……。」
希望は誘拐されてから、何も食べていなかった。
「食べます!!!」
即答であった。
「あ、今、腕を自由にするので……。」
という訳で希望は無事に拘束を外された。男はピザの箱ごとベッドに置く。
「ど、どうぞ。」
「あれ、食べないんですか?」
「いや、お、俺は_____、」
「ピザ嫌いです?」
「いや、好きな方です。」
「じゃあ一緒に食べましょうよ!」
「あ、はい……。」
そう言いながら、微妙な感じの食事タイムに入る。マルゲリータとコーラという無難な組み合わせだ。
「やっぱりピザにはコーラですよねぇ。」
「……。」
「マルゲリータも良いけど、チーズが強め系のピザも好きなんですよ!」
「……美味しい。」
完全に会話が成立していない。というより、男側が丁寧にピザを食べていた。
「……ご馳走様でした。」
男はピザを数ピース食べて、半分以上残したまま勝手に食事タイムを終わらせた。
「これ、残りは全部、」
「あっ、どうぞどうぞ。」
男に譲られたピザは数分で無くなった。希望は見た目の割に大食いなのだ。
「美味しかったです。ありがとうございました。」
「むしろ、こんなものしか出せずに申し訳ないです。」
一応、誘拐犯と被害者の間柄のはずだが、友人の友人と2人きりになっている絶妙な具合の落ち着き度にはなっていた。
「……希望のぞみさんって素敵な名前ですね。」
ピザの箱を片付けながら、男は呟くように言う。希望の様子を伺っているようにも見えたが、希望は自分の名前については呆れるほど、色々と言われるため、次のような台詞を自然と吐くようになっていた。
「そうなんですよねー。うちのグループ会社の社長の娘さんも『のぞみ』って言うからややこしいですよねー。」
「そ、そうなんですね!……えっ。」
そう、希望の勤める子会社の大元である前田グループの娘は「のぞみ」という名前なのだ。
あからさまに男は動揺している。まさかとは思うが念のため、男は聞いてみる。
「あの、前田グループの娘さんの名前って『きぼう』じゃないんですか……?」
「それ、息子の方ですね。」
「は?」
初めて、男が若干ドスの効いた声を出す。人間はパニックになると本性が出始めるのだ。
「えっと、社長の息子さんの方が『きぼう』って名前なんですよ。確か、喜望峰の『きぼう』ですね。」
男は深呼吸をする。
「すーーーーーぅ、ふーーーーーーぅ」
そんな呼吸をしながら、部屋のあちこちを歩き始めた。まるで、壊れたロボットのようだ。
「……どうかしました?」
「……して、」
希望が流石に危機感を持って話しかけるも、男は理性が無くなっている。
しばらくして、男はじっと希望を見詰める。これが犯人の目つきであろうという目だった。まさか、自分はこの人に殺されるのではないか?ということさえ考える_____。
「誘拐するひとを!!!間違えました!!!ごめんなさいっ!!!!」
男は突然叫ぶと希望に美しい90度お辞儀をかます。
「ど、どうしよう、『父さん』に叱られる……!」
男は固まっていた。
その様子を見た希望は何が起こったかはわからないが、面倒なことに巻き込まれたと思った。
「あ、の、帰って良いです、というか帰って……。」
男の精神は無事に破壊されていた。
「せめて、事情だけでも教えてもらえませんか、警察にも何も言わないので。」
希望はこのまま男を放置するのはあまりにも気の毒に思った。
「えっと、お、れは」
泣きそうな声で男は言う。
「鈴鹿グループのえっと、息子です。」
「鈴鹿グループってうちの同業他社の!?」
「は、はい。……社長の息子です。鈴鹿みつるです。」
「つまり、満さんは私を社長の娘だと思って誘拐して間違えて、貴方自身は鈴鹿グループの社長の息子さん……?」
「です。」
今までにない沈黙が流れる。
「なので、帰ってもらって結構なので、」
「いやいやいや!ちょっと待って!?」
「いやいやいや!帰ってくださいっ!」
衝撃の事実の連続についていけない希望。そして、色々と間違えた男こと満のいやいや合戦が再開した。
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